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第8話「森のさざめき ― 静かな兆し」

森のさざめき ― 静かな兆し




朝の森



アルテナ高原に広がる森林地帯。


北部に広がるその森は、古くから“おばけの森”と呼ばれている。

おばけと言っても、誰も実物を見たことはない。

ただ、たまに「人影のような幻が見える」という噂があり、

昔から子どもたちに敬遠されてきた。


(正体は、あの妙な霧なんだろうけどね……)


森番のレオニアは、三日ぶりの巡回装備を整えながら小さく笑った。


霧深い朝。

森の入口で王国兵クロスが不安そうに見ている。


「レオニアさん……今日は本当に行くんですか?

 ここ数日、森のほうから“変な音”がすると住民が言ってて……」


「変な音なんて、森では普通よ。木が鳴ったり、獣が吠えたり」


「で、でも……昨日も誰かが“人影を見た”って……」


(ああ、また“おばけの森”の噂か)


レオニアは苦笑しながら、クロスの肩を叩いた。


「大丈夫。私はおばけより、寝不足の上司のほうが怖いわ」


「笑い事じゃないですよ……!」


しかし内心では、レオニアもひっかかりを覚えていた。


この森には古くから不思議な噂があるが、

ここ最近、その噂の回数が妙に増えている。


そして――

森に近い家々の“動物たち”の様子が、おかしい。


「よし、行きましょ。いつも通りの巡回よ」


「気をつけてくださいね!」


レオニアは森の中へ足を踏み入れた。



森の空気の“ずれ”



森はいつもの森だった。

湿った土の香り。

木々の揺れる音。

鳥のさえずり。


……しかし、どこか違う。


風の向きが一定ではない。

音が急に途切れたり、逆に遠くの音だけが妙に響いたり。


(気のせい……じゃないわよね)


森には“呼吸”がある。

森番を長くやっていると、それが分かるようになる。


今日は――呼吸が乱れている。


リズムが浅く、ところどころ跳ねている。

木々のざわめきも、鳥の声も、どこか不規則。


レオニアは足を止めて耳を澄ました。


(……どこかで、木が鳴ってる?)


コン……コン……

遠くで硬質な音が響いた。


木が鳴る音ではない。

岩とも違う。

まるで――金属を叩いたような、乾いた音。



小動物の“移動”



しばらく進むと、枯葉の上に小さな足跡がいくつも残っていた。


森の動物たちの足跡……ではあるが、

その進行方向が奇妙だった。


「外側へ……?」


通常、動物は危険が迫ると森の“奥”に入る。

外の世界の方が脅威が多いからだ。


だが足跡は、森から離れる方向にだけ伸びていた。


(……避難?)


レオニアは眉を寄せる。


(この森から、逃げてる……?)


そんなことは、今まで一度もなかった。

 


白鹿



さらに奥へ進むと、開けた小さな泉に出た。


本来なら、ここには“白鹿”がいるはずだった。

森の守り神のように大切にされている存在で、

レオニアも小さい頃からよく見かけていた。


泉の水面は静かだが――

白鹿の姿はなかった。


代わりに、泉の周囲に深く刻まれた蹄跡が残されていた。


「……走って逃げた?」


白鹿が“逃げる”など聞いたことがない。

臆病な性質ではなく、森の奥からもほとんど動かない生き物だ。


その時――

レオニアの視界の端で、白い影が揺れた。


「っ!」


とっさに振り返るが、何もいない。


風もないのに、草がざわりと揺れた。


(……おばけ?)


背筋が、ひやりと冷える。


おばけの森は、昔からごく希に“幻覚”を見せる。

光の粒が人影に見えたり、影が動いているように見えたり。


(いや……今日は、いつもより強い)


レオニアは無意識に息を飲んだ。



奥の“気配”



森のさらに奥。

そこは、獣道もほとんどなく、森番でも滅多に近づかない区域。


だが、今日は足が自然とそちらへ向かっていた。


足元の草は、なぜか踏まれていないのに倒れている。

木の根が土の上に浮き出し、ところどころ白く乾いている。


(乾燥……? いや、光の反射?)


光?

この木は光を反射するような種類ではない。


レオニアが木の根に触れた瞬間――


「……ひんやり?」


土の温度が、森の気温より明らかに低い。


周囲の空気も、わずかに冷たい。


(……この下に、何かある?)


森の“中心”から、低い音が響いたような気がした。


コン……

――コン。


(また、あの音)

 


撤退



「レオニアさーん!!」


すぐ後ろからクロスの声が響く。


「どうしたの!? そんな奥まで来たら危ないって言ったでしょ!」


「す、すみません! でも……変なんです!

 この辺り、誰もいないのに――」


クロスの顔が青ざめている。


「さっき、後ろから“誰かに見られてる”感じがして……

 でも振り返っても何もいなくて……」


(幻覚……)


レオニアは即座に判断した。


「クロス。帰るわよ」


「えっ、でも調査は――」


「もう十分」


レオニアは森の奥を一度だけ見やった。


そこには何もいない。

だが、なにか“いるような気配”だけが残っていた。


風が吹いた。

いや、吹いたように感じた。


(……森が、拒んでいる)


レオニアは静かに踵を返した。



王城への第一報



夕刻。

おばけの森の簡易観測所に戻ったレオニアは、急いで報告書をまとめた。


内容は簡潔だが――ただ事ではない。


森の一部で“動物の異常行動”


白鹿の避難


幻覚現象の明確な増加


地中構造の異様な冷気


森奥での“金属的な音”


(原因は分からない……けど)


(この森で、何かが“目覚めようとしている”)


それだけは、はっきりと感じられた。


「クロス、報告書を王城へ届けて。

 宰相か、首相に直接渡すように」


「りょ、了解!」


クロスは緊張したまま馬にまたがり、

王都へ駆け出していった。


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