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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
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満州事変終

1932年 春 南満州鉄道・特急「あじあ」(初期型)車内

リットン卿は、振動の少ない快適な客車の中で、車窓を流れる景色を凝視していた。

彼が探していたのは「戦争の傷跡」だった。しかし、大連から奉天へ向かう道中で目にしたのは、**「あまりに日常的な風景」**だった。


「……戦争があったと聞いたが、どこでやっていたんだ?」


随行するフランスのクローデル将軍が肩をすくめる。


「国境の山海関ですよ、卿。そこから数百キロ離れたこの心臓部は、指一本触れられていません」


車窓に見えるのは、真新しい建物ではない。

1920年代から稼働している製鉄所の煙と、数年前から整備されてきた広大な大豆畑。そして、それを運ぶ貨物列車。

日本の投資と技術供与は、昨日今日始まったことではなく、張作霖政権下で綿々と行われてきたのだ。


時折、線路脇で作業をする工夫クーリーたちの姿が見える。

彼らは新しい線路を敷いているのではない。何者か(おそらく抗日パルチザンや敗残兵)によって爆破されたレールを、日本の**「速乾性セメント(フライアッシュ混合)」と「規格化された枕木」を使って、手際よく「修繕」**しているのだ。


「見てください、あの手際を。破壊された箇所を直すのに、数時間もかかっていない」


「……つまり、日本軍が来る前から、この国(満州)の血管は日本の規格で出来上がっていたということか」


リットン卿は悟った。

今回の事変は「侵略」ではない。


すでに経済的に一体化していた巨大な工場(満州)の、**「経営陣(張作霖)がガードマン(日本軍)を呼んで、不法侵入者(蒋介石)を追い出した」**だけの話なのだ、と。



奉天・張作霖との会見

張作霖の態度は、「新しい国を作った革命家」のそれではなく、**「自分の財産を守り抜いた地主」**の余裕に満ちていた。


調査団: 「貴官は日本軍の力を借りて独立した。これは日本の傀儡ではないか?」


張作霖は、使い込まれた執務室の椅子に深く座り直し、窓の外を指差した。


張作霖: 「卿、外を見てみなされ。あの製鉄所、あの鉄道、あの銀行……あれはワシと日本が、この10年かけて育ててきたもんだ。

南京の蒋介石は、それを『よこせ』と言ってきた。

ワシが自分の家と財産を守るために、長年のビジネスパートナー(日本)と手を組んでバリケード(長城ライン)を築いた。

……それが、なんで傀儡になる? これは**『資産防衛』**だ」


調査団: 「しかし、通貨の発行権などは日本が握っているようだが」


張作霖: 「ほう? ならば聞くが、蒋介石の紙切れ(法幣)と、横浜正金銀行が保証する円(韃漢元)、アンタならどっちで給料を貰いたい?

民衆は正直だ。10年前からここでは、日本の円が一番信用のある金だった。それを公式な通貨にしただけだ。昨日今日刷った紙切れじゃあない」




国際連盟 支那事変調査委員会 報告書(1932年)

委員長: リットン卿(英)

委員: アンリ・クローデル将軍(仏)、フランク・マッコイ将軍(米)、アルドロバディ博士(伊)、シュネー博士(独)


第一章:満州(韃漢国)の特殊性に関する概観

【要旨】

満州地域は、歴史的、地理的、そして何より**「経済的実態」**において、中華民国本土(長城以南)とは明らかに異なる発展を遂げている。

過去10数年にわたり、張作霖氏率いる奉天政府と日本の資本・技術提携により、同地域には**「円(Yen)」**を基軸とした独自の経済圏が形成されている。

視察の結果、鉄道、電力、港湾などのインフラは極めて高度に整備されており、これらは近年の紛争によって作られたものではなく、**長年の投資の蓄積(Accumulation of Investment)**であることが確認された。

従って、満州を単なる「支那の一部」と見なす従来の視点は、現地の生活実態と乖離しており、現状の行政機構を破壊することは住民の利益を損なうものである。


第二章:1931年9月18日の事変および軍事行動について

【要旨】

事変の性質:

9月18日の出来事は、日本軍による謀略的破壊工作(柳条湖事件のようなもの)ではなく、張作霖氏および愛新覚羅溥儀氏による**「政治的独立宣言」**であったと認められる。

日本軍の介入:

日本軍(関東軍および支那駐屯軍)の展開は、韃漢国政府(当時は奉天政府)の**「公式な要請」に基づくものであり、条約上の権利(鉄道守備権)の拡大解釈ではあるものの、「治安維持および資産防衛(Asset Protection)」**の範疇を逸脱するものではない。

自衛権の認定:

中華民国国民革命軍(蒋介石軍)の北上に対し、日本軍が万里の長城(山海関)で行った軍事行動は、戦乱の波及を防ぐための**「限定的な警察行動」**であり、侵略戦争とは定義できない。


第三章:新国家「韃漢(Tat-Han)」の現状

【要旨】

統治の実態:

韃漢政府は、張作霖氏という強力な指導者と、溥儀氏という伝統的権威によって、実効的な統治能力を有している。これは傀儡(Puppet)と呼ぶにはあまりに自律的であり、民衆の支持(少なくとも消極的な受容と経済的恩恵による満足)を得ている。

治安と復興:

戦闘による被害は局所的であり、破壊されたインフラは日本の特殊技術(速乾性セメント等)により、驚くべき速度で**修復(Repair)**されている。現在は平時と同様の物流・商流が回復しており、混乱は見られない。


第四章:経済的懸念(アメリカ・マッコイ委員の強い主張により挿入)

【要旨】

韃漢国の市場は法的には開放されている(門戸開放)とされるが、実態としては**「技術的障壁(Technological Barrier)」**により、日本製品以外の参入が極めて困難である。

鉄道・通信規格の日本化。

燃料(石炭液化油)や補修部品の日本規格への統一。

これらは、他国企業の参入を実質的に阻害しており、国際協調の精神に照らして改善が求められる。


第五章:勧告(結論)

委員会は連盟および関係国に対し、以下の解決策を提案する。

韃漢国の現状追認:

中華民国は韃漢国の統治権を認め、万里の長城を事実上の境界線デファクト・ラインとして確定すること。


非武装地帯の設置:

長城以南に非武装地帯を設け、日本軍および韃漢軍の南下を防ぐと同時に、国民革命軍の北上を禁止する。


経済的開放の要求:

日本および韃漢政府は、各国の通商活動を阻害しないよう、規格の公開や関税の公平性を保証すること。



――――



これらの文言に対して、日本国は表向き受容と忌避を示すものの、内心では勝利を確信していた。


英仏等に至っては、渋々ながらも許容の構えを取りつつ、これらの一連の国家、『韃漢国』の動静を眺めることとなる。


当事者である、中華民国蒋介石はこの勧告に対する絶望と、内部の引き締めをより強固に推し進めていくこととなる。


しかし、その中にあって当事者ではない一番の部外者であるはずの者は、コレを良しとしなかった。



1932年10月 ワシントンD.C. 国務長官執務室

ヘンリー・スティムソン国務長官は、リットン報告書の要約を読み終えると、愛用していた眼鏡を机に投げ出した。


「……信じられん。英国リットンは魂を売ったのか?」


彼の掲げてきた「スティムソン・ドクトリン(武力による領土変更を承認しない)」は、この報告書によって骨抜きにされました。

日本は「武力で変更した」のではなく、「現地の独立運動を助け、治安を維持しただけ」と認定されたからだった。

「長官、日本大使館からのメッセージです。『我が国は門戸開放を維持する。アメリカ企業の参入を歓迎する』と」


部下の言葉に、スティムソンは苦々しく吐き捨てた。


「欺瞞だ! フォードが満州でトラックを売ろうとした時の報告を見たか?

『貴社のトラックは、我々の**JIS(日本工業規格)の軽油には適合しない』

『貴社のネジはインチ規格だが、満州の修理工場は全てミリ規格だ』

……関税障壁はない。だが、『技術の壁』**が万里の長城より高くそびえている!」


アメリカは気づいた。

日本が作り上げたのは、軍事的な要塞ではなく、**「アメリカ製品が物理的に排除される巨大な経済エコシステム」**であることに。


2. 軍部の戦慄:「オレンジ計画」の破綻

1932年 冬 陸海軍合同会議(Joint Board)

海軍の制服組トップたちは、青ざめた顔で一枚の航空写真を囲んでいた。

高高度偵察機(昭和6年式)が撮影したものではありません。日本の外交官が「友好の証」として置いていった、満州の復興写真です。


「……諸君、この戦車のわだちを見てくれ」


情報将校が指差したのは、韃漢軍のパレードの写真。


「キャタピラの跡が浅すぎる。

この戦車(大正12年式乙型)、推定重量10トン前後だ。だが、搭載している砲は37mmの長砲身。しかも、目撃証言によれば40km/h以上で走行する」


「馬鹿な。そんな軽量で高機動な戦車に、まともな装甲があるはずがない」


「それが、あるのです。中国軍の報告では、至近距離からの徹甲弾を弾いたと。……分析班の結論は一つ。**『我々の知らない複合素材』**が使われている」


さらに、航空専門家が口を開く。


「山海関で目撃された日本の戦闘機(昭和5年式)ですが……エンジンの排気音が『低すぎる』のです。

あの回転数で、あの速度が出ている。つまり、プロペラの効率と燃料の質が、我々のそれを凌駕している可能性があります。

もし今、太平洋で開戦すれば、フィリピンの駐留部隊は……」


「一方的に蹂躙される(Slaughtered)」


誰かが呟いたその言葉を、否定できる者は誰もいませんでした。

従来の対日戦争計画「ウォー・プラン・オレンジ」は、日本が「資源のない小国」であることを前提にしていた。


しかし、目の前にいるのは**「資源を持ち、技術でアメリカを上回り始めた怪物」**だった。



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