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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
68/81

坂ノ上

1929年晩秋


私は車窓から、江戸の街並みを眺めている。

若き頃、嘗て歩いていたその道は、江戸の頃の砂利道から、いつの間にかコンクリートブロックに敷き変わっている。


歩道の赤い物と車道の灰色、そして路面電車と車を分ける見事な黄色がかったブロックが、整然と並んでいるのだ。


「江戸の街も、変わったものだなぁ……」


自然と口からそんな言葉が漏れている。

昔ならばと木造漆の家々は、関東大震災の影響でその殆どが焼け落ちた。

今や残る面影は、ソレこそ数える程しか残っていないだろうに。


焼け落ちた家々の後に建ったものは、銅板やモルタルで正面を平らに覆った「看板建築」たち。

一見すると西洋風のハイカラな装飾が施されている、「延焼を防ぐ」という切実な防火思想…。

分かってはいることだが、しかし私の目に見えるものは、昔の姿を残していない。


ただ、そんな中にあってもなお、壁の連なりの中には幾つかの、江戸っ子と称する者達が、我も我もと意匠を凝らした、看板や提灯等々それを見つけ、ふと口元を緩めるてしまった。


ああ、懐古主義と言うものは、存外こういう事をいうのだろうなぁ。


「渋沢様、もう直ぐ到着しますが…今日は如何します?」


運転手が私にそう尋ねる。

私は気分が良かったので、


「ああ、いつものように」


運転手は私のその言葉を、おそらく「裏坂を回って、山頂の放送局や社務所の玄関へ横付けする」ことだと解釈したに違いない。89歳という私の齢を考えれば、それが最も合理的で、唯一の「正解」であるからだ。


重厚なディーゼルエンジンの唸りが低くなり、車体が滑らかに愛宕下の交差点へと進入していく。

フロントガラス越しに、鬱蒼とした木々の緑と、その入り口に立つ大鳥居が迫ってくる。運転手がハンドルを切り、裏手の車道へ向かおうとした、まさにその時だ。


「……いや、待て」


私は不意に声を上げた。

自分でも驚くほど、その声には強い芯が通っていた。


「ここでいい。鳥居の前で止めてくれ」


「は、はい? しかし渋沢様、ここからでは……」


運転手は狼狽し、バックミラー越しに私の顔を覗き込んだ。無理もない。ここから先にあるのは、車道ではない。天に突き刺さるような、あの急勾配の「石段」だけなのだから。

車が静かに路肩へ寄り、タイヤがコンクリートブロックを噛んで停止する。


私はステッキを握り直し、車窓からその石段を見上げた。

先ほど目にした、看板建築の店先に揺れる提灯。

震災で焼かれてもなお、痩せ我慢と粋を忘れない江戸っ子たちの意地。

それが、私の中に眠っていた残り火を煽ったのかもしれない。


「文明の利器で上まで運ばれるのは、帰りで良い。……今日は少し、この足で地面の硬さを確かめたいのだよ」


ドアが開くと、晩秋の澄んだ空気が車内へと流れ込んできた。

冷たく、そして不思議と甘い、再生した帝都の匂いだ。

私は革靴をアスファルトに下ろした。

かつての砂利道とは違う、硬く整備された地面。だが、その先にある苔むした石段だけは、曲垣平九郎が馬で駆け上がったあの日のまま、私を見下ろしている。


「さて……」


小さく息を吐き、私は鳥居をくぐる。

老いた体躯に鞭打ち、いざ、出世の石段へ。それは今の私にとって、いかなる商談よりも骨の折れる、しかし心踊る挑戦の始まりであった。


しかし、流石に心配なのだろうお付きの者が


「ご一緒します」


と、私の肩を持とうとする。


「心配無用だ。昔は車など無かったのだからな。」


と、私はその言葉を断って、一段また一段と非常にゆっくりと階段を登り始めた。



思えば…、長く生きたものだ。

武蔵国榛沢郡血洗島村に生まれ、尊王を志し、幕臣となって、明治政府に入り、民間へと渡って、そして今に至る。

私はいったいどれだけのものをみたのだろうか?


一段、また一段、登るごとに汗が滲み、着ている服が鬱陶しいと思う程に暑い。

付きの者は、私の事が心配なのだろう。後ろから離れることなく、ゆっくり…ゆっくりと着いてくる。


「はあ…はあ…、何のこれしき。」


一歩一歩、歯に力を込めて私は足を前へ前へと進んで行く、途中から坂が急になったと思えば、更に登るのもきつくなる。

しかし、今も思い出す。この階段を初めて登ったあの日のことを…。


幕末、慶喜公に仕え、共に夢見た日ノ本の国……、果たして私のその夢は本当に叶ったのだろうか…。

天上に向かうこの路を、私は果たして登る資格はあるのだろうか?


ふと、足が止まった。

いや、止めてしまったのだ。

心臓が早鐘を打ち、喉の奥からヒューヒューと頼りない音が鳴る。


ふくらはぎが悲鳴を上げ、膝が笑い出しそうだ。


「渋沢様! 危険です、立ち止まらないでください!」


背後で付き人が、悲鳴に近い声を上げる。

無理もない。この男坂に「踊り場」などという気の利いたものはない。


急勾配の石段の途中で止まるということは、後ろへ転げ落ちる恐怖と戦いながら、爪先立ちで堪えることを意味する。

だが、私は杖を石段の角にガリリと突き立て、強引にその場に踏みとどまった。


そして、今にも後ろへ引かれそうになる重心を杖で支えながら、恐る恐る振り返る。


「……見ろ。これを見るために、私は登ってきたのだ」


眼下に広がるのは、目もくらむような高さと、その先に広がる帝都のパノラマ。

そこで私の瞳に映ったものは、かつてパリで見た煤煙に塗れた空でもなければ、震災直後の絶望的な焦土でもない。

驚くほどに澄み渡った、秋の空だった。


「どうだ、美しいだろう……」


かつて我々が文明開化と叫び、追い求めた西欧の背中。

しかし、ただ闇雲に煙突を立て、空を汚すことだけが「進歩」ではなかった。


この世界は、少し違った道を歩んだようだ。

江戸の昔から続く「もったいない」という精神と、新しい科学が手を結び、塵ひとつない街並みを作り上げている。

隅田の川面は陽光を弾き、路を行く車の列は規則正しく、まるで血管を流れる血液のように淀みがない。


慶喜公よ。

貴方様と憂い、そして守ろうとしたこの国は、形こそ変われど、こうして息づいております。


「休み場など……、我が人生にも無かったな」


この急勾配こそが、私の生きた時代そのものだ。

一歩踏み外せば奈落の底。休む場所などなく、ただ上だけを見て駆け上がるしかなかった明治の激動。

私が生涯をかけて弾き続けた「算盤」と、心の拠り所とした「論語」。その二つが織りなした結果が、この澄んだ空気に満ちている。


「……行くぞ。あと少しだ」


不思議と力が湧いてきた。

もはや脚力ではない。意地と、そしてこの国を見届けねばならぬという使命感だけが、私の枯れ木のような体を押し上げていく。

一段、また一段。


背中を丸め、這うようにして登るその姿は、傍から見れば無様かもしれない。だが、今の私には、この石段の冷たさすら愛おしい。

荒い息遣いの中に、頂上からの風が混じる。

その風には、線香の香りと共に、微かな油の匂いと、金属の冷たい気配が含まれていた。


最後の一段。


震える足でそれを踏みしめ、鳥居をくぐり抜けたその時。

私の視界に飛び込んできたのは、静寂に包まれた社殿と、それを見守るように鎮座する、異形の「守り神」たちであった。

空の彼方の音を聴くという、巨大なラッパのような聴音機。

そして、天を突く鉄の塔。


「ほう……。神の庭に、随分と大きな耳が生えたものだ」


私は乱れる息を整えながら、汗を拭うことも忘れ、その奇妙で頼もしい「現代の武具」を見上げ、ニヤリと笑った。



その日の帰り、私は隅田川を見ていこうと、道を変えた。

車は愛宕山を下り、日本橋を抜け、浜町から浅草方面へと続く隅田川沿いの道へとハンドルを切った。

時刻は逢魔が時。

夕陽が川面を黄金色に染め上げる時間帯であった。


隅田川が見えてくると、もう晩秋だというの子供達が川辺で遊んでいる。

私は車の窓を開け、その光景を目に焼き付けようとした。


風がはいると、臭いもきっと入ってくるだろう。

しかし、嫌なものではなかった。

ヘドロの腐ったあのムカムカとする臭いもせず、ただ湿った苔のような臭いが漂い、それはまるで昔懐かしいものであった。


「ほう……。本当に、戻ったのだな」


私は車窓から身を乗り出さんばかりにして、その「匂い」を深く吸い込んだ。

かつて、私が若かりし頃の江戸。

隅田川は人々の暮らしと共にある、文字通りの大動脈であった。


しかし、文明が開化し、富国強兵の旗印のもとに工場が建ち並ぶにつれ、この川は次第にどす黒い死の川へと変わり果てていった。

私が私利を捨てて公のために尽くそうとしたその裏で、この美しい水面を汚してしまったのではないかという、拭えぬ自責の念が常に心の片隅におりのように溜まっていた。


それを変えたのは、皮肉にも若人の軍人達であった等とは、とても思えない。

富国強兵、国を強くするならばまずは国を富ませねばならない。しかし、富とはいったい何であろうか?強さとは一体何であろうか?私達は目の前の事ばかりに傾注し、横に揺蕩う者達を見て見ぬふりをしてきただけではないのか?


確かに国は強く、国腹は肥えた…。されども、その犠牲となったものは、最も尊いものではないのか?


大震災によって一度全てを喪ったこの『江戸の街』は、それを誰かが変えようと、多くの反対を押し切って造られた。


誰が笑ったであろうか?絵空事など書いているのならば、国を元へと戻せよと。

しかし、軍が前に立ち言うのだ。民あってこその軍であり、国であるのだと……。


だが、今どうだ。


「おーい、危ないぞ! あまり深みにいくなよ!」


川べりで水鉄砲に興じ、あるいは浅瀬に石を投げて遊ぶ子供たちの、屈託のない笑い声。

水面は鏡のように夕陽を反射し、底にある砂利さえも見通せるほどに透き通っている。

かつては浮き草のように漂っていた油や煤塵は影も形もなく、ただ夕刻の冷たい空気が、川の生命力をそのまま運んできてくれる。


「渋沢様、水門の向こうにハゼ釣りの舟が出ておりますな」


運転手の言葉に目をやれば、のどかな小舟が数艘、夕闇に溶け込むように浮かんでいる。

あの舟で釣り上げられる魚は、今夜の帝都の食卓を賑わすのだろう。 


かつての「江戸」が持っていた循環。

それを、我々は失うのではなく、科学という新しい知恵で取り戻したのだ。


「……よかった。本当に、これでよかった」


私はそっと窓を閉めた。

ステッキを持つ手に、少しだけ力が戻ったような気がした。

車は隅田川を左手に見ながら、言問橋を過ぎ、北へと進路を取る。


視界の端には、新しく架け替えられた清洲橋や永代橋の、優美なシルエットが流れていく。

この国は、もう大丈夫だ。

たとえ数ヶ月後に世界を揺るがすような恐慌が来ようとも、この清らかな水と、力強く生きる子供たちがいる限り、日ノ本は決して折れることはないだろう。


飛鳥山の邸宅へ続く上り坂に差し掛かった時、私は心地よい疲労感と共に、深い眠りへと誘われていた。

夢に見るのは、あの愛宕の石段を、慶喜公と共に笑いながら登る、若き日の自分の姿であった。



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