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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
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韃ソ国境緊張

第一幕:シベリアの重圧(スターリンの焦燥)


「……西の連中(ドイツと東欧)が手を結び、我々を締め出そうとしている。ならば、東の壁を叩き割り、極東の島国が築き上げた『偽りの繁栄』を我々の領土へ引きずり込むのだ!」

モスクワ・クレムリンの奥深くで、スターリンは極東方面軍に大動員令を下しました。


一九三六年のアムール川での凄惨な敗北(第一特別赤軍の消滅)から三年。ソ連は血の滲むような重工業化と徴兵によって、再び極東国境地帯に数十万の兵力と、数千輌のBT戦車やT―26軽戦車、そして莫大な野砲をかき集めました。

史実における「ノモンハン事件(一九三九年五月〜九月)」の時期と重なるこの大規模な国境動員。それはソ連軍にとって、極東の覇権を取り戻すための雪辱戦であり、同時に「体制の求心力を維持するための、是が非でも必要な外征」のはずでした。


しかし、彼らが国境の最前線で直面したのは、一九三六年の時よりもさらに絶望的に進化し、もはや「人間の血肉」ではどうにもならないレベルに達した**『完全なる物理的・数学的防衛システム』**だったのです。


第二幕:絶望のショー・ウィンドウ(韃ソ国境の対峙)

九月中旬。冷たい秋風が吹き荒れる韃ソ国境地帯。

ソ連兵たちは塹壕の中で震えながら、泥まみれの双眼鏡で対岸の韃漢国(日本勢力圏)を覗き込んでいました。


彼らは「突撃の命令」を待っていましたが、何日経っても、何週間経っても、前線の政治将校からウラー(万歳)突撃の号令はかかりません。将校たちもまた、対岸の光景を前に完全に凍りついていたからです。


「……同志将校。あれは、本当に軍隊なのですか? まるで、巨大な『精密機械の工場』を見ているようです」


若いソ連の観測兵が、震える声で言いました。

彼らの目の前、韃漢側の国境線に展開していたのは、泥臭い野戦陣地ではありませんでした。


途切れない鋼鉄の血流(STEL装甲列車):

国境に沿って敷設された広大な標準軌の鉄路を、STEL(蒸気タービン・エレクトリック)機関を搭載した漆黒の装甲列車が、分刻みの正確なダイヤで絶え間なく往復しています。彼らは常に無傷の部隊と新鮮な物資を前線に供給し、疲労した部隊を即座に後方へ下げていました。


空を睨む巨大な目(統合電波探信儀):

小高い丘の上には、ソ連軍には原理すら理解できない巨大な金属のレーダーアンテナがゆっくりと回転し、ソ連側の砲兵陣地や戦車の集結地点を「常に監視している」という無言の圧力を放っています。


死なない歩兵たちの「日常」:

国境線に立つ日本・韃漢統合軍の兵士たちは、MBF(鋼紙)の胸甲を着込んだまま、ソ連側の監視など意にも介さず、後方から届く温かい白米と味噌汁を食し、まるでピクニックのような余裕で最新鋭の自動小銃の点検を行っていました。


「……撃てば、アムール川の二の舞だ。いや、それ以上の地獄になる。我々の大砲が火を噴く前に、あの巨大なアンテナ(電探)が着弾点を計算し、我々の陣地に一斉射撃が降ってくるぞ」


歴戦のソ連軍将校は、双眼鏡を下ろして絶望的な溜息をつきました。

ドイツがライン川でフランスに見せつけた「備戦術(兵站とインフラによる抑止)」を、大日本帝国は極東の荒野において、さらに大規模かつ冷酷な「数学的システム」として完成させていたのです。


第三幕:数字の冷笑(総力戦研究所の観測)

東京・霞が関、総力戦研究所。

国境の電探基地と偵察機から送られてくるソ連軍の配置図を見ながら、所長は手元の算定器を弾いていました。


「……ソ連軍の集結規模は三年前の約一・五倍。しかし、彼らの補給線の処理能力(シベリア鉄道の輸送量)は、当時から一割しか向上していない。つまり、前線に兵隊を詰め込みすぎて、すでに食糧と弾薬の枯渇が始まっているな」


「陸軍強硬派からは『ソ連軍が国境に大軍を集結させている! 今すぐ先制攻撃で粉砕すべし!』と急報が入っていますが」


分析官の報告に、所長は冷ややかに首を振りました。


「放っておけ。ソ連軍に撃ち込んでくる度胸はない。彼らの将軍たちも馬鹿ではないのだ。自分たちの『人海戦術』という前世紀の遺物が、我が軍の『ロジスティクスと火力の自動統制システム』の前にどれほど無力か、計算機を弾かなくとも目で見れば分かる。……これは神経戦だ。我々はただ、いつも通りに美味しい飯を食い、鉄路に列車を走らせていればいい」


所長の読みは完全に的中しました。

九月の終わり。一発の銃弾も、一発の砲弾も交わされることなく、ソ連極東赤軍は突如として国境線からの「大規模な撤退」を開始したのです。


彼らは、鉄と数字で作られた「絶対に越えられない壁」を前に、文字通り心が折れました。兵站の破綻による自滅を避けるため、スターリンは極東での軍事行動を完全に諦め、這々の体でシベリアの奥深くへと部隊を引き上げさせたのです。


終幕:矛先の転換(冬の戦争へ)

極東の壁(日本)にも、欧州中央の壁(ドイツ・中欧同盟)にも手も足も出なくなったスターリン。

完全に袋小路に追い詰められた「赤いヒグマ」が、それでも自らの面子を保つために選んだ「最後の、そして最も弱そうな標的」。


それが、北欧の小国フィンランドでした。


「極東の化け物どもには勝てん。だが、北の辺境の雪国ならば、我が赤軍の敵ではないはずだ!」


一九三九年十一月。

極東から撤退したソ連軍の矛先は、そのまま北欧へと向けられ、史実通りの理不尽な侵略戦争――『冬の戦争』の火蓋が切って落とされます。

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