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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
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ライン川の睨み合い

一九三九年(昭和十四年)六月。

ドイツが東欧・バルト諸国と結んだ『中欧共同防衛同盟』によって、ヨーロッパ大陸における勢力図は完全に塗り替えられました。 


その結果、最も強烈なパニックと孤立感に苛まれたのが、第一次世界大戦の戦勝国であるはずのフランス共和国です。

彼らがドイツを背後から牽制するために長年心血を注いできた「東欧の同盟国(小協商)」は、すべてドイツの経済ブロックという名の巨大な胃袋に飲み込まれました。南の地中海はイタリアの「内海」と化し、頼みの綱であるイギリスは、独自の経済ブロックを失いかけて自国の不況対策に忙殺されています。

完全にヨーロッパ大陸で「密室に閉じ込められた」状態となったフランス政府と軍部は、焦燥のあまり、極めて危険でヒステリックな示威行動(軍事パレード)に出ました。


第一幕:老いたる雄鶏の虚勢

六月上旬。フランス陸軍の精鋭数個師団が、突如として独仏国境の自然の要害である「ライン川」の西岸(フランス側)へと前進し、機関銃陣地と野砲をずらりと並べました。


史実の「マジノ線」に立てこもる防衛ドクトリンから一転し、あえて国境の川岸まで兵力を押し出し、ドイツに対して「我々はいつでもライン川を渡って工業地帯(ルール地方)を攻撃できるぞ」という強烈な恫喝を行ったのです。


「見ろ、対岸のボッシュ(ドイツ人の蔑称)どもを! 奴らが東欧の小国を金で買収しようが、我々フランス陸軍の大砲が国境にある限り、ベルリンは枕を高くして眠れまい!」


フランスの将軍たちは、国内の不安を払拭するため、そして「我々はまだ大国である」というプライドを誇示するために、兵士たちを鼓舞しました。


彼らの頭の中には、かつての第一次世界大戦の栄光がありました。ドイツが挑発に乗って先に一発でも撃ってくれば、それを口実にイギリスやアメリカを巻き込んで、再びドイツを解体できるという計算があったのです。


第二幕:冷徹なる鋼鉄の壁

しかし、ライン川の東岸(ドイツ側)に展開したドイツ国防軍の反応は、フランス軍の予想を完璧に裏切るものでした。

彼らは怒りに任せて発砲してくることも、慌てふためいて右往左往することもありませんでした。


ただ、**「圧倒的で、無慈悲なまでの『ロジスティクス(兵站)と機械化』の差を、無言で見せつけてきた」**のです。

「……おい、なんだあれは。対岸の奴ら、何を数日で作っているんだ?」

塹壕の中から双眼鏡を覗き込んだフランス兵が、信じられないという顔で呟きました。

ドイツ国防軍は、最前線のすぐ後方に、あっという間に真新しいコンクリートの野戦輸送道路と、プレハブ式の巨大な補給拠点を構築してしまいました。それは、日本の総力戦研究所から学んだ「装甲トラックを用いた高効率な兵站システム」の完全なコピーでした。


そして、その整備された道路を通って、地響きとともにライン川の対岸に姿を現したのは、フランス軍が馬で大砲を引いているのとは次元が違う、完全な機械化部隊でした。

滑らかな溶接装甲を持つ『三号戦車』および『四号戦車』の群れが、川岸に等間隔で並び、その砲身をピタリとフランス側へ向けます。上空には、急降下爆撃機スツーカと最新鋭のメッサーシュミット戦闘機が、威圧的な編隊を組んで悠々と飛び交っていました。


ドイツ軍の前線司令官であるハインツ・グデーリアン装甲兵大将は、司令部からの命令書を読み、薄く笑いました。


「総統からのご命令だ。『一発も撃つな。ただ、我が軍の圧倒的な物量と完璧な補給を、向こう岸の飢えた連中にじっくりと見学させてやれ』とのことだ。……まったく、総統は極東の島国から、ずいぶんと陰湿で効果的な戦い方を学ばれたらしい」


第三幕:戦わずして崩れゆく士気

一発の銃弾も交わされない、異様な「睨み合い」が数週間続きました。


そして、この無言のプレッシャーは、フランス軍の士気を内側からボロボロに崩壊させていきました。

フランス兵たちは、冷たい泥の塹壕の中で硬いパンをかじりながら、対岸の光景を見せつけられ続けたのです。

対岸のドイツ兵は、真新しい軍服を着て、湯気の立つ温かい食事シチューやソーセージを配給され、休日は後方の整備された慰安施設でくつろいでいる。そして何より、彼らの背後には東欧諸国から吸い上げた無尽蔵の資源と、フル稼働する重工業の黒煙が控えている。


「……勝てるわけがない。我々が川を渡ったところで、あの鋼鉄の化け物たちにすり潰されるだけだ。それに、もし戦争になっても、東欧はすべてあいつらの味方で、我々には誰も助けに来ないじゃないか」


フランスの最前線で、恐るべきスピードで「厭戦気分」と「敗北主義」が蔓延し始めました。

彼らは悟ってしまったのです。ドイツは戦争を恐れて撃ってこないのではなく、**「すでに経済とインフラの段階でフランスを完全に包囲・無力化しており、わざわざ血を流してまで相手にする価値すらないと思っている」**という残酷な事実に。

終幕:引き金のない勝利


七月。

フランス政府は、これ以上ライン川で睨み合いを続ければ、軍隊がストライキ(あるいは暴動)を起こしかねないという極限の危機感に屈しました。


彼らは「演習は無事終了した」という見え透いた嘘の声明を発表し、逃げるように部隊をライン川から撤収させ、元のマジノ線の裏側へと引き籠もってしまったのです。

ベルリンの総統官邸で、ヒトラーはこの「無血の勝利」の報告を受け、満足げにカモミールティーを飲み干しました。


「日本軍の戦術……見事なものだ。大砲を撃つよりも、完璧な兵站と豊かなインフラを見せつける方が、敵の心を根本からへし折ることができる。これでフランスは二度と、自ら国境を越える勇気を持てまい。彼らは自らの要塞の中で、ゆっくりと腐り落ちるのだ」


一九三九年夏。

ライン川でのフランスの挑発は、かえって「ドイツ(中欧同盟)の絶対的な軍事的・経済的優位」を全世界に見せつける結果となり、英仏の絶望をさらに深いものへと突き落としました。


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