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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
72/81

ロンドン海軍軍縮会議

1930年 冬ロンドン、セント・ジェームズ宮殿 会議室


――――――


1. 重巡洋艦 高雄型 / 妙高型

艦隊の「脳(指揮)」と「盾(防御)」を担う。9,000トン〜1万トン級。

主砲: 20.3cm 3連装砲 3基9門(前部2、後部1)

仰角制限(55度以下)はあるが、遠距離対空弾幕が可能。

魚雷: 廃止(爆発源の完全排除)

防御: 自身の20.3cm砲に耐える重装甲(舷側150mm以上)。

特徴(高雄型): 巨大な指揮艦橋をもち、艦隊全体の管制を行う。

特徴(妙高型): 装甲と砲戦能力に特化。


2. 重巡洋艦:改・古鷹型

艦隊の「遊撃アタッカー」を担う。9,000トン級。

主砲: 20.3cm 連装砲 4基8門(前部2、後部2)仰角制限(55度以下)はあるが、遠距離対空弾幕が可能。

魚雷: 廃止

速力: 35〜36ノット(軽量化による俊足)

特徴: 前後均等な火力配置により、追撃・離脱のどちらでも高い戦闘力を発揮。


3. 軽巡洋艦:夕張型(史実川内型相当の立ち位置)

水雷戦隊の旗艦として、任務別に3タイプが併行生産される。5,500トン級。

主砲: 14cm 連装砲 4基 計8門仰角制限(55度以下)はあるが、遠距離対空弾幕が可能。

対艦型は魚雷を保持。

バリエーション:

【対艦型】 61cm 3連装魚雷×2(次発なし)。水雷突撃の核。

【護衛型】 魚雷全廃。高角砲と対潜兵装を増設した。

【航空型】 3,4番砲と魚雷を撤去。大型カタパルトと水偵3機を搭載。


4. 駆逐艦:新型駆逐艦

次発装填を捨て、生還率を極限まで高めた高速戦闘艇。

主砲: 12.7cm 連装両用砲 3基6門(前部1、後部2)

離脱時の火力を重視した配置。

魚雷: 61cm 3連装魚雷発射管 1〜2基(次発装填なし)

速力: 35〜37ノット

特徴: 高い回頭性と離脱火力でヒット&アウェイを徹底。


――――――


暖炉の火が爆ぜる音と、重苦しい沈黙が部屋を支配していた。

分厚いオーク材のテーブルの上には、日本側が提出した一枚の「技術仕様書」が置かれている。それは、新型重巡洋艦(新・高雄型)のスペックシートだった。

米海軍大将プラットが、手元の計算尺をパチリと弾き、呆れたように眼鏡を外した。


「若槻男爵。通訳のミスでなければ、これは悪い冗談だ」 


プラットは仕様書を指の背で叩いた。


「基準排水量1万トン以下。これはいい。条約の範囲内だ。だが……舷側装甲150ミリ? 主砲は20.3センチ9門? 速力35ノット?」


プラットは計算尺をテーブルに放り出した。


「物理的にあり得んよ。我が国の技術部の試算では、この装備を積めばどうあがいても1万3000トンは超える。3000トンもの重量が、どこへ消えたと言うのかね? 船体にヘリウムガスでも詰めたのか?」


米国務長官スティムソンも、氷のような視線を若槻に向ける。


「日本は誠実な交渉を望んでいると言ったはずだ。だが、このような『魔法の軍艦』のリストを出されては、議論以前の問題だ。これは虚偽申告チートではないかね?」


若槻全権は動じず、背後に控える海軍随員へ視線を送った。


「技術的な説明は、堀少将より」


堀悌吉が、一歩前に出る。その表情は能面のようだが、目は鋭く光っていた。


「虚偽ではありません。純粋な『引き算』の結果です」


堀は流暢な英語で答えた。


「ご覧の通り、我々は重巡洋艦から魚雷発射管を全廃しました。さらに次発装填装置、魚雷庫、誘爆防止の防御区画……これらを全て捨て去ったのです」


「魚雷を捨てただと?」


プラット大将が眉をひそめる。


「日本海軍がお家芸の水雷戦術を捨てるわけがない。それに、魚雷を降ろした程度で、これほどの装甲が貼れるものか」


「貼れます」


堀は即答した。そして、事前に用意していたもう一つの「嘘」を混ぜ込んだ。


「加えて、我々はボイラー技術において革新的なブレイクスルーを得ました。機関部の容積と重量を、貴国の想像以上に圧縮することに成功しています」


真実は、ボイラーの刷新も事実だが、重量減の最大の理由は、船体構造材に使われたフライアッシュ複合材による劇的な軽量化である。だが、そのことは一言も語らない


プラットは鼻で笑った。


「東洋の神秘的なボイラーか。結構だ。だがね少将、我々は君たちの造船技術を知っている。トップヘビーで重心が高い。こんな重装甲を上部に盛り付ければ、ドックから出た瞬間に転覆するぞ」


「ご心配には及びません」


堀は不敵な笑みを浮かべた。


「我が国の新素材……いえ、新しい『溶接ブロック工法』と重心管理は、貴国の計算式より少々進んでおりますので」


会議室に再び沈黙が落ちた。

スティムソンとプラットが顔を見合わせる。彼らの目には「疑念」と、ある種の「納得」が浮かんでいた。


(……こいつらは嘘をついている)


米側の心の声が聞こえるようだった。

排水量1万トンは本当だろう。条約違反をすれば国際的な非難を浴びるからな。

ならば、嘘なのは『中身』だ。

150ミリの装甲? 嘘だ。実際は70ミリ程度だろう。

35ノット? 無理だ。実際は30ノット出るかどうかだ。


スティムソンは、日本側が「国内向けのプロパガンダ」のために、カタログスペックを盛っているのだと判断した。国民や軍部の強硬派を黙らせるために、「最強の軍艦を作った(ことになっている)」というポーズが必要なのだろう、と。


「……よろしい」


スティムソンは書類を押し戻した。


「日本がその『魔法のスペック』で建造することを、我々は止めない。ただし、完成後の査察で1トンでもオーバーしていれば、即座に廃棄処分とさせてもらう。それでいいな?」


若槻が重々しく頷く。


「異存ありません」


プラット大将が、去り際に堀に囁いた。


「哀れなものだな、少将。そんな『張り子の虎(Paper Tiger)』に乗せられる水兵たちが不憫だよ。開戦になれば、我が方の8インチ砲弾が、君たちの自慢の装甲を紙のように貫くだろう」


堀は、深々と頭を下げて礼をした。その顔は、床に向けられたまま、微かに歪んだ。それは屈辱ではなく、堪えきれない笑いを噛み殺す表情だった。


「ご忠告、感謝いたします。……是非、戦場で確かめていただきたい」


――



米英代表との会談を終えた若槻は、待合室に戻ると緊張を解くために、将棋盤を開いた。


一つ一つ、駒を並べながら対戦相手の堀悌吉海軍少将を前にして、言葉を走らせた。


「しかし、フライアッシュ(産業廃棄物)か…昨今の帝国の再生可能技術は進んでるなぁ。」


「私もそう思います。火力発電所を見れば、街中から燃料が送られ、それから資源を抽出し、残り物の灰は軍艦に使われる…。

まったく心が痛まないものですよ。」


駒音が、静謐な空気を心地よく震わせました。

パチリ、と。

若槻が指したのは、得意の矢倉囲いへの一手。

堅実で、崩れにくい。まさに今回の交渉で見せた、日本側の姿勢そのものでした。


対面の堀悌吉は、穏やかな表情で盤面を見つめながら、手にした飛車を柔らかく回している。史実では「軍縮の申し子」と呼ばれ、理知的で冷徹な計算ができる彼だからこそ、この「錬金術」の真価を誰よりも理解していた。


「ええ。本来なら、軍艦フネを一隻浮かべるには、農村の娘が何人身売りし、どれだけの血税が溶けるか……胃が痛くなる話です」


堀は淡々と、しかし確信に満ちた口調で言葉を継いだ。


「ですが、この新技術は、そのことわりを覆しました。民が生活し、豊かになればなるほどゴミが出る。そのゴミが電力となり、残滓ざんしが鋼鉄をも凌駕する盾となる。……国家の代謝そのものが、国防に直結しているのです」


若槻は、盤上の歩を見つめながら、ふっと自嘲気味に笑った。


「米国は、我々が『何かを隠している』と疑っている。だが、まさかその正体が、彼らが日々捨てている『灰』だとは、天地がひっくり返っても思いつくまいよ」


「ええ。彼らにとっての廃棄物が、我々にとってはダイヤモンドの原石。……これほど痛快な話はありません」


堀は指した駒から手を離し、若槻の目を真っ直ぐに見据えた。


「全権。彼らは『幻の重量』を探して勝手に自滅します。我々の装甲は、物理的な重さではなく、この国の『知恵』で出来ているのですから」


若槻は深く頷き、次の一手を指した。

その手は、相手の攻撃を受け流しながら、致命的なカウンターを狙う「待ち」の構えであった。


「さて、盤上は整った。……あとは、彼らがこの『堅城』にどう攻めかかってくるか、見物といこうか」


ロンドンの冬の曇天の下、二人の男の間には、共犯者だけが共有できる静かな安堵と、未来への冷徹な勝算が漂っていた。



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