第5話「帰還 ― 火を携えて」
帰還 ― 火の国の開発計画
火を携えて
港の鐘が鳴り、白い波が岸へ押し寄せる。
URSの巡洋艦〈ハルシオン〉と輸送船団がゆっくりとエルミニア港へ入っていった。
甲板の上で、リオは静かに海風を受けながら呟く。
「……帰ってきた、ね。」
アラカワが口の端を上げる。
「無事帰れて何よりだ。今回は外洋まで行って、海の魔物まで退治してきたんだ。
お前、首相の仕事ってどこまでが業務範囲なんだ?」
「そりゃ、国を守ること全部さ。」
リオは軽く笑って答えた。
岸ではシャーロット女王とグランツ宰相が出迎えていた。
「おかえりなさいませ、リオさん。……本当に無事でよかった。」
「ただいま。お土産は、ちょっと騒がしいけど優秀な人たちだよ。」
数日後、URSからの技師団も到着した。
掘削機、蒸気発電機、鉄材、工具――港には積荷が山のように積まれた。
エルミニアの再建は、ついに“産業化の時代”へと突入する。
人手の問題と新しい仲間たち
しかし、すぐに問題が浮上した。
採掘も建設も始まったものの、王国には圧倒的に人手が足りなかった。
リオは執務室の机に資料を広げ、アラカワとため息をつく。
「技術はあっても、動かす人がいないんじゃ進まないな。」
「訓練してるけど追いつかねぇな。」
その時、グランツが控えめに口を開いた。
「首相閣下、少々変わった報告がございます。
――“異邦の技術者たち”が、協力を申し出ております。」
彼が示した名簿には、奇妙な響きの名前が並んでいた。
鈴木、三浦、木村、田所……。
「……日本人?」リオが目を見開く。
「はい。融合の混乱時に、この世界へ転移してきた者たちの一部が、
この国に定住しているとのこと。かつての世界で、
電気・建築・機械工学などの技術に携わっていたそうです。」
アラカワが頷く。
「つまり、前の世界の技術者か。心強ぇな。」
「うん。彼らの知識が加われば、この国は本当に動き出せる。」
こうして、エルミニアの再建は
エルミニア人と転移した日本人技術者の協力体制で進むことになった。
燃える国の歯車
港から内陸へ続く街道では、
URSの掘削機が唸りを上げ、発電所の建設が始まった。
蒸気が立ち上り、黒い煤が空へ舞う。
日本人技術者たちは現場で手際よく動き回り、
旧世界の設計図を修正して効率的な発電網を組み上げていく。
「この辺り、鉄塔を三本増やせば安定するはずだ。」
「導線は二重化しよう。落雷が多いからな。」
リオはその光景を見ながら、静かに頷いた。
「いい流れだ。人も機械も、ようやく息を吹き返した感じがする。」
「生産指数、二百二十パーセント上昇。
この調子なら、半年で基盤エネルギー供給が安定します。」
「頼もしいね、ヴェルティア。」
夜、リオの窓から見下ろす街には、
初めて電灯の光が灯っていた。
かつて闇に沈んでいた王国に、温かな明かりが戻る。
新たな鉱石の発見 ― 空に咲く光の花
南部の第一採掘区。
採掘の現場で、掘削員の一人が声を上げた。
「おい! なんか光ってるぞ!」
黒い岩の隙間から、淡い青白い光がにじみ出していた。
それは炎でも蛍でもなく、岩そのものが放つ自発光。
光は呼吸するように脈打ち、周囲を幻想的に照らした。
「こりゃあ……電気の反射じゃねぇぞ。」
「異常発光。首相に報告を!」
報告を受け、リオとアラカワが現地へ急行する。
そこには、虹色に輝く鉱石の塊があった。
リオは手袋をはめ、一片を掬い上げた。
掌の上で、それはゆっくりと“鼓動”しているように見えた。
「……呼吸してるみたいだ。」
「生命反応は検出されません。」ヴェルティアの声が袖口から響く。
「じゃあ、分析をお願い。」
「了解。――PDS、展開。」
リオの腕輪型デバイスから光の輪が浮かび上がる。
空中に淡いホログラムが花のように咲き、
鉱石の立体モデルと分光データが宙に浮かぶ。
それが――PDS。
ヴェルティアが霊気の空間干渉性利用して空間に展開し、情報を視覚化する立体投影機構。
光の花弁のようなスクリーンに、波形と数値が次々と描き出されていく。
表示された立体映像は“触る”ことが出来るようにも表示可能で、この場合はタッチパネルのようなUIとしても機能する。
「未知の構造体を検出。炭素結合に類似するが、安定していません。
内部に高密度エネルギー場を確認。放射性反応なし。霊素干渉を検知。」
「霊素干渉……エーテル波の一種か?」
「相似率八十二パーセント。だが波長の揺らぎが異常。
既存物質では説明不可能です。」
リオは指先でホログラムを払った。
波形が拡大し、青い光の螺旋が空中に浮かぶ。
「……ただの鉱石じゃないな。」
「まるで、何かの“心臓”みたいだ。」アラカワが呟く。
リオは頷いた。
「ヴェルティア、仮称“ブルーリフ鉱”として登録して。」
「登録完了。記録保護領域に保存しました。」
光の花がゆっくり閉じ、坑内に静寂が戻る。
だが、誰もその光景を忘れなかった。
この瞬間、確かに“世界の歯車が動いた”と、全員が感じていた。
火と光の国
数週間後。
採掘は順調に進み、石炭は山のように積まれ、
発電所は稼働を始め、街の夜を照らし出す。
リオは王城のバルコニーから、その光景を見下ろしていた。
「……火の国、か。」
「悪くねぇ名前だな。」アラカワが肩を並べる。
「でも、火だけじゃ足りない。」
リオの視線は遠くの山並みに向けられていた。
「あの光る鉱石、あれは何かを呼んでる。
あれがきっと、この国の“未来の光”だ。」
ヴェルティアが静かに応える。
「ブルーリフ鉱分析、継続中。結果は近日報告予定。」
リオは笑い、海風に髪を揺らした。
「火の国に、光を灯そう。」
こうして、エルミニア王国は“火”を手にし、
次に“光”と出会った。
それは後に“クラリウム技術”と呼ばれる革命の始まり――
世界が再び変わる、第一歩だった。




