表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
129/135

羊飼い3


一、両国潜水艦部隊および護衛戦力の展開状況


1941年(昭和16年)8月。ニュージーランドにおける内戦状態の恒常化に伴い、北島政府を支援する大日本帝国、および南島臨時自治政府を支援するアメリカ合衆国は、両勢力間の物資輸送路の遮断および自国商船の護衛を目的として、対象海域への海軍戦力の段階的投入を開始した。


日本海軍は、トラック諸島およびラバウル方面より、巡潜型潜水艦6隻および水雷戦隊(軽巡洋艦1隻、駆逐艦4隻)をタスマン海およびクック海峡周辺へ派遣。対するアメリカ海軍は、オーストラリアのブリスベンおよび米領サモアを拠点とし、ガトー級潜水艦を含む計8隻の潜水艦部隊、ならびに船団護衛用の駆逐艦部隊を展開させた。


双方の軍令部が発出した交戦規定(ROE)において、事前の攻撃許可のない他国正規軍への先制攻撃は厳しく制限されていた。各大本営および司令部は、対象海域における軍事プレゼンスの維持による抑止力の構築を目的としており、偶発的な軍事衝突の発生確率は戦術的計算上、低く見積もられていた。事態は散発的な威嚇行動を伴いながら、長期的な対峙状態へと推移することが予測されていた。


二、須号第一〇〇型潜水艦(一号艦)の運用と隠密航行


上記のような海域の緊張状態と並行し、日本海軍が最高機密として建造を完了していた戦略兵器・須号第一〇〇型潜水艦(一号艦)の運用テストが実施されていた。

同艦は水上排水量3,500トンを超える超大型潜水艦であり、アメリカ本土への直接攻撃を想定した長大な航続距離と航空機運用能力を有していた。本テスト航海の主目的は、「日本本土から南半球(ニュージーランド近海)に至る約9,000海里の長距離隠密航行の技術的実証」であった。


須号第一〇〇型は、シュノーケル(吸排気管)を用いた連続潜航技術、および特殊繊維素材(MBF)の船体コーティングによる音響・電波ステルス性の実地検証を行っていた。同艦は出港以来、完全な無線封止ラジオ・サイレンスを維持し、バッテリー充電時のみ潜望鏡深度まで浮上する「完全潜航状態」での航行を継続していた。同艦の存在および現在位置は、日本海軍中枢の一部高官のみが把握する最高軍事機密に指定されていた。



三、指定海域における商船撃沈事象の発生


1941年8月24日、午後1時15分。ニュージーランド北島・ニュープリマス沖合約80海里のタスマン海域において、事象は発生した。

日本から北島政府向けの医療支援物資および機械部品を輸送していた日本船籍の大型貨客船「天洋丸」(9,800トン)が、単独航行中に所属不明の潜水艦からの雷撃を受けた。


雷撃は計3発発射され、うち2発が天洋丸の右舷中央部および機関室付近に命中した。物理的衝撃および爆発により、同船の外板は広範囲にわたり損壊。主機関は即座に停止し、急速な浸水が開始された。


被雷から約4分後、天洋丸の通信室より「本船、所属不明ノ潜水艦ヨリ雷撃ヲ受ク。右舷ニ大破口、沈没確実。乗員乗客退船ス」とのSOS信号が平文で発信された。午後1時36分、船体の傾斜が限界角を超過し、天洋丸は船尾よりタスマン海へ沈没した。搭乗していた船員および民間人乗客計312名のうち、救命艇への移乗に成功した者の正確な数は、この時点において不明であった。


後日の音響解析および残骸の検証、ならびに米海軍の機密解除資料との照合により、当該雷撃を実施したのは、識別信号を偽装し哨戒任務に就いていたアメリカ海軍の潜水艦であることが確定している。

米潜水艦長が天洋丸を「南島に対する兵器輸送に従事する特設巡洋艦」と誤認した偶発的事故であるか、あるいは意図的な通商破壊命令に基づく撃沈であるかについての客観的結論は、現在に至るまで記録されていない。



四、須号第一〇〇型による事象の観測


天洋丸が被雷した時刻、須号第一〇〇型潜水艦は、事象発生地点から距離約6,000メートルの海中を潜望鏡深度で航行中であった。


同艦のパッシブ・ソナーは、魚雷のスクリュー音、爆発音、および船体が圧壊する金属音を正確に探知・記録した。艦長は即座に潜望鏡を上昇させ、光学照準器を通じて天洋丸の沈没過程、および海面上に漂流する多数の生存者、ならびに潜航状態で現場海域から離脱を図るアメリカ海軍潜水艦の潜望鏡の航跡を視認した。

この瞬間、須号第一〇〇型潜水艦は、自国の民間船が第三国の軍事力によって撃沈されるという明白な戦争行為の現場に立つ、唯一の目撃者となった。



五、救助任務の破棄と不介入の決定


通常、海上における遭難事象を現認した艦船は、交戦規定および国際海洋法に基づき、可及的速やかに生存者の救助活動を実施する義務を負う。天洋丸の生存者は海面に多数確認されており、須号第一〇〇型が浮上すれば、相当数の人命救助が物理的に可能であった。


しかし、須号第一〇〇型の艦長および司令部は、以下の事実に基づく状況評価を行った。

* 本艦の存在そのものが、帝国海軍の最高機密である。

* 海面に浮上し救助活動を実施した場合、現場海域を離脱中の米潜水艦、あるいは通信を傍受して接近する敵対的航空機に対し、本艦の特異な艦影および兵装(巨大な水密格納筒等)を視認・撮影されるリスクが極めて高い。

* 機密の暴露は、今後の対米戦略の根幹を崩壊させる。



午後1時42分。須号第一〇〇型艦長は、軍令部が発出している


「いかなる状況下においても艦の秘匿性を最優先とすべし」との絶対命令プロトコルに従い、救助活動の実施を「作戦遂行上、実行不可能」と断定した。


艦内において一切の感情的動揺は記録されていない。命令は無機質に伝達された。須号第一〇〇型は潜望鏡を降下させ、完全な沈黙を保ったまま深度60メートルへ潜航。天洋丸の生存者が漂う海域の下を通過し、当初の予定針路へと変針して現場海域から完全に離脱した。



六、事象の帰結と戦略的波及


同日夕刻、天洋丸のSOS信号を傍受して現場海域へ到着した日本海軍の駆逐艦部隊により、漂流物および一部の生存者が回収された。最終的な生存者は48名、死亡・行方不明者は264名と確定した。


この事象における「アメリカ海軍による日本民間船の撃沈」という客観的事実は、生存者の証言および回収された魚雷の破片によって物理的に証明された。同時に、日本海軍中枢へは、帰還した須号第一〇〇型潜水艦の航海記録装置より、攻撃を行った米潜水艦の明確な音響データおよび潜望鏡の光学写真が提出された。


このデータは、外交的交渉の余地を完全に排除する決定的な証拠として機能した。1941年8月末、日本政府はアメリカ合衆国による民間船撃沈を「明白なる武力攻撃(カズス・ベリ:開戦事由)」と認定。事態は偶発的衝突の段階を終了し、両陣営間の全面的な武力行使(熱戦)へと不可逆的な移行を完了した。


ニュージーランド海域において流された264名の民間人の命と、それを見殺しにする形で守り抜かれた戦略兵器の機密は、世界大戦の火蓋を切るための、極めて冷徹な「物理的交換条件」として歴史に記録された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ