太平洋の目或いは迷子探し
一九三七年(昭和十二年)七月。
富士の裾野で回転翼機が舞い、地下深くで炭素繊維の量産に向けた泥臭い試行錯誤が続けられていた頃。その技術の実戦配備にはまだ数年の歳月を要する状態ではあったが、すでに帝国が全土に張り巡らせていた「既存のインフラ」だけでも、世界を驚愕させるには十分すぎる性能を持っていた。
その日、世界の耳目は太平洋のど真ん中に釘付けになっていた。
『KHAQ、こちらエレクトラ。……応答願います。燃料が少なくなっています。あなた方の電波が受信できません』
赤道直下、中部太平洋の上空。
アメリカが世界に誇る女性飛行士、アメリア・イアハートと、ナビゲーターのフレッド・ヌーナンの乗る双発機(ロッキード・エレクトラ一〇E)は、完全な迷子になっていた。
赤道周りでの世界一周飛行という偉業の最終盤。ニューギニアのラエから、太平洋に浮かぶ絶海の孤島・ハウランド島を目指していた彼女たちは、天候不良と無線の不調により、目標を見失ったのである。
目的地で待ち構えていたアメリカ沿岸警備隊の巡視船『イタスカ』は、彼女の悲痛なSOSを受信していたものの、当時のアメリカの技術(電波の強弱によるアナログな方向探知)では、彼女が広大な太平洋の「どこ」を飛んでいるのか、全く特定できなかった。
燃料計の針は底を突き、眼下には果てしない群青色の海が広がるのみ。
アメリカの英雄である「空の女神」は、今まさに、太平洋の藻屑となって消え去ろうとしていた。
アメリカ海軍は直ちに戦艦『コロラド』や空母『レキシントン』を含む大艦隊を派遣し、国家的威信を懸けた大規模な捜索を開始しようとしていたが、それは「暗闇の中で落とした針を素手で探す」ような、絶望的なブラインド・サーチに過ぎなかった。
しかし。
彼らが「誰も見ていない」と思い込んでいた太平洋の空には、決して瞬きをしない**「帝国の巨大な瞳」**が、静かに、そして冷徹に見開かれていたのである。
第一幕:南洋の監視者(ヤルート環礁・レーダー基地)
ハウランド島から西へ約二〇〇〇キロ。
第一次世界大戦以降、大日本帝国の委任統治領(事実上の絶対防衛圏)となっていた南洋群島の一角、ヤルート環礁。
透き通るようなサンゴ礁の島にそびえ立つヤシの木の群れの中に、周囲の景観から完全に浮き上がった「巨大な金属の網」が、ゆっくりと回転していた。
『昭和九年式・超長距離統合電探』。
アムール川でソ連軍を粉砕したあのシステムをさらに大型化し、太平洋の島々に配置した「早期警戒網」の要である。
地下のひんやりとした防空管制室で、緑色に発光するブラウン管の円形ディスプレイを見つめていた電測員が、報告を上げた。
「……セクター四・二。国籍不明の双発機を引き続き捕捉中。高度一二〇〇。機速が極端に落ちています。現在、予定航路を大きく南へ逸脱し、フェニックス諸島方面へ向かっています。……おそらく、燃料切れによる不時着水(あるいは墜落)の兆候かと」
傍らで腕を組んでいた南洋艦隊の司令官が、傍受した英語の無線記録に目を落とした。
「アメリカの女性飛行士、アメリア・イアハートか。随分と派手な冒険飛行をしているようだが、どうやら己の機体の航法装置を過信しすぎたようだな」
「司令。アメリカ海軍の通信を傍受したところ、彼らは彼女の現在地を『ハウランド島の北西』と完全に誤認し、そちらへ捜索艦隊を向かわせる準備をしています。このままでは、彼女は誰にも見つけられずに沈むでしょう。……いかがなさいますか?」
司令官は、手元の直通電話(暗号化された海底ケーブル)を取り、帝都・東京の総力戦研究所へと状況を報告した。
受話器の向こうからは、数秒の沈黙の後、極めて冷酷だが、外交的な計算に満ちた返答が返ってきた。
『……見殺しにするのは容易いが、それでは一円の利益にもならない。アメリカ海軍が国家の威信を懸けて探す「空の女神」を、我々が「散歩のついで」に見つけて拾い上げてやれ。それは、アメリカの大艦隊を太平洋の底へ沈めるのと同じくらい、連中のプライドを粉砕するプロパガンダになる』
「了解しました。これより、救難作戦に移行します」
司令官は受話器を置き、管制室の士官たちに振り返った。
「聞いたな。目標はニクマロロ環礁(ガードナー島)の周辺海域だ。算定器に現在地から不時着ポイントの予測座標を弾き出させろ。ただちに、特設飛行艇隊を出撃させる!」
太平洋の空に、強烈な発動機の爆音が響き渡った。
ヤルート環礁の波止場から水飛沫を上げて飛び立ったのは、大日本帝国海軍が極秘裏に開発を終えていた**『昭和一一式・超大型飛行艇』**であった。(史実における二式大艇をさらに先取りし、大型化・軽量化した化物である)
四基の空冷二重星型発動機を搭載したその機体は、全長三十メートルを超える巨大さでありながら、驚くほど軽やかに空へ舞い上がった。
その秘密は、機体の底面(艇体)や翼の構造材に、あの**「MBF(特級硬化繊維素材)」**が惜しみなく使われていたからである。
塩害に強く、ジュラルミンよりも軽く、水面との激しい衝突(着水時の衝撃)を強靭な繊維が吸収してしまうMBFは、まさに「波を蹴って飛ぶ飛行艇」にとって理想的なオーパーツであった。浮いた重量のすべては膨大な燃料タンクへと回され、その航続距離は実に七〇〇〇キロを超えていた。
「電測室より機長へ。目標の着水予測地点まで、あと三〇分。電探の反応、海上にとどまっています。サンゴ礁の上に不時着した模様」
「よし、スロットル開け。アメリカの女神様をお待たせするな」
MBF製の防弾装甲と電測儀(小型レーダー)を積んだ巨大な「空飛ぶ要塞」は、最高速度四五〇キロという、当時の飛行艇としてはあり得ない猛スピードで、一点の迷いもなく目標へと一直線に突き進んでいった。
その頃。
ニクマロロ環礁の干上がったサンゴ礁の上で、アメリア・イアハートとフレッド・ヌーナンは、ひしゃげた愛機の翼の下で、絶望の淵に沈んでいた。
「……無線は完全に死んだわ。非常用のバッテリーも水に浸かっている」
アメリアは、焼けつくような赤道の太陽を見上げながら、ひび割れた唇を噛んだ。
「奇跡的にサンゴ礁の浅瀬に不時着できたけど、飲料水はあと二日分もない。アメリカの捜索隊がここを見つける確率は……ゼロね。私たちは完全にコースを外れていたもの」
アメリカから遠く離れた、名もなき絶海の孤島。
二人は自分たちの冒険が、ここで誰にも知られずに終わるのだと覚悟を決めていた。
その時である。
遠くの空から、重低音の唸りが聞こえてきた。
「……フレッド、聞こえる? 飛行機のエンジン音よ!」
アメリアが立ち上がり、空を指差した。
彼らの目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
雲を突き抜けて降下してきたのは、アメリカ軍のPBYカタリナ飛行艇よりも遥かに巨大で、洗練された流線形の機体だった。その巨大な尾翼には、鮮やかな「日の丸」がペイントされている。
「日本軍……? 馬鹿な、彼らの勢力圏からは何千キロも離れているはずだ! なぜ、一直線に我々の場所が分かったんだ!?」
フレッドが目を丸くして叫んだ。
巨大な飛行艇は、まるで自分たちの庭にでも降りるかのように、サンゴ礁のそばの静かな海面へと滑らかに着水した。MBF製の艇体が波を切り裂き、轟音とともに純白の水柱を上げる。
機体が止まると、機首のハッチが開き、純白の熱帯用軍服を着た日本の海軍将校と水兵たちが、ゴムボートを下ろして彼らの元へと向かってきた。
「ミズ・イアハート。そしてミスター・ヌーナンですね」
上陸してきた若い日本人将校は、完璧なクイーンズ・イングリッシュで微笑みかけ、冷えたミネラルウォーターの入った水筒を差し出した。
「大日本帝国海軍です。我々の『沿岸哨戒飛行』のルート上に、貴女のSOSを受信した機体らしき影が見えたもので、立ち寄らせていただきました。お怪我がなくて何よりです」
アメリアは水筒を受け取りながら、唖然として将校の顔と、背後に浮かぶ巨大な飛行艇を交互に見つめた。
沿岸哨戒飛行の「ついで」だと?
日本の委任統治領からここまで、どれだけの距離があると思っているのか。それに、一切の迷いもなく、このちっぽけなサンゴ礁に一直線に向かってきたあの正確無比な航法は一体何なのか。
「あ、あなたたちは……どうやって私たちを見つけたの? 私たちの国のアメリカ海軍ですら、私たちの場所を見失っていたのよ……?」
「我々の目は、少しばかり『夜目』が利くのですよ」
将校は涼しい顔で答えた。
「さあ、お乗りください。このような場所で『アメリカの至宝』を失えば、世界にとっての損失ですからね」
数日後。
アメリア・イアハート生還のニュースは、世界中の新聞の一面を大々的に飾った。
『空の女神、奇跡の生還!』『日本の巨大飛行艇が救出!』
表向き、アメリカ政府(ルーズベルト大統領)は、大日本帝国の「人道的かつ迅速な救助活動」に対し、最大限の感謝と称賛の意を公式に表明した。日本側も、アメリアとフレッドを丁重にもてなし、横浜港から豪華客船に乗せてアメリカへと送り返した。
しかし。
その熱狂的な祝賀ムードの裏側で、アメリカ海軍省とペンタゴン(当時はまだ存在しないが軍中枢)の内部は、文字通り**「お通夜のような恐怖とパニック」**に包まれていた。
「……これが、イアハート女史から聴取した報告書です」
海軍情報局のミラー大佐が、震える手で書類をテーブルに置いた。
「彼女を救助した日本の飛行艇。四発の巨大機でありながら、金属の波打ち(リベットの歪み)が全くなく、水面との激しい衝突にもビクともしなかったそうです。おそらく、我が国で解析に失敗している『あの未知の素材(MBF)』で作られています。航続距離は、我々の予想を遥かに超える五〇〇〇マイル以上」
海軍長官は、青ざめた顔で頭を抱えた。
「……巨大飛行艇の性能も脅威だが、問題は『なぜ、見つけられたか』だ。イアハートは完全に通信手段を失っていた。我々の大艦隊が何日探しても見つからなかったものを、日本軍は『彼女が不時着したその日のうちに、ピンポイントで一直線に』飛んできたというのだぞ」
「考えられる可能性は一つしかありません」
ミラー大佐は、地図上のヤルート環礁からニクマロロ環礁までの広大な距離を指でなぞった。
「日本軍は、電波の反射を利用した『長距離探知システム(レーダー)』の超大型実用機を、すでに太平洋の島々に配備している。……我々の艦船や航空機が、ハワイを出た瞬間から、彼らの『見えない巨大な網』の中で踊らされているということです」
会議室に、凍りつくような沈黙が落ちた。
アメリカ海軍の基本戦略(オレンジ計画)は、広大な太平洋の「見えなさ」を利用し、大艦隊で日本の防衛線を突破するというものだった。
しかし、日本軍が数千キロ先を飛ぶ一機の小さな双発機の位置をリアルタイムで把握し、そこに超長距離飛行艇をピンポイントで差し向けることができるのだとしたら。
「……もし開戦すれば、我々の大艦隊は、日本軍の姿を一度も目視することなく、水平線の彼方から飛んでくる巨大飛行艇の群れに一方的に爆撃されて、太平洋のど真ん中で全滅する」
海軍長官の呟きは、もはや被害妄想ではなく、冷酷な物理的現実に基づいた「確信」へと変わっていた。
「大統領に具申しろ……。日本をこれ以上、自由にさせてはならない。彼らがこの『見えない網(レーダー網)』と『魔法の素材(MBF)』の生産拠点をさらに拡大する前に、何としてでも彼らの経済の首を絞め、彼らの足元を崩さなければならない!」
ワシントンD.C.、連邦議会議事堂の地下に設けられた秘密公聴会室。
分厚いオーク材の扉で閉ざされたその部屋では、アメリカという国家が抱える「致命的な認識のズレ」が、修復不可能なレベルで激突していた。
「……提督。我々は今日、SF小説の朗読会に呼ばれたのかね?」
葉巻の煙を吐き出しながら、海軍・軍事委員会の重鎮であるヴァンス上院議員が、小馬鹿にしたような声で鼻を鳴らした。彼の目の前のテーブルには、海軍情報局(ONI)が提出した分厚い報告書――アムール川でのソ連軍壊滅の推測データと、アメリア・イアハート救出劇から導き出された日本の「超大型飛行艇」および「広域電波探知網」の脅威評価――が放り出されている。
証言席に立つ海軍作戦部長と情報局のミラー大佐は、議員たちの嘲笑を前に、胃が焼け焦げるような焦燥感を抱えていた。
「上院議員、これは小説ではありません。厳然たる事実です」
ミラー大佐が一歩前に出た。
「我が国の技術陣が三年かけても解析できない『MBF(鋼紙)』と呼ばれる異常な装甲材。そして、何千マイルも離れた洋上の小さな双発機を、ピンポイントで捕捉し誘導する『見えない電波の網』。大日本帝国は、我が国の五年、いや十年先を行くテクノロジーをすでに実用化し、太平洋の島々に配備しているのです」
「馬鹿馬鹿しい!」
別の議員が机を叩いて遮った。
「黄色い猿どもが、我々白人より優れた技術を持っているだと? 奴らは我が国のフォードやボーイングの古い設計図を猿真似しているだけだ! アムール川でソ連が負けたのは、スターリンが自国の将軍を粛清して軍隊が自滅したからに過ぎん!」
「ならば、イアハート女史を救出したあの巨大な飛行艇はどう説明されるのですか! 彼女の証言によれば、金属のリベットすらなく、波の衝撃を完全に吸収する機体だったと――」
「女性の恐怖による錯覚だ! あるいは、たまたま近くを飛んでいた日本の旧式哨戒機が、まぐれで見つけたくらいの話だろう。それを『見えない電波で数千キロ先から見つけた』などと……大佐、君は魔術でも信じているのかね?」
ヴァンス上院議員が冷酷な目で大佐を睨み据えた。
これが、当時のアメリカ合衆国を支配していた「白人至上主義」と「大工業国としての絶対的な慢心」であった。
彼らにとって日本とは、絹糸と安物のオモチャを輸出する極東の貧しい島国に過ぎない。その国が、電波の反射で敵を探知し、植物繊維と炭素の結合で装甲板を作るなどという概念は、文字通り「理解の範疇を超えたファンタジー」であったのだ。
議員が身を乗り出し、海軍作戦部長に向けて凄んだ。
「提督。大恐慌の傷跡が癒えず、ニューディール政策で国内の雇用対策に必死なこの時期に、君たち海軍は『日本が魔法の兵器を作ったから、対抗するため莫大な臨時予算をくれ』と要求している。……軍産複合体と結託して、予算をせびり取るための質の悪いホラ話だ。議会は一セントたりとも、そんな妄想に予算を割くつもりはない」
「……予算を下さらないのなら、せめて彼らを刺激しないでいただきたい」
海軍作戦部長は、屈辱に震えながらも必死に食い下がった。
「もし今、我が国が日本と太平洋で衝突すれば、フィリピンの防衛隊は数日で消滅し、ハワイの太平洋艦隊は敵の姿を見る前に海の底へ沈められます。彼らの兵站と通信能力は、我々の常識の枠外にあるのです。彼らの広域経済圏には、今は絶対に手を出してはならない!」
その懇願は、最悪の形で裏目に出た。
「提督、君はアメリカ海軍の軍人でありながら、あの小国を恐れているのか?」
ヴァンス上院議員は呆れたように首を振り、そして極めて「政治家らしい、安上がりな解決策」を口にした。
「いいかね。君たちがそこまで日本を脅威だと言うのなら、莫大な予算を使って新しい軍艦や魔法の飛行機を開発するのではなく、もっと手っ取り早くて『タダ』でできる方法で奴らの息の根を止めればいい」
ミラー大佐は嫌な予感がして顔を上げた。
「……奴らは資源のない島国だ。今、満州や中国大陸、さらには南洋にまで出しゃばっているが、その機械を動かす石油の大半は我が国から買っているし、鉄くずも我が国が輸出してやっている。そうだね?」
「は、はい。しかし……」
「ならば簡単だ。**経済制裁(禁輸)**だよ。日本が我々の言うことを聞かず、アジアで勝手な経済ブロックを作るというなら、石油と鉄の輸出を止めてやればいい」
上院議員は、いとも簡単に「戦争の引き金」に指をかけた。
「我が国の圧倒的な経済力で首を絞めれば、奴らのその『魔法の飛行艇』とやらも、ただの鉄と紙のゴミになる。数ヶ月もすれば、奴らは白旗を上げてワシントンに土下座しに来るだろう。我々アメリカ合衆国は、血も流さず、カネもかけずに、極東の生意気な猿を黙らせることができるのだ」
「お待ちください! それは宣戦布告に等しい行為です!」
ミラー大佐が思わず叫んだ。
「相手を追い詰めれば、彼らは必ず反撃に出ます! そして我々には今、彼らの未知のシステムを真正面から受け止めるだけの『盾』がないのです!」
「静粛に、大佐!」
議長が木槌を乱暴に叩き鳴らした。
「我が国の大艦隊とデトロイトの工業力が、小国の反撃などに負けるはずがない。会議はこれまでだ。海軍への臨時予算の増額は却下する。その代わり、国務省と連携し、日本に対する戦略物資の輸出制限の法案をただちに準備する!」
公聴会は、絶望的な結論とともに幕を閉じた。
議事堂の冷たい大理石の廊下を歩きながら、海軍作戦部長とミラー大佐は、深い溜息をついた。
「……提督。議会の連中は、自分たちがどれほど恐ろしい怪物の尾を、素手で引っ張ろうとしているのか全く分かっていません」
「ああ。彼らは『安上がりな経済制裁』で日本が屈服すると本気で信じている。だが、日本はアムール川で三十万の軍隊をシステマチックに屠殺した国だぞ。首を絞められれば、土下座するどころか、我々の喉元に『見えない刃』を突き立ててくるに決まっている」
提督は、ポトマック川の向こうに沈む夕陽を見つめた。
軍事の現実を知る現場(海軍)と、大国のプライドと予算に縛られた政治家(議会)の決定的な分裂。
アメリカ議会は「日本は弱い」と信じているからこそ、強気な経済制裁というカードを平気で切ろうとする。
一方のアメリカ軍は「日本は異常に強い」と知っているがゆえに、政治家のその決定が、自らの軍隊を巨大な屠殺場(太平洋)へと引きずり込む片道切符であることを理解していた。
「……大佐。フィリピンとハワイの防衛体制を、今ある予算の範囲内で極限まで見直せ。そして、最悪の事態に備えろ」
「最悪の事態、ですか」
「ああ。議会がこのまま日本への挑発を続ければ、いずれ連中は『我々が先に手を出した』という大義名分を作るために、パナマ運河かどこかで、日本の船を不当に拿捕するような真似すらやりかねん。……そうなれば、帝国は確実に動く」
一九三七年、秋。
大日本帝国が着々と次世代のインフラと兵器を量産体制に乗せていく中、アメリカ合衆国は自らの「傲慢」と「無知」という重病により、破滅への階段を自ら進んで転げ落ちようとしていた。




