満州事変
1931年9月18日 天津 静園 深夜2時
ゴン ゴン ゴン
何やら音が響いている。まるで何か硬いものを、木の柱に打ち付けているような音だ。
ゴン ゴン ゴン
定期的になっている、しかしそのリズムは決して一定ではない。
ゴン ゴン ゴン
音は鳴る。愛新覚羅溥儀が住まう、静園の一室。溥儀の書斎のある部屋から、それは鳴り響いているのだ。
中には、溥儀が椅子に座っている。
その前には偉そうな筆髭を蓄えた、これまた偉そうな服を着た男が額を地面に擦り付けながら、所謂土下座の格好をしているのだ。
「主上……、準備が整いました。今こそ、再び旗を掲げる時にございます。」
溥儀はその男の言葉を聞いて、ゆっくりと頷くと徐に立ち上がった。
「良くやった、大義である。張、貴君のその働きに報いる為に、私は今一度座に帰らん。」
この日、中華大陸の騒乱は一つの転機を迎えていた。
同日 同刻 天津 日本領事館
この日も、この場の領事であった桑島主計は、社交界を終えて就寝につこうとしていた。
1日のハードな仕事、その後の葉巻の一服は彼にとっての至高の時間である。
ゆるりと眠ろうとしていた……その時だ。
「うん……?なんだ…?」
いやに重低音な音が、何処からか響いていた。
カラカラカラカラカラ
という、ディーゼルエンジン特有の音が、幾重も重なっているように聞こえる。
それだけなら別に不思議な事ではない。
昨今、この天津も日本マネーが入ることによって、自動車が普及し始めていたので、珍しくはあるが不思議な事ではなかった。
問題は、時間の方である。
如何に眠らない街と呼ばれている天津と言えど、この時間帯であれば皆就寝の途に着く。
それがどうだ?何処からか音が響いて、おちおち眠れもしない。
彼は寝室から徐に窓を開けた…すると音のする方向が分かった。
「静園の方から音が聞こてえているだと?!」
不吉な予感があった。彼は飛び起き、直ぐ様侍従を呼び付ける。服を着替えてなどいられない。
「すぐ車を出せ!宮島路へ向かう!支那駐屯軍にも連絡を入れろ!」
この当時、この天津は日本疎開が存在していた。
勿論、日本軍の小規模な部隊も駐留しており、周囲の警備を行っていたのだ。
桑島主計領事が車で宮島路へ駆けつけた時、その光景は彼の常識――そして外務省の想定――を完全に粉砕するものでした。
「おい、あれを見ろ……! なんだあの車列は!?」
霧の立ち込める深夜の通りを、異様な威圧感を放つ車列が埋め尽くしていました。
ヘッドライトを消し、月明かりだけを頼りに動くそのシルエットは、既存のフォードやシボレーではありません。
それは、桑島が見たこともない、しかしどこか見覚えのある「マットな質感の黒い装甲」をまとった車両群でした。
本来は商用トラックと思われるシャーシの上に、継ぎ目のない滑らかな装甲が被せられている。
鉄ではない。金属特有の冷たい反射がない。それは、日本が最近輸出し始めた「強化鋼紙」そのものであった。
唸りを上げるのは、これまた日本製の高性能ディーゼルエンジン。
「ば、馬鹿な……。あれは我が国の……いや、『民間用』としてシャムや商社に卸しているパーツじゃないか!」
桑島は呻きました。
日本の商社が「建築資材」や「農機具用エンジン」として輸出したものを、張作霖の手の者たちが極秘裏に買い集め、静園の中で「即席の装甲車列」に仕立て上げていたのです。
静園正門、開く
「止まれ! 貴様ら、何処へ行くつもりだ!」
日本領事館警察の警官が制止しようと叫びますが、先頭の装甲トラックは減速すらしません。
鋼紙製のバンパーが、領事館が設置していた木製のバリケードを、まるで枯れ枝のように粉砕して突破しました。
バリバリバリッ!
「撃つな! 撃つんじゃないぞ!」
桑島は悲鳴に近い声で叫びました。
車列の中央、重々しい装甲板に守られたリムジンの中に、丸メガネの青年皇帝――溥儀の姿が一瞬だけ見えたからである。
もしここで発砲し、皇帝を傷つければ、日本の外交生命は終わる。しかし、止めなければ皇帝は「何処か」へ消えてしまう。
「主上、参りましょう。満州の父祖の地が、貴方様を待っております」
車列は土煙と排気ガスを残し、天津の闇へと消えていきます。
その向かう先は、白河(川)の桟橋か、あるいは――。
日本が輸出した技術が、あろうことか日本政府の頭越しに、「皇帝の脱出劇」に使われるという皮肉な事態。
桑島領事は、遠ざかるディーゼル音を聞きながら、震える手でタバコに火をつけようとして、それができないことに気づいた。
「……本国になんと報告すればいい。我々が売ったトラックで、皇帝が連れ去られましたとでも言うのか?」
彼は急ぎ領事館へと戻ると、事の次第を本国へと伝えるべく、まくし立てるように電話をした。
1931年9月18日
本来であれば満州事変(柳条湖事件)が起きるはずのこの夜、歴史の歯車は、日本の想定とは全く違う方向へ、日本の技術を乗せて狂い始めた。
1931年9月19日 奉天(瀋陽)
夜明けと共に、奉天城の城門が開き、古びた石畳の上を、かつてない重量感のある車列が通過した。
先頭を行くのは、日本の鋼紙装甲板で全身を覆った「韃漢軍」の装甲トラック。
その荷台には、真新しい国旗が高々と掲げられていた。
五色旗(中華民国初期の旗)ではない。
龍の意匠(清朝)だけでもない。
北方の荒野を表す黒と、漢土を表す赤が交錯する、荒々しくも力強い旗印。
城内の広場には、すでに数万の民衆と、張作霖配下の奉天軍精鋭が集められていた。
壇上に立ったのは、軍服に身を包んだ張作霖と、その隣で龍袍ではなく、日本の仕立て屋が作った「鋼紙繊維入りの最新式大元帥服」を纏った溥儀であった。
「我が父祖の地、満州。そして我が兄弟たる漢の民よ!」
張作霖のダミ声が、日本製スピーカーを通して広場に轟く。
「南京の弱腰共には任せておけぬ! 今日この日より、我らは北の守護者、『韃漢』となる!
我らが後ろ盾は、東の太陽(日本)の叡智! 我らが足元を固めるは、灰より生まれし大地なり!」
ウオオオオオオッ!!
歓声が上がると同時に、空へ向けて祝砲が放たれた。
ここに至るまで少し時を巻き戻す。
1931年 夏
「大元帥! 南京の蒋介石めが、またしても『北伐の完遂』を宣言! 我が軍に対し、武装解除と全土の統一を要求してきました!」
部下の報告を聞き、張作霖は手にしていた茶碗を、大理石の床に叩きつけた。
ガシャンッ!!
「蒋介石、蒋介石、蒋介石……ッ! どいつもこいつも、口を開けば革命だ、統一だ、三民主義だと喚きおって!」
張作霖は部屋の中を虎のように歩き回った。
彼の苛立ちは頂点に達していた。
実力的には奉天軍(自分たち)の方が精強であるという自負がある。しかし、向こうは「中華民国」という看板と、「革命」という大義名分を持っている。このままでは、ジリ貧だ。
「ワシは『賊』として追われるのは御免だ。だが、あの青二才の下につくのはもっと御免だ」
彼は窓の外、北の空を見上げた。そこには日本が築いた満鉄の線路があり、その先には鉄をも凌ぐ「紙」と「灰」の技術がある。
「奴が『民国』だと言うなら、ワシは『帝国』だ。奴が『革命』だと言うなら、ワシは『伝統』だ。
……我慢の限界だ。これ以上、南の連中にワシの庭を荒らさせてたまるか」
この瞬間、彼の中で**「溥儀を担ぐ」**という最後のピースがカチリと嵌った。
それは懐古趣味ではなく、蒋介石の「中華統一」というロジックを根底から破壊するための、最強の政治的カウンターであった。




