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古の灯火  作者: 丸亀導師
第一次世界大戦
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メソポタミア派兵 4 クート解囲戦2

1917年3月23日 午前4時頃

クート・英軍第6プーナ歩兵師団タウンゼンド師団


日々疲弊していく将兵、その姿を見やる一人の将軍チャールズ・タウンゼンド少将は、防御線を構築しながらも現実を直視していた。


今や安らかに寝息を立てるその姿に、僅かに灯された希望の光は徐々にであるが、彼の指揮している兵の士気を回復させているのだ。

数日程前からこの喪われた師団に対して、物資が僅かにだが供給され始めたのは、上空に変わった鳥が飛び始めた頃からだった。


翼に赤丸を描かれたそれは、医薬品や高カロリー商品を僅かにだが、断続的に供給してくれている。

その量は全軍に行き渡るには心許ないが、完全に補給を遮断されていたこの師団にとっては、非常に喜ばしいものだったのだ。


その航空機が、飛び始めてからというもの伝え聞く英軍からの言葉も、次第にだが明るくなっていた。


曰く、東方より援軍が来たのだという。

その規模自体の詳細は、タウンゼンド自身も聞き及んでいなかったが、このような事を考え付く連中の事だきっと豪胆な者達なのだろうと、そう実感していた。


3日程前から開始された、英国軍の準備砲撃。

総攻撃が計画されていると、無線によって情報を得てはいたものの、詳細情報は防諜の関係から伏せられていた。


「近日中の総攻撃に呼応し、反撃を行え」


それが司令部から言い渡された、攻撃命令の全文である。

たったそれだけの言葉、たったそれだけの命令…。しかし、3日間の間にオスマン軍の陣地に降り注ぐ砲弾が、その総攻撃を想起させ、崩れかけていた士気はまた希望と共に膨らむ。


幾度もの繰り返された救出部隊の壊滅、今度は何時もとは様子が違うと…兵士一人一人がヒシヒシと感じていた。


タウンゼンド師団の防御陣地から見る事が出来る情報は、決して豊富なものではない。しかし、英軍本隊の砲撃精度は見るからに上昇していた。

トルコ軍の動きは、それに対して防御に徹していた様に見えたが、西方からの攻撃に対しそちら側に兵が動いていたのは言うまでもない。


そして……、そんな日々の中3月24日の朝がやってきた。

その日は新月だった。月は太陽と同時に昇り、周囲を照らし始めると、敵も味方も思っていた…。


だがその日は、朝から騒がしく事態が動き始めた。


まずはじめに、上空の方からブォ〜ンという蚊の羽音を重低音にしたような音が鳴り響く。

それは航空機のプロペラの発する音だと、ここ数日の間定期的にやって来たそれと全く同じ様な音色で気が付いた。


音がするのは別によい、問題は時間と規模であった。

時刻にして朝4時、未だ太陽が昇らず新月の真闇(くらやみ)


ブォ〜ン……ブォォォン……

それは、これまで断続的に聞こえていた偵察機のプロペラ音に似ていたが、規模が全く違った。


「今まで3機か5機だった音が……まるで空全体を覆うように鳴っている……」


陣地内の将兵たちは、疲弊した体を起こし、夜空を見上げた。


その中の一人、歩哨は俄にそれを司令部に報告すべく


走る走る走る


「失礼します!!上空に無数の航空機を確認!!」


タウンゼンドはそのことに対して既に気がついていた。痩せこけてはいたが、未だその士気は衰えていないその瞳を輝かせ、その報告を耳にしつつ、この現象を捉えた。

  

タウンゼンドは歩哨と共に天幕から出ると、満天の宇宙(ほしぞら)を見上げる。


ブォ〜ン……ブォォォン……


という音は未だ止まず、しかしその姿を肉眼に捉えることは難しい。


タウンゼンド少将は、塹壕の縁に立ち、双眼鏡を構えた。


「これは……総攻撃の前触れか」


そして次の瞬間、上空の音の元凶は、青白い光を放つ物、照明弾を投下し始めた。周囲は突然真っ昼間の様に明るく照らし出され、音の正体を目撃する。


総数20〜30機もの航空機が、空を舞っている。


次の瞬間、英国軍がいるであろう西方から、火山の噴火を思わせる程の閃光が瞬き、そして轟音が鳴り響いた。

英国軍の本隊が、3日間続けてきた準備砲撃を、さらに激しく開始したのだ。


ドドドドド……!!


砲弾が雨霰とオスマン軍陣地に降り注ぎ、夜明け前の闇を炎と土煙で染めていく。

そして、パラシュート付きの光弾がゆっくりと降下し、戦場を白昼のように照らし続ける。


しかし、それは序章に過ぎなかった。


照明弾の青白い光が戦場を照らし出す中、タウンゼンド少将は双眼鏡を握りしめ、東方の砂漠を凝視した。


そこに、闇の中を疾走する無数の影が見えた。

鉄の箱――軽戦車と呼ばれる機械化部隊が、砂塵を巻き上げながら、ティグリス川東岸からオスマン軍包囲網の背後へ迫ってくる。

その数は、数十輌を超えていた。

信じられないものを見たしかし、それを現実であると肌を突く衝撃波が告げる


「来た……東洋の援軍が、本当に来たのだ」


タウンゼンドの呟きが、夜明け前の風に溶けた。


上空では、日本軍の戦闘機・偵察機が波状に飛来し、低高度で機銃掃射と手投弾攻撃を開始。オスマン軍の機関銃陣地が次々と炎上する。

 

西方からの英軍の砲撃は更に苛烈さを増して、オスマン軍西方部隊は身動きが取れず、その間に日本軍の攻撃は更に迫る勢いである。

そして遂に、日本軍の戦車がオスマン軍の側背を突き始めた。


37ミリ砲と11ミリ機銃から吐き出される火線が、またたく間にオスマン兵を蹂躙せしめる。

戦車が通過した後に這う這うの体の残敵を、後続の歩兵が到着すると、統制の良く生き届いた射撃で、その肉体をズタズタに引き裂く。


軽機関銃が火を噴き、立ち上がろうとする者たちを蹂躙する。

そして最後に一押し、上空に短い筒の銃を構えて上に向けそれを撃つと、真っ赤な光が一直線に上空へと伸びていく。


すかさず、日本軍の展開する迫撃砲部隊は位置を修整し、進行方向やや前方に集中的に迫撃砲を浴びせた。


それは、日本軍の航空支援要請だった。

上空を旋回していた大正5年式戦闘機と一式偵察機の群れは、信号を認めると、即座に編隊を組み直し、急降下を開始した。


低空から投下される手投弾と機銃の弾幕が、オスマン軍の後方補給隊と予備陣地を直撃。

炎と土煙が上がり、オスマン軍の指揮系統は完全に混乱に陥った。


クート内部の英国軍将兵たちは、塹壕からその光景を目撃し、歓声を上げた。

そんな将兵達とは裏腹にタウンゼンド少将は、静かに立ち上がり、剣を抜いた。


「全軍、反撃準備! 今こそ、包囲を破る時だ!」


疲弊していた英国軍将兵たちは、最後の力を振り絞り、銃を構えた。

西方の砲撃、東方の機械化突撃、上空の航空支援…そして内側からの反撃――四方向からの圧力に、オスマン軍の包囲網は耐えきれなくなった。


オスマン軍の将兵たちは、混乱の中で崩れ始め、退路を求めて逃げ散った。


西方から降り注ぐ英国軍の砲弾が、正面陣地を粉々に砕く。

東方から迫る鉄の軍勢――日本軍の軽戦車と自動車化歩兵が、側背を突き、包囲網を内側から崩壊させていく。


上空を覆う鉄の鳥群は、照明弾で戦場を白昼に変え、機銃掃射と爆撃で補給隊・予備陣地を壊滅させていた。


オスマン軍の将兵たちは、混乱の極みにあった。


「西方か? 東方か? 上空か?」


三方向からの同時攻撃に、指揮系統は完全に麻痺した。

伝令は届かず、無線はなく、騎兵偵察は日本軍の速力に追いつけなかった。


塹壕に籠もっていた兵は、砲撃で埋もれ、側面から突入した日本軍戦車に蹂躙された。

立ち上がろうとする者は、11mm重機関銃の弾幕に倒れ、逃げ惑う者は迫撃砲の雨に飲み込まれた。


部隊長たちは叫んだ。


「陣地を死守せよ!」


と、しかしその声は届かない。

兵士たちは、恐怖に駆られて後退を始めた。最初は個別の逃走だった。それが、次第に集団的な崩壊へと変わっていった。


「逃げろ! 包囲は破られた!」


誰かが叫ぶと、それが引き金となった。

オスマン軍の陣地は、連鎖的に崩れ始めた。まるでダムが決壊するが如く止め処無くそれは崩れた。

将校の制止も、軍律の脅威も、もはや通用しない。


兵士たちは、武器を捨て、ティグリス川を越えて北へ、北へと逃げ散った。

ハリル・パシャの第6軍は、クート包囲の誇りを一瞬にして失ったのだ。


日本軍は、オスマン軍の統制を根底から破壊した。

この朝、クートの包囲網は、完全に崩壊したのだ。


英国軍の将兵たちは、救出された喜びとともに、東洋の援軍に深い感謝と畏敬の念を抱いた。


「彼らは、砂漠を流れる川のように、我々を救った」


1917年3月24日、日の出とともに、クート・アル・アマラの包囲は解かれた。



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