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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
59/82

方向性の問題


この世界線での日本軍の戦車開発は、第一次世界大戦青島攻略戦とメソポタミア戦域、北方戦役での経験を踏まえ以下のような命令書として発行される。


これらの議題を通すのに、まず統合参謀本部へと上申され、そして『緒省連絡会議』という第一次世界大戦後に常設となった、仕組みに予算が計上された。


――――


緒省連絡会議


緒省連絡会議とは、この世界線において、第一次世界大戦終結直後(1919年春)に軍学研究会主催で創設された常設の国家運営連絡機関です。


正式名称は「緒省連絡会議」(しょしょうれんらくかいぎ)で、軍事・外交・経済・資源・医療・国民動員など、国家の総力戦体制を総合的に調整・決定する最高レベルの協議体として機能しています。


概要と位置づけ

設立時期:1919年春(第一次世界大戦休戦後、第1回会合開催)


開催頻度:原則年2回(春季・秋季)+必要に応じた臨時開催


第二次世界大戦期:一時的に「大本営政府連絡会議」と呼称変更(軍事優先のため)

終戦後:再び「緒省連絡会議」に名称復帰


現代的類似機関:国家安全保障会議(NSC)+経済安全保障会議+総合危機管理センターの複合体に相当。軍事・外交だけでなく、経済・資源・医療・国民健康力までを一元的に扱う点で、通常のNSCよりも広範かつ統合的です。


主な構成員(1920年頃の標準)


議長:統合参謀本部総長(陸軍大将・海軍大将の交代制)


軍側:陸軍・海軍・空軍の参謀総長、各軍現場最高指揮官、軍学研究会幹事(秋山真之、田中義一など)


政府側:内閣総理大臣、外務大臣、陸軍大臣、海軍大臣、空軍大臣、財務大臣、内務大臣、農商務大臣


民間・専門家:東京帝国大学教授(工学・農学・医学)、漢方医代表、民間企業代表(三菱・三井など) 



役割と機能


戦訓の即時制度化(中東戦線・北方戦役・スペイン風邪対策など)

総力戦体制の深化(軍事・経済・資源・医療の統合調整)

次期戦争への戦略立案(ワシントン会議準備、技術開発優先順位決定)

国家危機時の総合対応(パンデミック、自然災害、経済危機など)



特徴

軍学研究会が主催するものの、緒大臣級閣僚が出席するため、実質的な国家最高意思決定機関として機能。

軍事研究を超え、国民全体の健康力・経済力・資源力を統合的に議論。

民間・知識人の常時参加が特徴で、総力戦の「国民結集」を体現。


この会議は、日本が「戦った後に戦いを活かす」姿勢を国家全体で実践するための最高協議体であり、1920年代以降の日本を支える中枢として継続的に運営されました。


―――――


この機関を通して、陸海空それぞれの予算案は決定され、民間との合意の下、以下の戦車が計画された。



―――――


陸軍省兵器局長発 機密命令第十二号

大正十一年十月二十日

機動兵器研究班長 佐藤義雄 中佐 殿

軽戦車および歩兵支援装甲車並びに中戦車試作に関する開発命令


一、研究会改革の総力戦思想に基づき、敵を側背・背後より高速で包囲・逆転する機動戦法を地上戦力の中核とする方針を堅持する。

二、左記仕様を満たす軽戦車および歩兵支援装甲車の試作を至急開始せよ。


大正12年式軽戦車

開発目標

重量:全備重量10トン以内

速力:道路上35 km/h以上

航続距離:200 km以上

火力:37 mm中戦車砲 × 1、同軸6.5 mm機銃 × 1

防御力:前面25 mm、側面12 mm


目的:敵を追い抜く機動兵器として、中国大陸主要道路・鉄道沿線で運用可能な最高速軽戦車を完成させること



大正12年式歩兵支援装甲車

開発目標

重量:全備重量7トン以内

速力:道路上35 km/h以上

航続距離:250 km以上

火力:37 mm中戦車砲 × 1、同軸6.5 mm機銃 × 1

防御力:前面15 mm、側面12 mm


目的:軽戦車が通れない地方道路・橋梁・未舗装地帯において、歩兵分隊の移動する盾となり、近距離直接射撃で支援する車両を完成させること



試製12年式中戦車

開発目標

重量:全備重量18トン以内

速力:道路上20 km/h以上

航続距離:200 km以上

火力:75 mm短砲 × 1、同軸6.5 mm機銃 × 1

防御力:前面50 mm


目的:欧米列強並みの塹壕突破専用中戦車として、敵陣地・軽戦車を正面から粉砕する可能性を検証すること(本車両は試験的試作とし、量産可否は試験結果により決定)


三、上記三種の試作にあたっては、次の原則を厳守せよ。

失敗を恐れず、失敗をデータに変え、次の試作に活かすこと

中国大陸の橋梁耐荷重(8〜10トン)を絶対基準とし、重量超過は原則認めない

機動性(速力・航続距離・不整地走破性)を最優先とし、装甲は「敵に正面から撃たれない」前提で設計すること

エンジンは空冷ガソリンで信頼性を確保しつつ、ディーゼル化の可能性を並行研究すること


四、試作進捗は毎月一回、緒省連絡会議に報告せよ。

臨時必要が生じた場合は、直ちに報告し、追加指示を仰ぐこと。


以上、命ずる。

陸軍省兵器局長

(署名・捺印)


――――


これらの車輌は機動戦を主眼とし、諸兵科との連携と空軍のとの連携を踏まえ、軍学研究会によって策定された戦術規範によって計画された。

また、欧州での塹壕戦の結果を踏まえた上で、塹壕を正面から突破する車輌の研究も盛んに行われた。





1923年夏 御殿場演習場


朝霧がまだ残る演習場に、低く唸るエンジン音が響き始めた。

ブロロロロロ……

最初に姿を現したのは、大正12年式軽戦車。

全備重量10トン、前面25mm装甲、37mm中戦車砲を搭載した機体が、履帯を鳴らして土煙を上げながら直進する。

道路上では35km/hを軽く出し、不整地でも18km/hを維持しながら、障害物を軽々と乗り越えていく。


その横を、まるで前後を間違えたような車体が並走していた。

大正12年式歩兵支援装甲車。

重量7.2トン、前面15mm装甲、37mm砲を搭載した小型の車輪式車両。

軽戦車よりも一回り小さく、低いシルエットで、歩兵分隊のすぐ後ろにぴたりとついてくる。

道路上では40km/h近くを出し、歩兵の行軍速度をはるかに上回りながら、常に分隊の盾となる位置を保っていた。


そして、最後に姿を見せたのは、試製12年式中戦車。

18トン級の巨体が、重々しいエンジン音を響かせながらゆっくりと進む。

前面50mm装甲、75mm短砲を搭載し、まるで動く要塞のようだった。

しかし、速度は20km/h前後。


軽戦車や装甲車が軽やかに走り抜ける中、試製中戦車は明らかに遅れをとっていた。

演習場の観測塔に立つ佐藤義雄中佐は、双眼鏡を下ろし、隣の山田少尉に静かに言った。


「やはり……重すぎるな。」


山田は報告書をめくりながら、苦笑した。


「中佐殿、18トンでは、地方の木橋はまず通れません。

満洲の主要路線なら何とかですが、内陸部や江南の河川密集地帯では、舟橋すら持ちません。

軽戦車と装甲車でなら地方橋を余裕で通過できてしまいます。」


日本戦車はその主戦場と想定される中国大陸での運用を大前提のもと、其れ等を構想されていた。

特に、機動戦と歩兵との随伴という観点から、比較的軽戦車が好まれるのも当然と言えた。


対して、欧州での塹壕戦から発展した中戦車は、鈍重で尚且つ中国では橋すら渡れない。


因みに、ここでの装甲車は7トン以下軽戦車は8トン以上12トン未満。中戦車は25トン以内と決められており、英国のマーク1戦車等は、重戦車と呼称されていた。


文句を垂れ流されながらも、試製中戦車は進んでいた…。ただ、その走り去った後には、嫌なガソリン独特な臭いが立ち込めている。

誰もその事に対して気にするものはいなかった。何せ、ガソリンの臭いそのものであるから……。


軽戦車と装甲車が登坂試験を難なく通り過ぎた後、試製中戦車がそこへとたどり着いた時…問題が起きた。

ガソリンエンジンは熱を持ち、強烈な唸り声を上げていく。

次の瞬間……、中戦車は突如として出火またたく間に火達磨となると、乗員4名のうちなんとか奇跡的に脱出出来た2名を除いて、そのまま炎に焼かれてしまった。


それを佐藤義雄中佐は見ていた…。急いで消火をする為に、消火車両を呼びつけて、なんとか火は消えたものの、この事態は非常に重いものとなった。

初年度、年が始まって僅かしか経っていないにも関わらず、このような事故が起き、中戦車開発は止まってしまった。


その間にも軽戦車と装甲車の開発は進み、この年採用に至った。


中戦車の発火の原因を調べ上げるのには、大凡2年を要する事態となった。


発火の主な原因は、この当時のガソリンがまだまだ異臭のするものであって、気化ガソリンに搭乗員は気が付かなかったこと。

エンジンの過加熱が、ガソリンの気化を促進したこと…。そして、僅かな静電気がガソリンを引火に導いたことであった。


その後、事故の影響により日本軍は軍用車両。特に四輪車両に置いては、ディーゼルエンジンを採用するのが主流となる。


――――


大正12年式軽戦車 主要仕様(1923年制式化時)

仕様

全長

約4.3 m

コンパクト設計を維持。史実ルノーFT-17と同等規模で輸送・隠蔽に優れる


全幅

約2.1 m

履帯幅を広げつつ、狭隘路通過を確保


全高

約2.1 m

低姿勢で被弾面積を最小化


重量

自重9.0〜9.5 t / 全備重量10.0 t

10トンクラス。中国大陸の地方橋(耐荷重10〜12 t)をぎりぎり通過可能


速度

道路上35 km/h / 不整地18〜22 km/h

出力重量比向上と抵抗低減で達成。史実ヴィッカース6トン(25〜30 km/h)を上回る


航続距離

約200 km以上

燃料タンク容量を最適化。中国大陸の補給線延長を考慮


主砲

試製37 mm中戦車砲 × 1

対軽装甲・歩兵に十分。史実37 mm砲を改良し、初速・貫通力向上


副武装

同軸6.5 mm機銃 × 1


装甲

砲塔前面25 mm / 側面15 mm / 後面12 mm車体前面25 mm / 側面12 mm / 上面・下面8 mm

全周平均約15〜16 mm。前面25 mmで小銃徹甲弾(貫通力12〜18 mm)をほぼ完全に防御。側面・上面は重量抑制優先


エンジン

空冷直列6気筒ガソリン 160〜180 hp

出力重量比約16〜18 hp/t。空冷化で冷却系軽量化。砂塵対策として高位置エアクリーナー搭載


乗員

3名

操縦手、砲手兼車長、装填手。コンパクト設計で効率化

接合方式

溶接接合

リベット廃止で重量軽減・強度向上。1930年代技術で実現可能

開発背景と役割

開発要求(緒省連絡会議1921年決定)

重量10トン以内、速力35 km/h以上、航続距離200 km以上を絶対

条件。


目的:敵を追い抜く機動兵器として、中国大陸主要道路・鉄道沿線で運用可能な最高速軽戦車を完成させること。

運用実態

満洲・華北の主要路線では機動包囲戦法を最大限発揮。

内陸部・河川密集地帯では重量制約により運用制限を受けるため、大正12年式歩兵支援装甲車(7.2 tクラス)で補完。


架橋戦車、戦車指揮車等の派生系が存在する。


―――――


大正12年式装甲車


仕様

備考・評価

全長

3.7 m

極めてコンパクト。歩兵分隊と並走・随伴が容易


全幅

2.1 m

狭隘路・地方橋通過を最優先


全高

1.9 m

低シルエットで被弾面積を最小化。歩兵の視界を妨げない


全備重量

約7.2トン

地方橋(耐荷重8〜10トン)を確実に通過可能。軽戦車(10トン)より大幅に軽量

乗員

2名(車長兼砲手、操縦手)

最小構成で運用負担を軽減。歩兵分隊に負担をかけない


装甲

砲塔:前面20 mm / 側面15 mm / 後面12 mm車体:前面15 mm / 側面10〜12 mm / 上面・下面6〜8 mm

小銃通常弾・破片を完全に防御。6.5 mm徹甲弾(貫通力12〜15 mm)に対しては距離100 mでほぼ貫通阻止(確率90%以上)。歩兵の盾として十分な耐性


主武装

試製37 mm中戦車砲 × 1

敵軽装甲・掩体壕・集団への直接射撃。歩兵の火力支援に最適

副武装

同軸6.5 mm機銃 × 1

近接歩兵支援用。軽量・弾薬互換性確保


エンジン

空冷直列6気筒ディーゼル(アルミ合金多用軽量型)

出力160〜180 hp。燃料効率・安全性重視。長時間随伴可能


最高速度

道路上35〜40 km/h / 不整地18〜25 km/h

歩兵行軍速度(4〜6 km/h)を大幅に上回り、随伴に最適


接合方式

全面電気溶接構造

リベット廃止で軽量化と強度向上


開発背景と役割

開発要求(緒省連絡会議1922年決定)

重量7トン以内、速力35 km/h以上、航続距離250 km以上を絶対条件。

目的:軽戦車が通れない地方道路・橋梁・未舗装地帯において、歩兵分隊の移動する盾となり、近距離直接射撃で支援する車両を完成させること。

運用実態

満洲・華北の地方道路・未舗装地帯で歩兵分隊の前方または側面に位置し、小銃弾・手榴弾・破片から保護。

37 mm砲で敵軽装甲・掩体壕・集団を直接破壊。

重量7.2トンでほとんどの地方橋を通過可能。速力35〜40 km/hで歩兵行軍に追従しつつ、必要に応じて先行偵察・火力支援が可能。


また


弾薬運搬型

武装撤去、荷台拡張(最大積載量約2.5〜3.0トン)

用途:前線への弾薬・燃料補給、歩兵分隊の後方支援

特徴:荷台に防水シートと固定ベルトを標準装備

簡易クレーン車輌型

車体後部に小型油圧クレーン(揚程3〜4 m、吊り上げ能力1.5〜2.0トン)搭載

用途:飛行場建設時の資材吊り上げ、塹壕構築時の木材・土嚢運搬

特徴:クレーン操作は車内から可能。安定性確保のためアウトリガーを装備


ドーザータイプ

車体前面に排土板(幅約2.5 m、高さ約0.8 m)装備

用途:塹壕・対戦車壕の構築、簡易道路整備、飛行場滑走路の整地

特徴:油圧駆動式排土板。角度調整可能


軌上輪タイプ

車輪に鉄道軌道対応のフランジ付きゴムタイヤを装着(着脱式)

用途:鉄道上での高速移動・警備、鉄道沿線の偵察・補給支援

特徴:軌道上速度約50〜60 km/h。鉄道部隊との連携を前提 


牽引タイプ

後部に大型牽引フックとウインチ装備

用途:砲兵・工兵資材の牽引、破損車両の回収、塹壕構築時の重資材運搬

特徴:牽引能力約5〜7トン。ウインチは油圧駆動


等の共通コンポーネントとしてもバリエーション開発がなされる。


―――――


試製12年式中戦車 主要仕様(1923年試作時)

仕様

全長

約5.3 m

軽戦車(4.3 m)より大型化。機動性と搭載量の両立を意識


全幅

約2.5 m

履帯幅拡大で接地圧を低減。地方橋通過をギリギリ確保


全高

約2.3 m

低姿勢を維持しつつ、砲塔高を確保


重量

自重18 t(全備重量19〜20 t推定)

15〜18トンクラス。満洲・華北の主要橋(耐荷重15〜20 t)では通過可能だが、地方橋はほぼ不可


懸架方式

リーフ式サスペンション

当時の標準技術。不整地走破性は確保も、高速安定性に限界


速度

道路上20 km/h(不整地10〜12 km/h)

出力重量比約8.3 hp/t。軽戦車(35 km/h)に大きく劣る

航続距離

約200 km

燃料タンク容量を最適化。補給線延長を考慮


主砲

75 mm短砲 × 1

敵陣地・軽戦車への直接破壊力重視。史実九〇式野砲を短砲身化

副武装

同軸6.5 mm機銃 × 1

歩兵支援用。軽量・弾薬互換性確保


装甲

車体前面50 mm / 側面25〜35 mm / 後面20〜25 mm

前面50 mmで37 mm徹甲弾を完全に防御。側面25 mm以上で小銃徹甲弾・軽機関銃弾を防御


エンジン

空冷直列6気筒ガソリン 150 hp

大正12年式軽戦車と同一エンジン。出力不足が致命的


乗員

4名

火力運用を効率化


接合方式

リベット接合


当時の標準技術


開発背景と目的

開発要求(緒省連絡会議1922〜1923年決定)

重量:全備重量18トン以内

速力:道路上20 km/h以上

航続距離:200 km以上

火力:75 mm短砲 × 1、同軸6.5 mm機銃 × 1

防御力:前面50 mm

目的:欧米列強並みの塹壕突破専用中戦車として、敵陣地・軽戦車を正面から粉砕する可能性を検証すること(試験的試作、量産可否は試験結果により決定)


不採用の主な理由(1925年頃の結論)

重量過大とエンジン出力不足

18トンで150 hpでは出力重量比が約8.3 hp/tに過ぎず、速力20 km/hが限界。

軽戦車(35 km/h)と比べて機動性が著しく劣り、機動包囲戦法に不適合。

中国大陸のインフラ制約

地方橋(耐荷重10〜15トン)で通過不可が常態化。

主要路線以外での運用が事実上不可能となり、戦略的価値が急落。


1923年御殿場演習場での事故

合同試験中、過負荷に陥ったエンジンがオーバーヒート。

気化ガソリンが漏れ出し、静電気によるプラズマ放電で引火。

車体全体が火だるまとなり、乗員4名のうち2名殉職、残り2名重傷。

この事故が、ディーゼルエンジン採用の決定的な契機となった。



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