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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
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春季攻勢3

第三章殲滅戦



アムール川南岸での凄惨な殺戮劇から数時間後。

北岸のタイガ(針葉樹林)に身を潜めていたソ連極東赤軍の野戦司令部は、底知れぬ混乱と恐怖のどん底にあった。


「前線の第三狙撃兵師団、応答ありません! 第五戦車旅団も全滅……いや、川を渡る前に消滅しました!」


「通信線を回復させろ! なぜ後方からの補給列車が到着しないのだ!」


司令部の天幕を飛び交う怒号は、もはや指揮系統の体をなしていなかった。

日本軍の「ツァーリ・シチ(皇帝の盾)」は、単なる防御陣地ではなかった。レーダーと算定器に統制された砲兵火力、そして重装甲襲撃機による一方的な蹂躙は、ソ連軍の前衛十万をわずか半日で文字通り「蒸発」させたのである。


前線司令官は、泥だらけの地図板の上で震える両手を握りしめていた。退却命令を出せば、背後に立つNKVD(内務人民委員部)の政治将校にその場で射殺される。だが、これ以上兵を前進させても、あの無機質な弾幕の前に死体の山を築くだけだ。


「……同志司令官。ただちに部隊を再編し、夜間の強行渡河を命じなさい。退却する者は反革命分子として私が全員処刑する」


政治将校が、冷酷な声でトカレフ拳銃の撃鉄を起こした。

その時である。

天幕の外で警戒に当たっていた対空監視哨の兵士が、金切り声を上げた。


「敵機! 上空に敵の大型機編隊! 数え切れません!」


司令官たちが慌てて天幕から飛び出すと、鉛色の曇り空を引き裂くように、巨大な機影が幾重にも連なってタイガの上空へと進入してくるのが見えた。


大日本帝国空軍・昭和一〇年式四発戦略爆撃機。

本来ならば敵の都市や工場群を灰燼に帰すための「空の要塞」が、この日は爆弾ではなく、帝国の最も鋭利な「牙」をその胎内に宿していた。


機体後部の巨大なハッチが開かれる。

次の瞬間、灰色の空に、無数の白い絹の華が咲き乱れた。


「落下傘部隊だ! 奴ら、我々の頭越しに背後へ降りてくるぞ!」


ソ連兵たちの悲鳴が木霊する。

それは、大日本帝国陸軍が極秘裏に育成してきた戦略降下部隊――**「挺進ていしん師団(空挺部隊)」**の初陣であった。


***


高度五〇〇メートル。

パラシュートの降下索を引いた日本軍の空挺兵たちは、極寒の気流に煽られながらも、驚くべき静寂と規律を保ってソ連軍の後背地――シベリア鉄道の支線と野戦司令部が密集するエリアへと降下していった。


彼らの装備は、一般歩兵のそれとは全く異なっていた。

頭部には落下時の衝撃を吸収するクッションが内蔵された特殊な鉄帽を被り、身体には五ミリ厚のMBF(鋼紙)製胸甲と手甲を密着させている。


そして彼らの手に握りしめられているのは、細長い歩兵銃ではなく、武骨な鉄の塊のような新型火器――**「昭和一〇年式機関短銃」**であった。


鋼板のプレス加工によって大量生産を可能とし、弾倉をグリップ内に収める「ラップアラウンド・ボルト(L字ボルト)」を採用したこの火器は、信じられないほどコンパクトでありながら、至近距離において圧倒的な火力を叩き出す。銃身が短いため、パラシュート降下時にも全く邪魔にならない「空挺部隊のための究極の自衛火器」である。


「降下完了。これより、害虫の頭を潰す」


タイガの柔らかい泥の上に降り立った空挺分隊長が、携帯用の九〇式短波無線機で降下成功の暗号を打電する。

彼らはパラシュートを切り離すと、一切の無駄口を叩くことなく、無言のままソ連軍の司令部天幕へと肉薄していった。


「撃て! 降下兵を近づけるな!」


慌てて塹壕から身を乗り出したソ連兵が、モシン・ナガン小銃のボルトを引く。

だが、次の瞬間には「ダダダダダッ!」という昭和一〇年式機関短銃の猛烈な掃射が、彼らの身体をハチの巣に変えていた。拳銃弾を毎分八〇〇発のサイクルでばら撒くその火力は、塹壕や天幕といった閉鎖空間(近接戦闘)において、ボルトアクション小銃を完全に過去の遺物へと追いやった。


「囲まれたぞ! 後方にも敵だ!」


「通信線が切断されました! 各師団との連絡がつきません!」


空から降ってきた数千の挺進師団は、瞬く間にソ連軍の補給線と通信網をズタズタに寸断した。

政治将校が喚き散らしながらトカレフを振り回したが、天幕の裏から突入してきた空挺兵の機関短銃が一瞬で彼の胸部を撃ち抜き、その狂騒を黙らせた。前線司令官は、血だまりの中に崩れ落ちる部下たちを見つめながら、静かに両手を挙げた。


「……抵抗をやめろ。我々は、完全に裏をかかれた」


しかし、司令部が制圧されたからといって、前線に展開している数十万のソ連赤軍が消滅したわけではない。彼らは統制を失った巨大な獣の群れとなり、あるいは南岸への強行渡河を続けようとし、あるいは北への退却を試みて右往左往し始めた。

ここで、総力戦研究所が描いた「殲滅戦の真骨頂」が発動したのである。


***


司令部を失い、烏合の衆と化したソ連軍の大部隊に対し、日本軍は正面から押しつぶすような力技は使わなかった。彼らが実行したのは、計算し尽くされた**「小規模断続包囲」**という戦術である。


広大なタイガと泥濘の中に散開したソ連軍を、まるで巨大なケーキを切り分けるかのように、小さな「区画ポケット」へと分断していくのだ。


「セクター〇八、敵一個連隊規模が退却中。道を塞げ」


空挺部隊が要所となる十字路や橋を占拠し、機関短銃と一一ミリ重機関銃で防御陣を敷く。退路を断たれたソ連軍は、狭い窪地や森の中に押し込められ、孤立していく。


南岸からポンツーンを逆に渡って追撃してきた機械化歩兵と、乙型軽戦車部隊もこれに呼応し、ソ連軍を南と北から「網」のように包み込んでいった。

分断され、小規模な集団ポケットとなったソ連軍は、もはや組織的な反撃を行う能力を失っていた。


その孤立した「獲物」たちに対し、日本軍は自らの血を流す突撃など行わない。包囲を完成させた各分隊は、安全な距離から携帯無線機を取り出し、目標の座標を後方の要塞区と上空の空軍機へ淡々と伝達した。


『座標X一五、Y二二。敵歩兵一個大隊、ならびに戦車数輌が孤立。算定器シーケンサー、砲撃諸元を出せ』


数分後。

空気を切り裂く不気味な飛翔音が響いたかと思うと、一五糎加農砲の遅発信管付き徹甲榴弾が、孤立したソ連軍の頭上に正確無比に降り注いだ。


逃げ場を失った狭いポケットの中で炸裂する大口径弾は、一発で数十人の命を奪い取る。悲鳴を上げる間もなく、泥濘は兵士の肉片と戦車の残骸で埋め尽くされていった。


『次。座標X一七、Y一九。重装甲襲撃機、掃討を頼む』


『了解。これより掃除を行う』


砲撃を生き延びた集団には、上空を旋回していた昭和一〇年式重装甲襲撃機が急降下し、三七ミリガンポッドの水平掃射で容赦なく挽肉に変えていく。


分断し、包囲し、圧倒的な火力で叩き潰す。

そして次の集団を分断し、包囲し、叩き潰す。

この「小規模断続包囲」の連続は、まさに工場のベルトコンベアのように無機質で、システマチックな作業であった。


ソ連兵たちにとって、それは戦争というより「処理」であった。どこへ逃げても迷彩服の歩兵に道を塞がれ、立ち止まれば空から鋼鉄の雨が降ってくる。勇敢な突撃も、愛国心も、この冷徹なシステムの前では何の意味も持たなかった。


「助けてくれ……! 降伏する、撃たないでくれ!」


武器を放り投げ、泥だらけの両手を上げて命乞いをするソ連兵たちが続出した。

だが、日本軍の歩兵たちは無表情のまま、覘孔式照準器ピープサイト越しに彼らの姿を捉え続けた。


総力戦研究所から下されていた命令は「撃退」ではない。シベリアの凍土にソ連の血を吸わせ、二度と極東へ野心を持たせないための「完全なる殲滅」である。

銃声が、タイガの森に途切れることなく響き渡る。

自動小銃と機関短銃の連射音が、悲鳴を一つ、また一つと確実に消し去っていく。


一九三六年五月。


アムール川北岸の泥濘は、第一特別赤軍を中心とする三十万のソ連兵の血で、見渡す限り赤黒く染め上げられた。

かつて帝政ロシアを震え上がらせ、シベリアを席巻した赤軍の精鋭たちは、一人の英雄も、一つの伝説も残すことなく、大日本帝国の「自動化されたシステム」という巨大な歯車に巻き込まれ、歴史の闇へとすり潰されていったのである。


砲声が止み、重装甲襲撃機のエンジン音が遠ざかった後の戦場には、ただ、春の風が静かに吹き抜ける音だけが残されていた。

それは、大日本帝国がユーラシアの極東において、完全なる「不可侵の覇権」を確立した瞬間であった。


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