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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
113/136

日枝丸爆破事件

19381月21日


シアトル港の第41埠頭には、日本郵船が誇る大型貨客船『日枝丸ひえまる』(一一六〇〇トン)が停泊していました。

優美なシルエットを持つこの船は、シアトルと横浜を結ぶ北太平洋航路の主力であり、当時、アメリカの港に出入りする日本の巨大な経済力と平和的繁栄の象徴でもありました。

午前十時十五分。


出港準備が進められ、乗客がタラップを上り始めていたその時、日枝丸の右舷中央部、喫水線のやや上付近で、突如として耳を劈くような大爆発が起きました。


ズガァァァァァァンッ!!!


強烈な爆風が埠頭の窓ガラスを粉々に吹き飛ばし、巨大な火柱と黒煙がシアトルの灰色の空へと舞い上がりました。

日枝丸の船体には直径数メートルに及ぶ巨大な破孔が開き、内部の客室区画と貨物室が炎に包まれます。幸いにも、総力戦研究所の指導によって船体の内装に不燃材(MBFとフライアッシュの混合材)が一部使用されていたこと、そして強靭な隔壁構造が功を奏し、船の沈没(大破)だけは免れました。


しかし、結果は**「船体中破」**。

民間人を含む多数の乗組員・乗客が死傷するという、アメリカ本土の主要港で起きた前代未聞の爆弾テロ事件でした。


事件発生直後、FBI(連邦捜査局)と地元警察が色めき立ち、港湾労働者や過激派組織への徹底的な捜査が開始されました。

しかし、その数日後に判明した事実は、ルーズベルト政権とアメリカ社会の根底を揺るがす、あまりにも醜悪で絶望的なものでした。


爆発物を日枝丸の船腹に仕掛けた実行犯のグループの中に、現役のシアトル市警の警察官(および港湾保安局の職員)が複数名、協力者として関与していたのです。


「馬鹿な……! 法と秩序を守るべき警官が、極東の民間船をテロリストと一緒に爆破したというのか!」


FBI長官のジョン・エドガー・フーヴァーは、報告書を読んで怒りに震えました。

逮捕された白人警官は、取調室で一切の反省の色を見せず、ただ血走った目でこう叫びました。


「俺の兄弟はデトロイトの自動車工場をクビになった! 親父の農場は、麦を買ってくれる国がなくなって銀行に差し押さえられた! 奴ら黄色い猿どもが、俺たちの市場を全部奪い取ったからだ! なのに奴らは、ピカピカの船で俺たちの港にやってきて、偉そうに笑っている! ……だから穴を開けてやったんだ。これはテロじゃない、アメリカの労働者の正当な反撃だ!」


道義でもイデオロギーでもない。


「今日のパン」と「明日の仕事」を日本に奪われたという、どん底の経済的絶望。

それが、国家の治安維持装置であるはずの警察官すらも過激化させ、テロの共犯者へと堕落させてしまったのです。これはもはや、一部の狂人の犯行ではなく、**「アメリカという国家全体が、日本に対する経済的なルサンチマン(怨恨)で狂い始めている」**ことの致命的な証明でした。


この「郵船日枝丸爆破事件」は、両国の外交関係に決定的な亀裂を走らせました。

東京の総力戦研究所と外務省は、この事件を**「外交的・政治的な最強のカード」**として冷酷なまでに使い倒します。


「アメリカはもはや、自国の警察官すらテロリストに加担する『法治の崩壊した野蛮国』である」


日本の外務省は全世界に向けて声明を発表し、国際社会(特に欧州や南米)でのアメリカの信用を完全に失墜させました。


一方のワシントンD.C.は、最悪の板挟みに陥っていました。

ルーズベルト大統領は国際社会に向けて「卑劣なテロ行為であり、日本政府に深く謝罪する」と公式に表明せざるを得ませんでした。


しかし、アメリカの国内世論は違いました。


新聞の論調こそテロを非難したものの、街のパブや工場の裏路地では、逮捕されたテロリストや警官を**「傲慢な日本に一矢報いた、愛国的な英雄」**として密かに称賛する声が爆発的に広がっていたのです。


「政府はなぜ、我々の仕事を奪った敵国(日本)に頭を下げているんだ!」


「弱腰のルーズベルトを降ろせ! 日本の船などすべて沈めてしまえ!」


政府は法と国際的体裁を守るために日本に謝罪し、国民は飢えと憎悪からテロリストを英雄視する。

アメリカ合衆国は、日本が仕掛けた「経済の真綿」によって完全に内部分裂を起こし、理性的なコントロールを失いつつありました。



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