青島攻略作戦 2
秋の風が、要塞の堡塁を冷たく撫でていた。
ドイツ守備隊は、包囲から1ヶ月以上が経過し、補給の途絶が現実的な脅威となっていた。
要塞司令官ヴァルター・フォン・ヴァルデック少将は、司令部で地図を広げ、参謀たちと状況を分析していた。
日本軍の陸上包囲は、日増しに深まり、海上封鎖は鉄壁だった。
ヴァルデックは、窓から外を見た。
遠くの海に、日本艦隊の影が浮かんでいた。
準弩級の薩摩型・香取型、敷島型の前弩級戦艦が、封鎖線を維持し、砲撃を継続していた。
しかし、この10月に入り、新たな脅威が加わった。
日本海軍が誇る超弩級巡洋戦艦金剛型4隻の到着だった。
南洋諸島作戦から戻った金剛型は、高速と長射程の35.6cm砲を備え、要塞の射程外から一方的な砲撃を開始した。
堡塁の外郭が、次第に崩れ始めた。
ヴァルデックは、報告書を手に、静かに言った。
「金剛型の砲撃が、始まったか…応えるな。射程外から、正確に撃ってくる。」
参謀の一人が、答えた。
「偵察機の観測射撃です。上空から、座標を伝えているのでしょう。」
要塞の砲手、ヨハン・シュミットは、堡塁で砲を調整していた。
金剛型の砲弾が、遠くから飛来し、爆発した。
要塞のコンクリートが、砕け散った。
「日本艦は、届かない距離から撃ってくる。もう我々の砲は、反撃もままならない。」
ヨハンは、苛立ちを抑えきれなかった。
日露戦争の勝利が、日本海軍をここまで強くした。彼らは貪欲に経験を貪り、欧州との戦いをまるで餌としか思っていないのではないか?と、そんな思考が過る。
そんな間にも、高速の巡洋戦艦が、戦艦の火力を併せ持ち、一方的な長距離砲撃が、要塞を削っていた。
陸上でも、日本軍の進撃が続いていた。
止め処無く陸軍の機動部隊が、側背から包囲を深めていた。
堡塁の兵士たちは、銃を構え、抵抗を試みたが欺瞞攻撃によって、銃弾を消耗するだけとなる。本格的な襲撃がいつ来るのか…、全員疲労困憊だった。
しかし、日本軍の動きは、奇妙だった。分散した部隊が、地形を活かし、急襲を繰り返す。軽迫撃砲の曲射が、堡塁の死角を突いた。
そして、迫りくる奇妙な物体があった。
装軌トラクターを改造したかのような奇妙な車、それが無限軌道で泥濘を突破し、ジリジリと塹壕を突破しながら。
機関銃を撃ちつつ、歩兵を随伴して進撃してくる。
ドイツ兵の一人が、叫んだ。
「装甲車両だ!あの奇妙な物体が、近づいてくる!」
それは、明治45年式軽戦車原型だった。
速力は遅いが、地形突破力が高く、堡塁の火力を回避しながら接近。
機関銃の射撃が、ドイツ兵を圧倒した。
ヴァルデックは、報告を受けた。
「日本軍の装甲車両が、堡塁に迫っている。」
まるで有機的な生き物のような、非常に滑らかな連携を行う、陸海の軍隊。果たして、これだけ連携の取れる軍隊は欧米に存在しているのだろうか?
そんな思案の中参謀が、言った。
「抵抗を続けるべきですが。補給が……続きません。」
ヴァルデックは、静かに頷いた。心の奥で、絶望が広がっていた。
金剛型の長距離砲撃が、要塞を削り、奇妙な装甲車両が、陸上から迫る。
日本軍の進撃は、止まらなかった。
ドイツ守備隊は、必死に抵抗した。しかし、防衛戦は、次第に崩れ始めた。
一方、日本軍側はと言えば今回の作戦に際し、非常に損害を少なくする事に努めていた。
兵糧攻めに徹しておけば、次第に敵内部は孤立化し餓死者が出てくるに違いない。
無理な力攻めをする必要もなく、ドイツ東洋艦隊は今や漁礁である。
連合艦隊の第二艦隊は、海上封鎖を維持しつつ、陸軍の包囲を支援していた。
司令官加藤定吉中将は、旗艦出雲の艦橋で、地図を広げ、参謀たちに指示を出していた。
南洋諸島から戻った金剛型巡洋戦艦4隻が加わり、火力が大幅に強化された。
35.6cm砲の長射程が、要塞の射程外から一方的な砲撃を可能にした。
「金剛型の砲撃を開始せよ。敵堡塁を、精密に削れ。」
加藤の命令が、無線で伝わった。
金剛型の砲塔が、回転し、砲身が天を指した。
そして轟音とともに、砲弾が放たれた。
射程外からの攻撃は、要塞の外郭を次々と崩壊させた。
偵察機は、上空から観測を続け、観測士が、無線で座標を伝達。
「命中確認。中央堡塁、損傷大。」
陸軍の揚陸部隊は、その情報を下に、内陸へ進撃を続けていた。
第18師団の兵士たちは、日本備の機動包囲を適用し、分散して敵の死角を突いた。
軽迫撃砲の曲射が、堡塁を制圧し、重擲弾筒が掩体を破壊した。
陸軍の若い中尉、田村浩二は、部隊を率いて進撃していた。
二十八歳の彼は、日露戦争の勝利を少年時代に聞き、軍人として誇りを持っていた。
しかし、青島の要塞は、堅固だった。敵の砲火が、時折飛んでくる。
「分散せよ。側背から包囲する。」
田村は、部下に命令した。兵士たちは、地形を活かし、進んだ。
泥濘を装軌トラクターが突破し、補給を支えた。
そして更にゆっくりと前線へと出てくる物があった…。それは、明治45年式軽戦車原型だった。
無限軌道で動き、装甲板を纏った車両。軽機関銃を搭載し、歩兵を随伴して進撃してくる。
田村は、双眼鏡でそれを見た。
「頼もしい限りだな、俺達の盾になってくれるなんてさ」
部下の一人が、答えた。
「我々は教訓を糧に戦っていますから、昔の人たちが血を流した事が、今に生きているんですよ。」
それは、ゆっくりと、しかし確実に堡塁へ迫っていた。
ドイツ兵がそれに向けて銃を撃つが銃弾が、甲板に弾かれて甲高い音とともに、火花を散らせる。
そしてバリバリバリバリと機関銃の射撃が、敵を圧倒した。田村は、内心で驚いた。
戦争が変わっている。機械が、戦場を動かすのが当然とばかりに、日本軍は前進を続けた。
偵察機から戦場を見下ろす、砲撃によって焼け爛れた大地、そこを進撃する歩兵や戦車の姿。
しかし、それを見ているだけでは歯痒かった。
1914年10月、青島上空。
水上偵察機の操縦士、佐藤健太郎大尉は、コックピットで操縦桿を握りしめていた。
三十歳の彼は、共同研究部隊の初期メンバーとして、航空機の可能性を信じていた。
機体は、艦隊の巡洋艦から発艦し、青島要塞の上空を旋回していた。
観測士の鈴木中尉が、無線機と写真撮影装置を操作し、要塞の状況を記録していた。
下方に広がる戦場は、砲撃の痕跡で焼け爛れていた。
金剛型の長距離砲撃が、堡塁を崩壊させ、黒煙が立ち上っていた。
陸軍の歩兵部隊が、分散して進撃し、軽迫撃砲の曲射が敵陣を制圧していた。
装軌トラクターの改造型――軽戦車原型――が、泥濘を突破し、歩兵を随伴して前進。
その姿は、地上から見れば脅威だったが、上空から見ると、ゆっくりと進む影のように見えた。
健太郎は、内心で苛立ちを覚えていた。
偵察機は、敵の位置を正確に把握し、砲撃観測を支援していた。
しかし、それだけでは不十分だった。
味方の歩兵が、敵の残存火力に晒され、損害を出している。
もし、航空機に何かを吊るして落とすことが出来るのならば、もっともっと、味方の損害を少なく出来るのではないか?
健太郎は、観測士の鈴木に言った。
「鈴木、敵の堡塁、まだ抵抗しているな。」
鈴木は、双眼鏡を覗きながら答えた。
「はい。金剛型の砲撃で弱体化していますが、残存兵が銃撃を続けています。」
健太郎は、機体を低空で旋回させた。
下方で、歩兵が掩体に隠れ、軽機関銃で応射していた。
軽戦車原型が、前進を支援し、敵の火点を制圧しようとしていた。
「もし、この機体から爆弾を落とせれば……。」
健太郎は、独り言のように呟いた。
偵察機の翼下に、爆弾を吊るす。
敵の堡塁を、上空から直接攻撃する。
それができれば、歩兵の損害は、もっと減るはずだ。
鈴木は、頷いた。
「大尉のおっしゃる通りです。
共同研究部隊で、爆弾投下の試験を提案すべきです。」
健太郎は、機体を上昇させた。
青島の戦場が、下方に広がっていた。
焼け爛れた大地を、歩兵と戦車が、着実に進撃していた。
しかし、上空から見る彼らの姿は、脆弱に映った。歯痒かった。
偵察だけでは、十分ではない。航空機は、もっと積極的に戦うべきだ。
健太郎は、無線で報告した。
「要塞中央部、残存抵抗確認。砲撃継続を要請。」
艦隊の砲撃が、再開された。金剛型の主砲が、轟音を上げた。
地上の歩兵たちは、砲撃の援護を受け、前進を続けた。
軽戦車原型が、堡塁に迫った。敵の銃撃が、散発的になった。
日本軍の進撃は、止まらなかった。
しかし、健太郎の心には、新たな思いが芽生えていた。
航空機は、偵察だけではない。
攻撃の翼となるべきだ。
青島の戦場は、上空から見ると、変わり始めていた。
日本軍の影が、要塞を覆っていた。




