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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
114/137

赤い星条旗


一九三八年(昭和十三年)夏。

日本の巨大な貨物船が姿を消し、ゴーストタウンと化した西海岸の港湾都市や、輸出先を失って鉄屑の山と化したデトロイトの自動車工場。

失業者であふれ返るスラム街の炊き出しの列で、一握りの男たちが熱弁を振るい、ビラを配っていました。


「兄弟たちよ! なぜ我々が飢え、西海岸の港が死んだのか! それは極東の帝国が悪いのではない。我々の労働を搾取し、自分たちの利益しか考えないウォール街の資本家どもと、無能なルーズベルト政権のせいだ!」 


アメリカ共産党の扇動家たちの声は、絶望の淵にあった労働者たちの心に、乾いた薪に火を放つように燃え広がりました。


「極東の韃漢国ダッカンやドイツを見ろ! 彼らは国家が巨大な鉄道を引き、労働者に仕事と家を与え、完璧な計画経済で繁栄を謳歌している! なぜ世界一の工業国であるこのアメリカで、我々が飢えなければならないのだ!」


彼らの怒りの矛先は、もはや「仕事を奪った日本」から**「自分たちを救えない自国のシステム(資本主義)」**そのものへと反転していました。

全米自動車労働組合(UAW)や港湾労働者の巨大な組合は次々と共産党のシンパに掌握され、全米各地で警察や州兵との流血を伴う大規模なゼネスト(労働ストライキ)が狂気のように連鎖し始めました。


ワシントンD.C.のホワイトハウス。

大統領執務室は、まるで戦場のような混乱に包まれていました。


「大統領! シカゴの製鉄所でストライキ部隊と州兵が銃撃戦に発展! 死傷者多数! さらに西海岸の港湾労働組合は『資本家政府の命令には一切従わない』と自主管理(ソビエト化)を宣言しました!」


報告を受けるルーズベルト大統領の顔には、かつてのニューディールを推進した頃の生気は全く残っていませんでした。


「……FBIを動かせ。共産党の幹部を国家反逆罪で片っ端から逮捕しろ」


「無理です! 今そんなことをすれば、暴動は全米規模の『武装蜂起(革命)』へと発展します。それに、彼らを支持しているのはただの過激派ではありません。昨日まで真面目に働いていた、何百万という普通のアメリカ国民なのです!」


ルーズベルトは完全に詰んでいました。

資本主義を立て直すための「輸出市場」はユーラシア大陸から締め出されて存在しない。

国内の不満を逸らすための「日本への強硬姿勢」は、日本の徹底的な「無視とリスク回避」によって空回りし、逆に自国の首を絞める結果に終わった。

そして今、足元のアメリカ国民自身が「赤い旗」を振りかざし、国家体制そのものを転覆させようとしているのです。



同じ頃、東京の総力戦研究所。

アメリカ国内で吹き荒れる「共産党の大躍進とゼネストの嵐」を伝える電報を読みながら、所長は静かに紅茶を啜っていました。


「……面白いものですね」


若手の分析官が、皮肉げな笑みを浮かべて言いました。


「我々がアムール川でソ連(共産主義の本家)の軍隊を物理的に粉砕したというのに、その我々が作り上げたインフラ経済圏の繁栄を見せつけられたアメリカの労働者が、共産主義に傾倒して自国を内側から破壊しようとしている」


「イデオロギーなど、所詮は『胃袋』の奴隷に過ぎんということだ」


所長は窓の外、高層化が進む帝都・東京の平和な街並みを見下ろしながら淡々と答えました。


「人間は、今日食うパンがなくなれば、どんな極端な思想にでもすがる。アメリカは今、自らの巨大すぎる生産力と資本主義の矛盾に押し潰され、内戦の一歩手前にある。……我々は一発の銃弾も撃つことなく、最大の仮想敵国が『自爆』していくのを特等席で見物しているというわけだ」



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