ドイッチュラント
ドイツ国、首都ベルリン。
帝国国立銀行の総裁室で、ひとりの男が分厚い帳簿を閉じ、深い安堵と野心に満ちたため息を漏らしました。
史実において、この時期のドイツ経済は、ナチスによる狂気じみた再軍備と公共事業によって破綻の危機(ハイパーインフレの一歩手前)に瀕していました。
再軍備の資金を隠蔽するために乱発された架空の約束手形――いわゆる**「メフォ手形」**は、いずれ返済不能に陥る巨大な不良債権の時限爆弾だったからです。
しかし、この世界線のドイツは違いました。
彼らは、同盟国である大日本帝国が極東(韃漢国)で成し遂げた「インフラ投資による広域経済圏の確立」という圧倒的な成功モデルを、イタリアと共に完璧に模倣し、ヨーロッパの土壌に合わせて最適化していたのです。
「……素晴らしい。メフォ手形の償還率が、ついに九〇%を超えた。もはやこれは隠れ蓑の不良債権などではない。欧州全土の富を吸い上げる、世界で最も信頼性の高い『優良債権』だ」
ドイツは、発行したメフォ手形の資金を、単に「戦車や大砲を作るための消費」だけに回しませんでした。彼らは日本のSTEL弾丸列車網や南回りルートの思想を学び、その莫大な資金を**「東欧・中欧を網羅する巨大な物流・エネルギーインフラの構築」**へと投資したのです。
アウトバーン(高速道路)の延伸のみならず、高効率な国際鉄道網の整備、そしてライン川からドナウ川へと至る内陸水路の拡張。
これによってドイツを中心とした巨大なサプライチェーンが稼働し始め、軍需産業だけでなく、強烈な民需の好景気が爆発しました。結果として、莫大な税収と貿易黒字が国庫を潤し、かつての「時限爆弾(不良債権)」は、投資家がこぞって欲しがる「超・優良債権」へと見事に錬金術的な変貌を遂げたのです。
軍事力による威嚇(史実のミュンヘン会談やポーランド侵攻のような強引な領土割譲)を行わなくとも、圧倒的な経済力とインフラの利便性は、周辺諸国を磁石のように吸い寄せていきました。
「マルク経済圏」の誕生です。
東欧・中欧の取り込み: オーストリアやハンガリーといった旧帝国圏はもちろんのこと、史実では関係が破綻したポーランドやチェコスロバキアすらも、ドイツが提供する「巨大な消費市場とインフラ網」の恩恵に逆らうことはできませんでした。彼らの農産物や工業製品はドイツへ高く売れ、代わりに高品質なドイツの機械が流れ込む。ルーマニアの油田も、バルト三国の資源も、すべては平和裏に、ドイツの経済圏という巨大な胃袋へと収まっていきました。
北欧との強固な連携: さらに一九三七年の段階で、スウェーデン(鉄鉱石)、ノルウェー、フィンランドといった北欧諸国とも、極めて良好で対等な貿易関係を構築。彼らは「イギリスのポンド」よりも「ドイツのマルク」を基軸とした経済同盟を歓迎しました。
この光景を、ライン川の対岸から血の涙を流して見つめていたのが、フランスです。
フランスはかつて、ドイツを包囲するために東欧諸国と「小協商」という軍事同盟を結んでいました。しかし今や、その同盟国たちはフランスの旧態依然とした経済を見限り、雪崩を打ってドイツの経済圏へと笑顔で吸収されてしまったのです。フランスは、完全にヨーロッパ大陸で孤立していました。
そして、このドイツの圧倒的な経済的覇権と、それに伴う「再軍備」を、地球の裏側から強力に後押ししている存在がありました。
大日本帝国です。
史実のヴェルサイユ条約体制を維持したいイギリスとアメリカは、ドイツの再軍備に対してヒステリックな非難を浴びせていました。
しかし、帝国議会と総力戦研究所は、水面下でベルリンと固い握手を交わし、**「ドイツの再軍備と中東欧における正当な経済的権利を、事実上、完全に承認・黙認する」**という冷徹な外交カードを切ったのです。
「……ドイツには、存分に強くなってもらわねば困る。彼らが欧州の中央で『巨大な重し』として機能すればするほど、イギリス海軍とアメリカの大西洋艦隊はヨーロッパに釘付けになり、我々のいる太平洋へ振り向けられるリソースが激減するからな」
日本のこの姿勢は、ドイツにとって何よりも心強い「背盾」となりました。
米英がドイツを経済制裁しようにも、極東の巨大な日本経済圏(そして南回りルートを通じた物資の供給)がドイツと繋がっている限り、干上がることはありません。
一九三七年。
大日本帝国とドイツ国。ユーラシア大陸の両端に位置するこの二つの新興国家は、たったひとつの軍事同盟(条約)の紙切れに頼ることなく、**「互いの圧倒的な経済ブロックとインフラ」**という物理的な実態をもって、大英帝国とアメリカ合衆国の世界覇権の首元に、冷たく重い刃を突きつけていたのです。




