冬戦争
一九三九年(昭和十四年)十一月三十日。
極東の韃ソ国境において、大日本帝国の「インフラと兵站の絶望的な壁」の前に一発の銃弾も撃てずに撤退を余儀なくされたソ連極東赤軍。その最高指導者ヨシフ・スターリンの鬱屈した怒りと、独裁体制を維持するための「血の代償(勝利)」への渇望は、極寒の北欧・フィンランドへと向けられた。
「極東の化け物どもには勝てん。西のドイツも今は厚い壁を作っている。だが、人口わずか三百万の雪国ならば、我が無敵の赤軍が数週間で踏み潰せるはずだ。スターリンの誕生日(十二月二十一日)までにはヘルシンキで祝杯を上げよ」
ソ連首脳部の目論見は、史実と同じく「圧倒的な物量による短期決戦」であった。
四十五万人の兵力、二千輌を超える戦車、そして数千機の航空機。レニングラード軍管区からカレリア地峡を通ってフィンランドへなだれ込むソ連軍の縦隊は、雪原を黒々と染め上げるほどの威容を誇っていた。
「ウラー(万歳)! 小国を解放しろ!」
ウォッカで身体を温め、真冬の装備も不十分なまま雪原を行軍するソ連の歩兵たち。彼らの頭の中には、「フィンランドの労働者は我々を解放者として歓迎するだろう」という政治将校の空虚なプロパガンダしかなかった。
しかし、彼らがカレリア地峡の奥深く、フィンランドの主防衛線へと足を踏み入れた瞬間、その甘い幻想は**「ドイツの資本」と「フィンランドの不屈の意志」が融合した、文字通りの『鉄壁』**によって木端微塵に粉砕されることになる。
史実において、フィンランド軍がソ連軍の猛攻を食い止めた「マンネルヘイム線」は、実は予算不足により未完成の陣地が多く、大部分が丸太と土嚢で作られた野戦陣地に過ぎなかった。
しかし、この世界線は違う。
前年に結成された『中欧同盟』、そしてドイツが主導するマルク経済ブロックの巨大な恩恵は、北欧の端にあるこの国にもたっぷりと注ぎ込まれていた。
ドイツからの潤沢な経済支援と、最新の土木建築技術(特殊セメントや鉄筋)の提供を受けたフィンランド軍は、開戦までの数年間で、マンネルヘイム線を**「完全なる永久要塞線」**へと昇華させていたのだ。
「敵部隊、キルゾーン(指定射撃地域)に進入。……戦車の数、およそ五十。歩兵、数千」
分厚い鉄筋コンクリートで覆われた巨大な地下トーチカ(掩体壕)の中で、フィンランド軍の砲兵観測将校が、潜望鏡から目を離して冷徹に告げた。
ここには、大日本帝国のような魔法の「電探」も「算定器」もない。しかし、地の利を知り尽くした彼らは、あらかじめ雪原のすべての座標に照準(射撃諸元)を合わせ、完璧な火網を構築していた。
「――撃て(トゥリ)」
将校の静かな号令が有線電話で後方の砲兵陣地に伝わった瞬間。
カレリア地峡の凍てついた大地が、天地をひっくり返すような轟音とともに爆発した。
ズドドドドガァァァァァァンッ!!!
ソ連軍の戦車隊のど真ん中に、巨大な雪柱と泥土の塊が天高く舞い上がった。
それは、通常の野砲(七五ミリクラス)の着弾ではなかった。ドイツの技術支援によって沿岸防衛用の要塞砲から急遽陸戦用に転用・据え付けられた、「一二・七センチ」および「一五センチ」の超重砲弾の嵐であった。
「な、なんだこの火力は!? 報告と違うぞ! 敵は重砲など持っていないはずではなかったのか!」
重さ数十キロの榴弾が炸裂するたびに、ソ連軍が誇るT―26軽戦車やBT戦車は、装甲を紙切れのように引き裂かれ、砲塔を吹き飛ばされてスクラップと化した。周囲を行軍していた歩兵たちは、爆風と飛び散る氷の破片によって一瞬にして挽肉に変えられていく。
「前進しろ! 止まるな! 敵のトーチカに取り付け!」
政治将校が拳銃を振りかざして怒鳴るが、コンクリートの要塞から放たれるマキシム重機関銃の十字砲火が、雪原を這い進むソ連兵を容赦無く薙ぎ払っていく。史実の丸太の陣地であれば、ソ連軍の戦車砲で吹き飛ばすこともできたが、ドイツの規格で打たれた分厚い鉄筋コンクリートのトーチカは、ソ連の四五ミリ戦車砲を何度浴びても、表面の塗装が剥げるだけだった。
圧倒的な大口径要塞砲の弾幕と、決して抜けないコンクリートの壁。
カレリア地峡は、開戦数日にして、ソ連極東赤軍がアムール川で味わったのと同じ「完全な屠殺場」と化したのである。
主防衛線(マンネルヘイム線)で完全に足止めを食らったソ連軍に対し、フィンランド軍の真の恐怖が牙を剥いた。
気温が零下四〇度を下回る極寒の森の中。白い雪中迷彩に身を包んだフィンランドのスキー部隊が、森の奥から音もなく現れ、長大なソ連軍の行軍縦隊を分断・包囲する「モッティ(丸太切り)戦術」を展開し始めたのだ。
「隊長! 前後の道路が倒木と地雷で塞がれました! 野営地に敵の狙撃兵が潜んでいます! 炊事車がやられ、火を焚くこともできません!」
補給線を絶たれ、雪の森の中に孤立したソ連兵たちは、凍傷と飢え、そしてどこから飛んでくるかも分からない狙撃(シモ・ヘイヘなどの熟練狙撃手)の恐怖に発狂しそうになっていた。
「慌てるな! 我々には戦車がある! 装甲車を盾にして強行突破するぞ!」
包囲されたソ連軍の指揮官は、残存するBT戦車数輌を先頭に立てて、森の出口へと決死の突撃を敢行した。スキーを履いたフィンランドの軽歩兵相手ならば、戦車の装甲と機動力で押し潰せると踏んだのだ。
しかし。
彼らが森の開けた場所に出た瞬間、雪煙の向こうから、彼らが全く予想だにしていなかった「重低音(マイバッハ・エンジンの咆哮)」が響き渡った。
「……同志指揮官。あ、あれは、フィンランド軍ではありません……!」
吹雪の中から姿を現したのは、全身を純白の冬季迷彩に塗られ、砲塔の側面に黒い十字を薄っすらと描いた、角張ったシルエットの鋼鉄の獣たち。
ドイツ国防軍・義勇装甲大隊。
最新鋭の『三号戦車(37ミリ砲搭載)』と、支援用の『四号戦車(短砲身75ミリ砲搭載)』の群れであった。
「なぜだ! なぜドイツの最新鋭戦車が、こんな雪の果てにいるんだ!!」
ソ連の戦車兵が悲鳴を上げる間もなく、停止したドイツ戦車群の砲身が一斉に火を噴いた。
カール・ツァイス製の極めて優秀な照準器越しに放たれた徹甲弾は、装甲の薄いBT戦車を数百メートルの距離から正確に撃ち抜き、次々と火ダルマに変えていく。
「ヒトラー総統からの贈り物だ。存分に味わうがいい、共産主義者ども」
ドイツ義勇軍の戦車長は、キューポラから身を乗り出し、炎上するソ連戦車を見下ろしながら冷たく笑った。
史実においては、ドイツは独ソ不可侵条約の建前上、フィンランドを見捨てていた。
しかしこの世界線では『中欧同盟』を盾に取り、ソ連との直接対決を避けるための「義勇軍(名目上の民間人)」という形をとって、実戦経験を積ませるために精鋭の装甲部隊と急降下爆撃機スツーカをフィンランドへ送り込んでいたのである。
フィンランドの神出鬼没なスキー部隊がソ連軍の足を止め、パニックに陥ったところに、ドイツの最新鋭装甲部隊が重火力でトドメを刺す。
それは、ソ連の脆弱な縦隊戦術を根底からへし折る、完璧で残虐な「雪中機動戦」の完成形であった。
一九三九年十二月下旬。
スターリンの誕生日を祝うはずだったヘルシンキ陥落の報告は届かず、代わりにモスクワのクレムリンに届いたのは、信じがたい「壊滅」の報告ばかりであった。
「第44狙撃師団、スオムッサルミにて完全に包囲され全滅。マンネルヘイム線への総攻撃は、敵の重砲陣地によって完全に破砕され、我が軍の死傷者はすでに『十万人』を突破しました……。さらに、前線では『ドイツの戦車』が確認されています」
報告を聞いたスターリンは、無言のまま愛用のパイプを床に叩きつけた。
「極東の島国(日本)には補給と算定器の壁で阻まれ、北の小国にはドイツの金で作られた要塞と戦車に肉挽き機にかけられるだと……!? 我が赤軍は、もはや世界から『紙の虎』と笑われるところまで堕ちたのか!!」
このままでは、ソ連軍の弱さが全世界に露呈してしまう。
事実、ヨーロッパの新聞は連日のように「無敵のフィンランド軍とドイツの義勇兵が、ソ連の野蛮な人海戦術を雪原で完全に粉砕している!」と書き立てていた。
ドイツは正式に宣戦布告をしていないため、ソ連からドイツ本土を攻撃する口実はない。スターリンはただ、フィンランドの雪原という「底なしの泥沼(あるいは凍てつく地獄)」に、自国の貴重な若者と戦車を、何の意味もなく延々と放り込み続けることしかできなくなってしまったのだ。
「……西のルーズベルトは何をしている。彼らは我々がドイツを背後から牽制することを望んでいるのだろう? なぜ武器を送ってこない!」
スターリンは苛立ち紛れに叫んだ。
しかし、アメリカ合衆国もまた、世界から孤立し、自国の経済崩壊と労働者の暴動(共産党のストライキ)に直面し、もはや他国の戦争に介入する余裕など完全に失っていたのである。
一九三九年が暮れようとしていた。
極東では日本のインフラが完全に盤石となり、欧州ではヒトラーの中欧同盟がソ連を北欧の雪原で出血死させている。
世界の「外側」に追いやられた国々(ソ連、フランス、そしてアメリカ)のフラストレーションと絶望は、臨界点をとうに超えていた。




