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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
85/136

Intelligence war

FILE 1:サンペドロ港の「不協和音ノイズ


1932年8月5日 深夜

ロサンゼルス港(サンペドロ地区)沖合

日本選手団の支援船の隣に停泊していたのは、みすぼらしい**「水産試験船」**だった。

しかし、その船底からは、人間には聞こえないが、機械には拾える「奇妙な音」が発せられていた。


【攻撃側:アメリカ海軍情報局(ONI)】

ONIの技術将校は、盗聴した音響データを前に眉をひそめていた。

「おい、この日本の船が出している音……ただの『測深儀エコ・サウンダー』じゃないぞ」


「と、言いますと?」


「周波数が変調されている。海底の地形を測るだけなら、こんな複雑な波形は要らない。

奴らは、**カリフォルニア沖の『水温躍層サーモクライン』と『塩分濃度』**による音の屈折率を調べているんだ」


当時、潜水艦を見つけるためのソナー(ASDIC)は、水温の変化によって音が曲がり、敵を見失うという致命的な弱点があった。

日本は「漁場の調査」という名目で、将来の潜水艦作戦のために、**「アメリカ西海岸の海の中の『音の地図』」**を作ろうとしていたのだ。


「ダイバーを送れ。奴らが使っている『振動子トランスデューサー』の形状を確認するんだ。フランスのランジュバン式をコピーした物か、それともオリジナルの新型か……」


【防御側:日本海軍・特務班】

船底のソナー室。

ヘッドフォンを耳に当てていた特務士官(漁師に変装)は、海中の異変を察知した。


「……スクリュー音なし。気泡の音……ダイバーか」


彼は、手元のスイッチを切り替えた。


「測深儀、テスト終了。**『出力最大』**で一発打て」


キィィィィン!!

本来は深海を測るための高出力の超音波パルスが、至近距離の海中に向けて発射された。

それは、盗聴マイクを仕掛けようとしていたONIのダイバーの鼓膜を強烈に圧迫し、平衡感覚を狂わせる「音響の平手打ち」となった。


「あーあ、アメリカのダイバーさんが夜泳ぎとは。サメにでも驚いたのかな?」


甲板上の特務班員は、慌てて浮上し、ボートに回収されていく黒い影を見ながら、冷めた缶コーヒー(のような代用コーヒー)を啜った。



FILE 2:選手村の「囁き」


1932年8月8日


オリンピック村 食堂裏

選手たちがステーキや新鮮なフルーツを楽しんでいる食堂の影で、中華民国(国民党)の工作員が動いていた。

ターゲットは、朝鮮出身のマラソン選手たちだ。


【攻撃側:中華民国(KMT)工作員】


「おい、キム選手。

今ここで『日本帝国からの独立』を叫んで亡命すれば、アメリカの新聞は君を英雄にするぞ。

金も用意してある。蒋介石総統からのプレゼントだ」


工作員は、金恩培や権泰夏に接触し、レース後の記者会見での**「亡命劇」**を画策していた。

これが成功すれば、日本の「内鮮一体」プロパガンダは崩壊し、満州国の正当性も揺らぐ。


【防御側:特高警察(トレーナー偽装)】


しかし、その会話はすべて筒抜けだった。

選手の体をケアするマッサージ師やトレーナーの中に、**「特高警察(特別高等警察)」**のエリートが紛れ込んでいたからだ。

接触があった翌日。


その工作員は、ダウンタウンの路地裏で全身を強く打打たれた状態で発見された。

ロス市警の報告書には「強盗事件」と記されたが、何も盗まれてはいなかった。


そして試合当日。

朝鮮出身の選手たちは、トレーナー(特高)の「熱心な応援(監視)」を受けながら、誰よりも速く走ることを選んだ。彼らにとって、不確かな亡命よりも、目の前のトラックで勝って**「帝国内での地位」**を上げる方が、遥かに現実的な利益だったからだ。



FILE 3:ビルトモア・ホテルの「紙幣戦争」


1932年8月10日


ビルトモア・ホテル スイートルーム

IOC委員や各国の外交官が集まるパーティー会場。

ここでは、イギリスとフランスの外交団が、日本に対する**「資金封鎖」**を試みていた。


【攻撃側:英仏連合】


「日本の選手団が宿泊費や食費を支払うための銀行口座を凍結させろ」


彼らはロスの銀行に圧力をかけ、日本の送金を止めようとした。


「日本は満州で国際法を犯している。そんな国にドルを使わせるな」


これが成功すれば、日本選手団は無一文になり、ホテルを追い出され、世界的恥をかくことになる。


【防御側:横浜正金銀行 & 総力戦研究所】


しかし、日本側代表(総力戦研究所の会計担当)は、ホテルの支配人を別室に呼び出し、重厚な革鞄を開いた。

中に入っていたのは、小切手ではない。


**「現ナマ(金塊とドル紙幣の束)」**だった。

日本は、銀行封鎖を予期して、秩父丸の金庫に大量の現金を積んで持ち込んでいたのだ。


「支配人。銀行を通すと手数料が高いでしょう?

これ、向こう1ヶ月分の全フロア貸切代と、チップです。前払いで」


支配人の目がドルの緑色に輝いた。


「……お客様。当ホテルは政治には関与しません。キャッシュ・イズ・キング(現金こそ正義)です」


英仏の外交官が抗議に行った時、ホテルのボーイは冷たく言い放った。


「申し訳ありません。日本のお客様は、当ホテルの**『最優良顧客(VIP)』**ですので」



FILE 4:メディアの「買収合戦」


1932年8月12日


プレスセンター


新聞記者たちのタイプライターが鳴り響く部屋では、記事の内容を巡って激しい攻防が行われていた。


ハースト系新聞(反日):

「日本選手団は軍事教練のように行進している」「ロボットのようだ」と書き立てる。


親日派記者(買収済み):

「彼らの規律は美しい」「礼儀正しいサムライたち」と称賛する。


日本側は、バロン西の「貴族的な振る舞い」や、水泳選手たちの「爽やかな笑顔」を素材にした写真を、無料で通信社にバラ撒いた。

さらに、ロスの日系人会を通じて、記者たちに**「極上の日本酒と天ぷら」**を振る舞う接待攻勢に出た。


結果、夕刊の見出しはこうなった。


『東洋の奇跡! 礼節と闘志の国、日本』


金で買える好意は、すべて買った。

脅しで消せる悪意は、すべて消した。



エピローグ

閉会式の花火が上がる夜。

スタジアムの貴賓席で、日本の外交官はイギリスの外交官にグラスを掲げて微笑んだ。


「素晴らしい大会でしたね、サー」


「……ああ。君たちの『準備』の良さには感服したよ」


爽やかなスポーツの祭典の裏には、汚泥と札束と、消された男たちの沈黙が埋まっていた。


日本はこのロサンゼルスで、スポーツだけでなく、**「国際社会での汚れ仕事インテリジェンス・ウォー」**においても、一等国になったことを証明したのだった。


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