空軍創設
研究会での審議
1915年3月、東京・陸軍大学校近郊の研究会室。
春の陽光が、窓から柔らかく差し込んでいた。
日本軍学研究会の会議室は、いつもの静けさに包まれていた。
青島攻略戦の終結から数ヶ月が経過し、研究会メンバーは、欧州観戦武官からの報告書を基に、戦争の帰趨を議論していた。
机の上には、航空機の有用性を強調する報告書と、青島での偵察機活躍の戦訓が置かれていた。
長老の一人、松川敏胤大佐は、報告書を読み終え、静かに言った。
「事ここに至って、欧州大戦では益々航空機の有用性が発揮されている。
今一度、航空軍の設立に対する問答を執り行いたい。異議のあるものはいるか?」
彼の言葉に対し、手を挙げるものは皆無であった。それもそのはず、昨年の12月、この場にいるメンバーにそれらに対する決を取った時、異議を申し立てる者はいなかった。
今や、欧州大戦での航空機の活躍は鰻登りであり、早晩これらの者から、参謀本部へと談判する者が現れても、不思議なものではなかった。
松川が周囲を見ると、手を挙げるものはいない。
「では、始めたいと思う。意見あるものは要るか?」
そのひと言に対して、多くの者が手を挙げる。これは積極的に思う事を、受けれやすい体制がここに根差している何よりの証拠である。
真っ先に手を挙げた将校がいた…、彼は緊張に僅かに頬を赤らめながら、真剣な眼差しを松川へと投げかけていた。
襟首には未だ、軍に入ったばかりである証しの、少尉の徽章が輝いていた。
「そこの…、見ない顔だな。新人かね?名を何と言う?」
松川はその将校を指差し、名を尋ねた。
「ハッ!石原莞爾少尉であります!烏滸がましくも、意見を述べさせて頂きたく!!」
緊張で頬が赤らんでいた。
松川や、好古等古株の人間は、その初々しさに少し頬が綻んだ。まるで、昔のコソコソとやっていた頃の自分達を見ているようだった。
「よろしい、では石原莞爾少尉。貴官はこれらに対しどの様な意見を持つか?」
それに気分を良くしたのか、彼は臆することなく前に進み出て、声を張った。
「先ずは、航空軍の所属士官を如何様に決めるかが、寛容であると考えます!!」
真っ当な答えが返ってきたことに、首を縦に振る。それに対して、文句を言うものは一人もいない。しかし、その後に直ぐに手を挙げるものがいた。
「航空研究部所属の山本五十六です。
空軍創設にあたり、海軍としては独自の航空部隊の創設を考えております。
コレは私個人の見解ではなく、秋山真之少将の意見でもあります。
海軍は、陸軍と違い、洋上で定期的な航空部隊の援護を預かることができません。
敵地攻撃をする為に、航空機運用能力を持つ艦艇が必要となります。
その場合、空軍位の部隊があると非常に混乱が生ずる可能性があります。」
これに対する意見は海軍側からは根強く、既に議論されていたものの、再考の余地ありとして留め置かれていた事もあった。
そして、当然ながら陸軍側からこのような返答が返ってくる。
「海軍ばかりが航空隊を持つ、それはあまりにも不公平ではないか?」
と、それに対する答えは口論へと発展する余地もあったが、元老として研究会を今回限りまでとした、好古が立ち上がった。
「三軍とすれば、部隊運用に対して均衡が産まれる。陸海はそれぞれ中が悪い事も、昔のものであればよく理解出来ていよう。
然らば、3つ目の組織があればそう。
三国志で言うところの、天下三分の計と言ったところだろうな。」
好古のその言葉は、この研究会の人間であれば誰しもが納得のいく言葉であった。
他のメンバーも、次々と意見を述べた。
航空担当の若手中佐が、言った。
「航空機の開発は、一元化すべきだ。陸海の別々では、資源の無駄が生じる。」
海軍側の若手が、再び言った。
「艦載機の開発は、海軍独自で進めるべきだ。航空機母艦…空母の可能性を、探らねばならない。」
議論は、活発に続いた。
研究会は、空軍創設の必要性を確認し尽くしていた。陸海の連携と、新軍の独立。
それが、結論だった。
松川は、まとめを述べた。
「空軍の創設を、参謀本部へ具申する。大日本帝国航空軍として、新軍の創設を提案するものとする!!」
メンバーたちは、頷いた。
意見書は、血判を押され、送られた。
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件名: 大日本帝国航空軍の創設に関する意見具申
青島攻略戦および欧州観戦武官報告を基に、航空機の軍事的有用性が顕著に証明された。
偵察・観測の効果は、戦況を左右するまでに至っている。
しかし、現行の陸海軍共同研究部隊では、開発・運用の統合が不十分であり、長期戦の兆しが見える欧州大戦に対応できない。
よって、航空部隊を独立した軍種として創設し、以下の要項で推進することを具申する。
1. 創設の必要性
航空機は、陸海の共通戦場である上空を支配する新兵器である。
偵察・観測の役割を超え、攻撃・迎撃の可能性が拡大している。
陸海軍の別個運用では、資源の無駄と連携の遅れが生じる。
一元化された航空軍により、開発・教育・運用の効率化を図る。
2. 組織概要
名称: 大日本帝国航空軍(略称: 帝国空軍)
地位: 陸軍・海軍と並ぶ独立軍種。
参謀本部に航空本部を設置し、総力戦対応の指揮を一元化。
人員構成:
陸海軍からの転属将校・下士官を基幹とし、民間技術者を積極登用。
初年度規模: 約3,000名(操縦士800名、整備士1,500名、その他700名)。
予算: 陸海軍予算から抽出(各軍の約10%相当)。
航空機生産・教育施設の建設を優先。
3. 開発・運用方針
開発一元化:
航空力学研究所を基盤に、民間企業(三菱・中島・川西等)との連携を強化。
機体・エンジン・武装の国産化を急ぎ、陸海共通仕様を標準化。
機種開発優先:
偵察機の改良(航続距離・信頼性向上)。
爆弾投下装置の搭載試験。
戦闘機の開発(機銃搭載、同期射撃装置)。
無線通信の音声化研究。
教育・訓練:
所沢・横須賀に航空学校を統合設置。
陸海合同演習を定期化し、連携を強化。
4. 長期戦への備え
欧州大戦の長期化兆しを考慮し、航空軍は総力戦の鍵となる。
上空支配が、陸海の機動を支え、補給線・敵情把握を確保する。
早期創設により、日本軍の質的優位を維持し、国家防衛を強化する。
以上、帝国空軍の創設を強く具申する。
研究会メンバー一同の総意である。
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1915年夏、東京・参謀本部および軍令部合同会議室。
日本軍学研究会の意見具申書が、参謀本部と軍令部に届けられてから、数週間が経過していた。
具申書は、帝国空軍の創設を強く求め、三軍の均衡と航空開発の一元化を提言していた。
合同会議室では、陸軍参謀総長田中義一と海軍軍令部長秋山真之が、具申書を基に議論を進めていた。
田中総長は、書類を手に、静かに言った。
「研究会の具申は、理に適っている。
航空機の有用性は、青島と欧州観戦で証明されているからな。
三軍とする事を、要請すべきではある。」
秋山部長は、頷いた。
「海軍としても、同意だ。と言うが、我々も研究会に所属しているのだから、当然と言えば当然であるが…
しかし、陸軍省と海軍省が、新たな空軍省の創設に抵抗するのは、予想される。」
確かに、陸軍省と海軍省は、予算・人事の分離を重視し、新省庁の創設に慎重だった。
陸軍省は、航空を陸上支援の延長と見なし、海軍省は艦載機の独自運用を主張していた。
田中は、提案した。
「抵抗を避けるため、三軍を統合し、兵部省の傘下とするのはどうか。」
秋山は、静かに考え、答えた。
「兵部省を復活させ、陸海空を統括するか…なるほど、確かに明治政府が建てられた当時、軍を統合統括下に置こうとした時期があったな。
参謀本部を兵部省の下とし、陸海空の参謀本部を統合。
三軍の参謀長を統合し、統合参謀長を擁立する。これならばいけるだろ。」
この提案は、研究会の上申を基に、軍の再編を伴う大胆なものだった。
陸海の対立を解消し、総力戦対応の組織を構築する。
田中は、結んだ。
「これで、抵抗をある程度は抑えられる。
それでも抵抗ある場合は…、権力を振りかざすしかあるまい。
兵部省は、統合参謀長を擁立し、国家防衛の総責任を負う。」
秋山は、頷いた。
1915年夏、東京・内閣府。
日本軍学研究会の意見具申書は、参謀本部と軍令部から内閣へ上がってきた。
大隈重信首相は、書類を前に、深いため息をついた。
具申書は、帝国空軍の創設と三軍統合を求め、兵部省の復活を提言していた。
欧州大戦の長期化兆しと青島の戦訓が、軍の再編を迫っていた事を理解していたが、内閣会議は過熱した。
特に当時の陸軍大臣と海軍大臣は、新軍創設に抵抗した。
陸軍大臣は、言った。
「たとえ参謀本部の意見とは言え、航空は、陸軍の支援が主な任務である独立させる必要はない!」
こういう時だけ仲が良いのか海軍大臣も同調した。
「艦載機は、海軍のものだ。空軍省など、予算を食うだけで我々の運用に支障をきたすだけだ!!」
議論は、激しくなった。
しかし、陸海それぞれの軍部からの突き上げが、各大臣の発言を弱くしていた。
憲法改正の必要性が高まり、大日本帝国憲法の軍事条項(統帥権・軍令権)を改め、三軍統合を可能にする案が浮上した。
しかし、ここである問題が生じた。憲法改正の手続き自体が、憲法に明記されていない問題が指摘されたのだ。
明治憲法は、改正手続きを詳細に規定しておらず、慣習的に天皇の裁可と帝国議会の議決で対応されていたが、新軍創設のような大改正には、手続きの明確化が不可欠だった。
大隈首相は、憲法学者と協議した。
改正手続きを憲法に組み込む案が、提案され、改正案の骨子は、以下の通りだった。
憲法改正の発議: 天皇の勅命または帝国議会(衆議院・貴族院)の議員総数の3分の1以上の賛成により、改正案を提出。
議決: 帝国議会の両院で、各々総議員の3分の2以上の出席と、出席議員の3分の2以上の賛成で可決。
公布: 天皇の裁可を得て公布し、即時または指定日より施行。
この手続きを憲法に新設し、軍事改正(兵部省創設、三軍統合、帝国空軍の独立)を併せて実施する。
これらを臨時招集した国会で突如として突きつけられた議会は、その議論は、過熱した。
特に野党議員は、「憲法の神聖性を損なう」と反発し、猛反発を示した。
しかし、大隈には大正天皇から厳命が下っていた。
「奉公として、やりなさい。」
天皇の言葉は、重かった。
大隈は、辞職を撤回してまで、改正案を帝国議会へ提出したのだ。
それでも、議員からの猛反発は止まなかった…。しかし、そこで有ることが起きた。
大正天皇が、議場に現れたのだ
そして、御言葉を発した。
「国家の安危は、軍の強さにあり。航空の時代が、来ている。
改正を、速やかにせよ。帝国臣民が、枕を高くして眠ることが出来るようになることを、朕は切に願う。」
天皇の言葉は、議場を静かにした。
即座に、改正案が審議され、衆議院・貴族院で3分の2以上の賛成を得た。
手続きの新設が承認され、軍事改正(兵部省創設、三軍統合、帝国空軍の独立)が併せて可決された。
年内に発布され、即時効果を発揮した。
大日本帝国憲法の初の改正は、政党政治始まって以来の出来事だった。
大正天皇の決断が、軍の変革を促した。
改正大日本帝国憲法
第4条の改正(内閣の位置づけ)
(旧)内閣は、天皇を輔弼する。
(新)内閣は、総理大臣を首班とし、天皇を輔弼し、国家行政の総責任を負う。
内閣は、兵部省を含む各省庁を統括し、総力戦対応の行政を一元化する。
ただし、軍事緊急事態における現地指揮官の判断は、事後承認を原則とする。
第11条 兵部省の役割(新設)
兵部省は、陸軍、海軍、空軍の行政を統括し、国家防衛の総責任を負う。
兵部大臣は、内閣の助言と承認により天皇が任命する。
兵部省は、軍需生産、補給、教育、衛生を統括するが、現地部隊の戦術的判断は、指揮官の裁量に委ねられる。
第11条の1 軍の統帥権(新設)
天皇は、陸軍、海軍、空軍の統帥権を有する。
統帥事項は、兵部省の下に設置される統合参謀本部の議を経て上奏される。
ただし、現地最高指揮官は、通信途絶または緊急事態において、独自判断で行動し、事後承認を求めることができる。
第11条の2 陸海空軍の位置づけ(新設)
陸軍、海軍、空軍は、兵部省の統括の下に置かれる。
各軍の編制・運用は、統合参謀本部の議に基づくが、現地部隊の戦術的判断は、指揮官の裁量に委ねられる。
第12条 軍の予算(改正)
陸軍、海軍、空軍の経費は、予算に計上する。
軍事予算の配分は、兵部省が計画するが、現地部隊の特別経費は、事前承認を要せず、事後精算とする。
新設第55条の1 総理大臣の役割
総理大臣は、内閣の首班として、各省庁の行政を統括し、天皇に上奏する。
総理大臣は、兵部大臣を含む閣僚を任命し、国家危機時の緊急措置を講じ得る。
しかし、現地軍の緊急行動については、事前承認を要せず、事後報告により内閣が承認する。
新設第73条 憲法改正の手続き
憲法改正は、天皇の勅命または帝国議会(衆議院・貴族院)の議員総数の3分の1以上の発議により、改正案を提出する。
改正案は、両院で総議員の3分の2以上の出席と、出席議員の3分の2以上の賛成で可決する。
可決された改正案は、天皇の裁可を得て公布し、即時または指定日より施行する。
発議: 1915年7月、大正天皇の勅命により改正案が帝国議会(臨時議会)に提出。
議決: 1915年8月、衆議院・貴族院の両院で審議。
総議員の3分の2以上の賛成を得て可決。
公布: 1915年9月、天皇の裁可を得て公布。
施行: 1915年10月1日より即時施行。




