メソポタミア派兵 3 クート解囲戦
ペルシア湾岸に上陸した日本軍合同派兵部隊は、到着したその日から荷卸と出撃準備を同時並行して進めていた。
事前連絡を取り続け、英国軍にはある程度の方向指針を行なっていたところである。
それ故に、車両や人員は次々と降りていく…。
食糧に水資源、そして航空機。
空軍のそれは直ぐに滑走路へと駐機されていき、自動車両は列を成して部隊ごとにその姿を揃えている。
日中温度が30度に達するこの地の3月であるが、カラッとした風土と共に、日陰となれば過ごしやすくベタつく日本の夏や、熱帯とはまた違った環境である。
そんな揚陸作業を進める中、日本軍中東方面軍司令官として、全軍の指揮を統括する神尾光臣中将は、眩しげに大空を見上げこの気候の空を具に記憶した。
その日の夕刻、英国軍の臨時司令部で日英の現地司令官は、初の正式会談に臨んだ。
英国側は、メソポタミア方面軍の代理司令官であるインド軍准将と数名の参謀が迎え、日本側は、神尾光臣中将を筆頭に、加藤定吉中将、山本五十六准将、そして通訳兼連絡将校が同席した方にである。
会談は、まず形式的な挨拶から始まった。神尾中将は、丁寧に頭を下げながら述べた。
「我が大日本帝国軍は、日英同盟の精神に基づき、貴国の要請に応じて遠路はるばる参った。クートの将兵を救い、オスマン軍を撃破するべく、全力を尽くす所存である。」
英国准将は、疲れ切った表情を隠さず、しかし感謝の意を込めて応じた。
「貴国の迅速な到着に、心より感謝する。クートの状況は一日一刻と悪化している。貴軍の力に、大きな期待を寄せている。
貴軍の特性はある程度聞き及んでいるところであるが、今一度詳細に教えてもらいたい。」
挨拶が終わり、会談は本題へ移った。
英国軍の顔には焦りが影と落ち、正しく急ぎ足である。
神尾中将は、地図を広げ、自軍の特性を詳細に説明し始めた。
「我が軍の特徴は、三軍合同運用にある。陸軍は機械化部隊を基幹とし、軽戦車と自動車化歩兵で機動包囲を得意とする。
海軍は対潜護衛を徹底し、空軍は偵察機と戦闘機による観測射撃・対地支援を可能とする。
これらを連携させることで、少数でも大きな効果を発揮できる。」
これらのうち、最も重要かつ専門的な航空部隊に対して山本准将が補足した。
「特に航空支援は、貴軍の砲兵を精密誘導し、敵陣地の死角を突くことができる。また、航空機による制空を行い、貴軍を空にの脅威から遠ざけ事も引き受けられる。」
英国側は、聞いていた通りの内容であるものの、俄に信じ難い日本軍の説明に、驚きと期待を隠せなかった。
次に、英国准将がクートの詳細報告を行った。
「クート内部のタウンゼンド部隊は、補給が断たれ、飢餓と疾病で戦闘力は半分以下だ。オスマン軍は約3万、包囲を固く締め、救援を次々と撃退している。敵軍の防御は異様な程固く、数度の攻略攻撃に対して、頑強な防御で向かってくる。」
英国准将のその説明は、事前に聞いた通りの状況であった。
時間がかかればかかるほど、クートの包囲はより強固になり、降伏も時間の問題だろう。
神尾中将は、地図を指しながら静かに示唆した。
「我が軍は、正面を貴軍に任せ、ティグリス川東岸から側面を突くことを提案する。これにより、敵の包囲網を崩し、内部の反撃と連携が可能となる。」
神尾中将のその言葉に対し、英国将軍とその将校たちは目を大きく見開き、信じられないものを見るように、口走った。
「砂漠を縦断しようというのか!!自殺行為にも程がある。」
その言葉が神尾に届けども、神尾のその顔はごく当然の事を言ったまでという風に、身動ぎ一つしないものである。
「これに付随し、我軍の進軍と攻勢時に同時攻撃をお願いしたい。いかがか?」
神尾のその提案に対して、英軍将校たちは顔を見合わせて言った。
「具体的に何をすれば良いのか?」
――
12日後、神尾中将は長椅子にもたれ掛かる様に、そこに座っていた。
しかし、その場所は決して安定しているようではなく、寧ろガタガタと縦に揺れ横に揺れる。
机は鋲によって固定されており、動かないようにされているが、文字を書けるような状態ではない。
しかし、神尾中将はそんな中でもしきりに時計を気にしていた。
「皆に伝えてくれ、ここで最後の休憩となる。」
神尾の声を聞いて、動く部屋の中で一人の将校が歩き、観音扉を開く。
するとそこからは、多くの車輌が前進する姿が現れるではないか。
将校がマイクに向かって話し出すと、その声を聞いたのか、車列はゆっくりと進行を停止した。
将校の声が車列に響き渡ると、グルグルと言う怪物の唸り声のようなエンジンの低い唸りが、徐々に静まっていった。
大正5年式軽戦車を先頭に、自動車化歩兵を乗せたトラック、砲兵を牽引する装軌トラクターが、砂漠の平原に整然と停止し、その威容を誇示する。
1917年3月下旬、ティグリス川東岸からわずか数十キロの地点。
上陸から12日目――神尾光臣中将の指揮する日本軍合同派兵部隊は、誰もが不可能と考えた砂漠横断を、ほぼ予定通りの日程で完遂しようとしていた。
この旅路を可能としたのは、日本軍の綿密なスケジュール管理の賜物であったと言えよう。
夜明け前〜日の出時の薄暗い時間帯に主力を移動し、朝〜午前中にかけて敵の警戒を回避し、機械化部隊(大正5年式軽戦車・自動車)が先頭で日進30km級を維持しつつ、歩兵・砲兵は随伴する。
正午〜午後にかけて、充分な休息と車両の整備をし、午後遅く〜夕方に再進撃を開始する。
そして、夜間を主要休憩・警戒。交代制で哨戒を継続し、夜間移動を一部実施し、月光下での進軍を一部実施する。
連続駆動時間を3時間に限定し、馬・車両の疲労を最小限にしていた。
補給拠点(オアシス・井戸)を航空偵察で事前確保しつつ、英国軍既存路を借用し、燃料・水の持続輸送を徹底させ、それを補完するように、空軍が敵偵察騎兵の動きを逐次報告していた。
長椅子に腰掛けたまま、神尾は懐中時計を再び確認し、静かに呟いた。
「予定より半日早い……これなら、日の出前に決着がつくだろう。」
傍らに立つ参謀が、小声で進言した。
「敵の偵察騎兵が後方に回った形跡がありますが、距離はまだ20キロ以上。報告が届く頃には、我々は既に包囲網の背後に回り込んでいるでしょう。」
その言葉を聞き、神尾は頷き、立ち上がった。
「よし。全軍に伝達せよ。最終休憩30分。補給と点検を済ませ、午前4時――夜明け前の闇に紛れて、最後の進撃を開始する」
部屋――軽戦車改造の指揮車両――の外では、将兵たちが最後の水を飲み、弾薬を確認し、静かに準備を進めていた。
緊張しているものもいる。この行軍は未だ前哨戦、これからが本番である。
敵前を大規模に迂回するこの大胆不敵な行動は、何のために行われているのか。
誰もが知っている。
この12日間の進撃は、単なる移動ではない。
それは、オスマン軍の包囲網を内側から崩壊させ、クートの1万3千の英国将兵を救うための、決定的な一撃の序章であった。
そして、その一撃は、日の出前の闇の中で、誰にも気づかれぬまま、静かに始まろうとしていた。
――
クート近郊部、オスマン軍偵察騎兵部隊
オスマン第6軍(ハリル・パシャ指揮)の後方警戒部隊として、ティグリス川東岸の偵察を担当していた、人員40名程の偵察騎兵部隊は、包囲網東側の監視と遊牧民部族との連携を行いつつ、英国軍の救援動向を探知していた。
その日もあいも変わらず、何もない1日だと…誰もがそう思っていた。
速歩で進む馬の速度は、大凡12km程度。
その速度での移動は、馬にとっても乗馬している人間にとっても、とてもリラックスする程度の速度であった。
その日は新月だった、一ヶ月の間で最も暗い夜。それも、星明かりに照らされて天空は神秘的な姿であった。
その姿は、昨日の砂嵐が嘘のようである。
彼らは、自らが所持しているカンテラの僅かな光を頼りに、暗がりを進む。
敵がいないはずの砂漠、いるのは自分達だけだと…誰もがそう思っていた。
ふと…偵察騎兵のうちの一人、アフメドと言う若い兵士は、遠くの方でチラチラと光る何かを目撃した。
それは果たして幻視か?疲労から来る妄想か、しかし彼の目にはハッキリと其れ等が何から発せられたのか、直ぐに解った。
それは、自動車のヘッドライトだった。
「敵だ! アレは連合軍だ!」
アフメドの叫びが夜の砂漠に響いた瞬間、部隊は一気に緊張に包まれた。
直ぐ様に隊長は馬を止め、双眼鏡を構えた。
遠くの平原に、無数の光点がゆっくりと移動しているのが見える、その一つ一つがまるで生きているかのように進んで行く。
それは、自動車の列――そして、その先頭を走る鉄の箱(軽戦車)のシルエットだった。
隊長の顔が青ざめた。彼は直ぐ様携帯している地図をカンテラで照らし、その行く末を追う。
「…我々は、既に追い抜かれている」
地図を広げ、隊長は震える手で現在位置を確認した。
日本軍の痕跡は、数キロ後方から続いている。
つまり、彼らはこの偵察部隊のすぐ横を、気づかれぬまま通過していたのだ。
「急げ! 本隊へ報告だ!」
隊長は馬を駆り、伝令を飛ばした。
しかし、速歩で本隊(約30km後方)へ到達するには、数時間かかる。
その頃、日本軍は既にクート包囲網の東側深くに到達し、強襲準備を完了しているだろう。
偵察騎兵部隊は、必死に馬を走らせた。
だが、砂漠の闇は既に、日本軍の影に飲み込まれ始めていた。
「かの軍勢は……我々の背後を取った……!!」
隊長の呟きは、風に消えていった。




