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第4話「レヴァリアの巨人 ― 帰郷の首相」

レヴァリアの巨人─帰郷の首相─




鋼鉄の都アークメリア



海霧が晴れると、鋼とガラスの塔が林立する巨大都市が姿を現した。

高架を走る無人列車、巨大な広告板の光。

ユナイテッド・レヴァリア合衆国――首都アークメリア。


桟橋に降り立ったリオは、潮風を胸いっぱいに吸い込む。

「……変わってない。」小さく目を細めるその横で、アラカワが周囲の警備を眺めた。

「こりゃ見事だ。効率と統制でできた街って感じだな。」

「うん。ボクの“始まりの場所”だよ。」リオはどこか懐かしげに微笑んだ。


在エルミニアURS代表部の公使リチャードに先導され、黒塗りの車列が大統領府へと進む。

白い礎石と鋼鉄の梁が織りなす威容――扉が静かに開いた。



大統領会談 ― 火を求める者たち



会談室。磨き上げられた机の向こうで、アシュリー・ローレンス大統領が立ち上がる。

金の留め具が光るダークスーツ。切れ長の瞳に、柔らかな笑み。


「遠路よく来てくださいました、リオ首相。」

「お招き、感謝します。アシュリー大統領。」


その瞬間――リオの猫耳がぴくり、と小さく動いた。

アシュリーの視線が一拍だけ吸い寄せられる。

(……な、何この可愛さ。想定外ね)

彼女はほんの刹那、目線を資料へ落として咳払いした。秘書官が小さく頷く。


リオは手短に状況を示す地図と報告書を広げた。

「エルミニア島南部に瀝青炭の鉱床を発見しました。露天掘り可能な層です。

 ただ、いまの王国には採掘・運搬・発電の技術が足りません。

 技術支援と引き換えに、瀝青炭の優先供給をお約束したい。」


アシュリーは指先でペンを転がしながら、彼の声を聴く。

不思議な真っ直ぐさ――言葉が無駄なく芯に届く。

(危ないわ。可愛い上に、話がまっすぐで説得力がある)

「……あなたの国が“自立するための支援”なら、考える価値は大いにあるわ。」

「依存は望みません。火を灯す“きっかけ”が欲しいだけです。燃やすのは、ボクたち自身で。」

耳がまたぴくり。アシュリーは思わず目で追い、慌てて微笑に戻した。

「ふふ。了解したわ、リオ首相。技術支援団、採掘機、発電設備の供与――前向きに進めましょう。

 対価は瀝青炭の優先供給と通商の便益。それでどうかしら。」

「合意します。」


署名が重なる音。ペン先が紙を走る間、アシュリーはもう一度だけ心の中で嘆息した。

(……まったく。罪な少年。あの耳、反則よ)



帰路 ― 技術の海をゆく



ほどなく、URSの技師団と重機・発電機一式を積んだ輸送船団が出航。

随伴護衛は最新鋭の巡洋艦〈ハルシオン〉。リオとアラカワも同乗し、艦の技術視察を兼ねて帰路に就く。


甲板に並ぶクレーンと巻上機、艦内にうなるタービン。

アラカワが甲板を一瞥して言った。

「輸入した機械で石炭を掘り、電気を通し、国を動かす――道具は揃いつつある、ってわけだ。」

リオは頷く。

「うん。ここからは、ボクたちの番だ。」


ヴェルティアがリオの衣の胸元で微かに光る。


「航路前方、音響探査に異常。……水柱の乱れ、深度八十に大型反応。」

「クラリアン(霊晶獣)か?」

「確度七十二%。迎撃態勢を。」


艦橋に警鐘が走り、甲板の乗員が散開する。



海上の影 ― クラリアン来襲



ソナーが低い唸りを上げた。

艦内に警報灯が点滅し、通信士が叫ぶ。

「前方海域、深度八十! 複数の大型反応、接近中!」


「クラリアンの群れか……!」リオが眉をひそめる。

ヴェルティアの解析音声が重なる。


「反応数、五。中心に推定二十メートル級個体。対応を推奨。」


〈ハルシオン〉の艦長が短く命令を下す。

「爆雷投射機、装填急げ! クラリウム混合炸薬、セットBでいけ!」


艦尾に並ぶ投射ランチャーが、金属音とともに旋回。

次の瞬間、圧縮空気の咆哮と共に、複数の爆雷が水面へ撃ち出された。

青白い火花を引きながら飛翔し、海中で連続的に閃光を放つ。


海面が盛り上がり、轟音と共に泡が弾けた。

だが群れは散らず――むしろ、さらに巨大な影が海面下から迫ってくる。

金属質の鱗と、霊光を滲ませた複眼。

「来る!」アラカワがツインヴァインを抜いた。


アラカワのツインヴァイン──。

これはリオが異世界から転移してきたらしい大型ロボットのカッター部を改造。

人が扱えるように作り替えた二又の大剣である。

霊気を込めることで刀身に霊刃を形成し斬撃に使用される。

また、剣先からは霊撃(指向性を持つ霊気を放出し、ビームとして使用する)を放つことも可能である。


波を割って現れた巨体が、艦へと牙の塔を突き立てる。

アラカワが身を低く構え、霊力を剣に流す。

二又の刃先が眩く輝き、

「霊撃――!」

青白い光条が剣先から放たれ、巨影の右腕部を焼き裂いた。

同時に、リオがヴェルティアの支援で空間足場を展開。


「エーテル・クラフト、踏破準備完了。」

「了解!」


ヴェルティアの能力の一つ、“エーテル・クラフト(霊素変換生成)”。

これはヴェルティア内に流れる霊力を元に周辺に存在する材料を変換し、新たな物体を生成する能力である。

単純な物体であれば瞬時に生成されるが、機械構造を持つような複雑な物や巨大な物の生成には時間を要する。


空中を駆け抜けたリオが、両手に展開した魔法陣のように見える霊子回路から霊子弾を撃ちながら接近。

牙の基部に跳び込み、今度は霊刃を形成。

エネルギーの流れを断ち切る一閃を叩き込む。

「アラカワ、今!」

「任せろ!」


再びツインヴァインが輝き、

二又の刃先から螺旋状の霊撃が放たれた。

その一撃は巨体の胸部を貫き、内側から爆ぜる。

水柱が上がり、クラリアンの断末魔が響いた。


艦長が叫ぶ。「再装填、斉射用意!」

後部の投射機が再び唸りを上げ、

追撃の爆雷が雨のように放たれる。


爆雷投射を受け、再びクラリアンが最後の力で抵抗すべく、海上へと飛び出した。

「アラカワ、トドメを刺すぞ!」

「おう!」


リオがヴェルティアのエーテル・クラフトを使ってアラカワの足場を空中に生成。アラカワがその上を駆け抜け、クラリアンに接近する。

「これで終わりだっ!」

アラカワの霊力を込めたツインヴァインの斬撃がクラリアンの核を引き裂いた。


連続する閃光――蒼白い泡が海面を覆い、

巨大な影はついに沈黙した。


波間に残るのは、わずかな霊素の光と焦げた匂い。

ヴェルティアが報告する。


「大型個体、活動停止を確認。損害、軽微。」


リオは肩で息をしながら、空を見上げた。

「……これが、海の脅威か。」

アラカワは剣を納め、剣身についた霊光を払った。

「脅威っちゃ脅威だが、いい実戦テストになったな。」

「テストのたびに命懸けはやめてほしいけどね!」リオが苦笑する。


ヴェルティアが淡々と告げた。


「クラリアンへの対抗手段、確立の余地あり。帰還後、分析を推奨。」

「了解。……火だけじゃなく、“守る力”も必要になってきたね。」


アラカワが笑う。

「そのための剣だ、首相。」



灯を運ぶ者たち



数日後。船団は警戒態勢を解きつつ、穏やかな海へ戻った。

見張り台の向こう、朝靄の間に小さな島影が現れる。エルミニアだ。


桟橋が近づくにつれて、岸に並ぶ人々の輪が見えてきた。

子どもたちが旗を振り、猫が並び、王城の塔からは新しい旗が掲げられる。


リオは静かに呟く。

「――火を、連れて帰ってきた。」

ヴェルティアが柔らかく応える。


「これで、国は動き出せます。」

アラカワがにっと口角を上げる。

「さぁ首相、掘って、繋いで、灯す番だ。」


リオは頷き、桟橋の先にいる女王のもとへと歩き出した。

その背で、猫耳がひとつ、嬉しそうに揺れた。


技術協定は結ばれ、火の道具は揃い、

海の脅威もまた“知る”ことで退けられることを示した。

ここから始まるのは、再建の本番――

そして、地の底で眠る“未知の光”との邂逅である。

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