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古の灯火  作者: 丸亀導師
戦間期
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春の知らせ

鋼紙の春、桜舞う学び舎にて

春の風が、フライアッシュ・コンクリートで真っ白に塗られた真新しい校舎を吹き抜けると、満開の桜がこぼれ落ちるように散った。


一九三六年、四月。

帝都のはずれにある尋常小学校の正門前は、これまでの日本の歴史において最も色鮮やかで、そして穏やかな喧騒に包まれていた。


「こら、走るな。転んだら、せっかくの晴れ着が泥だらけになるぞ」


「平気だよ、父さん! だってこれ、すっごく軽いんだもん!」


少し大きめの真新しい詰襟に身を包んだ少年が、振り返って満面の笑みを浮かべる。彼の小さな背中で、赤褐色のランドセルが「ひょこっ、ひょこっ」と小気味よく跳ねていた。


周囲の子供たちの背中でも、艶やかな黒、鮮やかな赤、そして赤褐色の鞄が、春の陽光を反射してピカピカと光ってい

それらはすべて、装甲車のフェンダーや空母の甲板を守る軍用素材――**MBF(特級硬化繊維素材)**の民生品だった。


かつては一部の特権階級の子供しか背負えなかった高価な革のランドセルに代わり、雨や雪を完全に弾き、いくら乱暴に扱っても傷一つ付かない「鋼紙の鞄」が、驚くほどの安価で帝国のすべての子供たちに行き渡っているのだ。


少年の前を歩く両親の装いもまた、この時代の圧倒的な豊かさを物語っていた。

父親は、仕立ての良いスリーピース・スーツに身を包み、足元で革靴を小気味よく鳴らしている。頭に被ったフェドーラ帽のつばを少し直すその手つきには、この国のインフラを支える中流市民としての誇りが滲んでいた。


隣を歩く母親は、アール・デコ調の幾何学模様があしらわれたモダンな「銘仙めいせん」の着物を纏い、足元には艶やかな革製のパンプスを合わせている。肩に羽織った最高級の人造絹糸レーヨンの春色ショールが、風に合わせてふわりと揺れた。


「本当に、良い時代になりましたね」


母親が目を細め、前を走る我が子の背中を見つめながら呟いた。


「ああ。俺たちが子供の頃とは大違いだ。誰も腹を空かせていないし、冬の寒さに凍えることもない。あいつらが大人になる頃には、この国はもっと途方もない場所になっているさ」


父親は、数週間前に新聞の一面を飾った、時速一八〇キロで東海道を駆け抜けた新幹線「ひかり」の流線形を思い出しながら、力強く頷いた。


「おーい! 早くおいでよ!」


校門の先、桜の絨毯が敷かれた校庭から、少年が両親に向けて大きく手を振っている。

中身の入っていない軽いランドセルが、再びひょこひょこと跳ねた。それはまるで、この国が手に入れた「重圧のない未来」そのもののように見えた。


帝国の重工業が、冷徹な計算と合理性によって生み出した刃。

それが今、こうして子供たちの背中を優しく守り、市民たちの華やかな春の装いを支えている。桜吹雪の中、人々は笑い合い、誰もが明日の平和を疑っていなかった。

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