第3話「エルミニア調査行 ― はじまりの地図 ―」
エルミニア調査行─はじまりの地図─
新首相の初仕事
就任早々、リオは宣言した。
「まずは国の足元を見よう。机の上で考えるだけじゃ何も変わらない。」
王国の全土、エルミニア島の地理・産業・資源を把握するため、
調査員と観測隊を派遣することを決定。
ヴェルティアが報告システムを構築し、各地の調査結果を自動集計。
アラカワは現場統括として現地を巡回する。
アラカワ「新米首相、やる気満々だな。」
リオ「そりゃあね。国を立て直すなら、まずはどんな国か知らないと。」
ヴェルティア「国民の評判:“働く猫耳首相”好感度上昇中です。」
リオ「……評価の理由が違う気がするんだけど!?」
炭の丘
南部丘陵地の露頭部で、黒い鉱層が見つかる。
ヴェルティアが分析した結果、瀝青炭であり、推定埋蔵量は数十年分。
「露天掘り可能な鉱床構造です。ただし――」
「ただし?」
「この国の現行技術では、採掘も運搬も困難です。」
リオはしばし黙り込み、掌に乗せた黒い石を見つめる。
「せっかく宝の山を見つけても、掘れなきゃ意味がないってことか……。」
アラカワが肩をすくめる。
「採掘機も無けりゃ、鉄道も未整備。坑道掘りなんて何年かかるかわからん。」
「じゃあ――他の国に頼むしかないか。」
リオの目がわずかに光る。
「幸い、瀝青炭はどこでも欲しがる資源だ。
交換条件にすれば、技術提供くらいしてくれるかもしれない。」
ヴェルティアが淡々と応じる。
「該当する国――技術提供能力があり、炭資源を輸入している大国……
ユナイテッド・レヴァリア合衆国(United Revallia States/略称URS)。
推定産業レベル、現エルミニアの十倍。交渉候補として最適です。」
ユナイテッド・レヴァリア合衆国──。
融合世界誕生間もない頃から、旧世界の遺物と天然資源に恵まれたこの国は第一次融合世界大戦を制し、レヴァリア大陸に大国を築いた。
圧倒的な軍事力で持って世界の覇権を握ったことに反感を持つ国家も少なくない。
特に大戦でURSと覇権を争ったヴァルシア大陸の軍事大国ノルディア連邦には未だに申レN(申し訳ないがレヴァリアはNG)な感情を持つ者も多い。
「URSか……」
リオは空を見上げた。
雲の切れ間から覗く青が、どこか遠い国を思わせる。
「話してみる価値はありそうだな。」
アラカワが苦笑する。
「おいおい、就任一ヶ月で外交デビューかよ。やるじゃねぇか、首相。」
「やらなきゃ進まないだろ。――国を動かすって、そういうことなんだ。」
再建の歯車(外交決断)
王城に戻ったリオは、シャーロットとグランツに報告する。
「瀝青炭の埋蔵量は十分です。ただ、掘る技術が足りません。
だから、他国――ユナイテッド・レヴァリア合衆国に協力を仰ごうと思います。」
グランツが驚きの声を上げる。
「他国に!? しかし、かの国は遠く、外洋を渡らねば……!」
「だからこそですよ。」リオが真っ直ぐに言う。
「この国が外に開かない限り、発展なんて夢のままです。
それに、彼らにだってメリットがある。
“掘れない石炭を輸出できる国”と、“燃料を欲する大国”。
悪い取引じゃないはずです。」
シャーロットはしばらく黙ってリオを見つめ、そして微笑んだ。
「……なるほど。交渉を始めましょう。
そのために、わたくしは正式な外交使節を派遣します。」
ヴェルティアが静かに告げる。
「外交記録文書の雛形を作成中です。署名欄、“リオ・ファルクレスト首相”。」
「はいはい、わかったよ……。」リオが頭を掻く。
「にゃー(応援)」
アラカワが小さく笑った。
「いい国になりそうだな。猫も外交に参加してるし。」
こうして、エルミニア王国は初めて“外の世界”と繋がる決断を下した。
瀝青炭の発見は、国を救うための“現実的な火”。
その火を世界に灯すため――
猫耳の首相リオ・ファルクレストは、初の外交という大海原へ踏み出すのだった。
外交の扉
王城に戻ったリオが、石炭の調査報告と同時に「技術提供を受ける必要性」を説明。
グランツは慎重な姿勢を見せるが、シャーロットは判断を下す。
シャーロット「……ならば、まずは在王国レヴァリア大使館に話を通しましょう。
彼らは以前から、この国に電力供給技術を広めてくれています。」
リオは目を丸くする。
「電気の普及って、てっきりエルミニア発だと思ってたけど……」
「違います。あの大使館の技師たちが最初に発電機を設置したんです。」
「へぇ……じゃあ、話が早いかもな。」
グランツが慌てて手帳をめくる。
「ま、待たれよ! あの合衆国は技術こそ進んでおりますが、交渉は骨が折れますぞ!」
「大丈夫。交渉ってのは、理屈と勢いでなんとかするもんでしょ。」リオが軽く笑う。
「理屈はともかく、勢いに不安しかありませんが……」グランツは額を押さえた。
在エルミニアURS代表部
アルトリア城の一角――白壁と金属窓が並ぶ建物が、
ユナイテッド・レヴァリア合衆国在エルミニア代表部だった。
入口のプレートには、金文字で刻まれた英字。
“U.R.S. Embassy to the Kingdom of Elminia”
守衛に案内され、リオたちはガラス張りの応接室へ通される。
中では、金髪に眼鏡をかけた中年の男――リチャード・メイソン公使が迎えた。
「初めまして、首相閣下。猫耳の方が新政権の象徴とは……なんとも魅力的ですな。」
「褒め言葉として受け取っておきます。」
「ぜひそうしてください。」
軽口の裏に、URSらしい洗練された圧を感じる。
アラカワがリオに小声で囁く。
「なんかこの人、にこにこしてるけど腹の中で算盤弾いてそうだな。」
「たぶんね。」
ヴェルティアの冷静な声が服の中から響く。
「リチャード・メイソン、URS外務次官補。
交渉力評価……Aランク。警戒推奨。」
「こえーよ、Aランク……」
リオは話を切り出す。
「本題に入ります。エルミニア南部で石炭鉱床を発見しました。
ただし、掘る技術がありません。
もしURSが協力してくれるなら、その石炭を対価として技術支援を受けたい。」
リチャードの目が細められる。
「ふむ……なるほど。技術と資源の交換、ですか。悪くない話です。」
「交渉は女王陛下を通して正式に進めたいと思います。
でも、どうしてもその前に、あなたの国のトップに直接話したい。」
「直接、ですか?」
「ええ。ボクの言葉で伝えたいんです。
“エルミニアは、過去の遺産だけでなく未来をつくれる国だ”って。」
少しの沈黙のあと、リチャードは笑った。
「……ふふ、面白い。
いいでしょう。あなたの熱意、レヴァリア本国に伝えてみます。
大統領との会談、手配しましょう。」
リオ首相、外の世界へ
リオは数日後、代表部から正式な招待を受け取った。
“ユナイテッド・レヴァリア合衆国 大統領府にて、首脳会談を希望す。”
シャーロットが静かに頷く。
「……ついに外の世界へ出るのですね。」
「うん。国を動かすって言ったんだ。ちゃんと責任取らなきゃ。」
「お気をつけて。レヴァリアは強大な国です。けれど、リオさんなら大丈夫。」
アラカワが笑う。
「首相の初外遊か。」
ヴェルティアが淡々と補足する。
「準備完了。渡航プラン、外交用服装、猫用非常食、全て搭載済みです。」
「猫用ってなに!?」
笑いが広がる中、
リオは深呼吸をし、港に向かって歩き出した。
新米首相、初の外交へ。
目的は、国の“火”を灯すため。
だがその出会いが、後に世界の均衡を変える――
そんな未来を、まだ誰も知らなかった。
海を渡る者たち ― レヴァリア行き ―
リオとアラカワは、アルトリア港に停泊するURSの技術供与船に乗り込んだ。
船体は白と銀で塗られ、舷側には大きく “UNITED REVALLIA STATES” の紋章。
甲板には巨大な通信装置と太陽電池が並び、
エルミニアの人々にとっては“未来そのもの”のように見えた。
「すげぇな……これがレヴァリアの技術か。」
アラカワが手すりに触れながら感嘆する。
「なんか、ボクらの国の造船技術が急に原始時代に見えるね。」リオが苦笑する。
「素材:複合装甲鋼。出力:水素タービン。推定航続距離、約四千海里。」
「ヴェルティア、そういう分析いらないってば。」
「うるさいですね…。」
桟橋では、シャーロットとグランツが見送りに立っていた。
「リオさん、アラカワさん……この国の未来、どうか見つけてきてください。」
シャーロットの言葉に、リオは深く頷く。
「任せて。ボクたち、ちょっと“火の国”と話してくるよ。」
「ご無事を……」
風が吹き、旗がはためいた。
その瞬間、アラカワが振り返りもせずに言う。
「なぁリオ。念のため聞くけど、もし交渉がこじれたらどうする?」
「こじれさせないよ。」
「万が一、向こうが武力を見せてきたら?」
「ボクが話す前に、君が見せてあげればいいでしょ?」
「……あいかわらず人使い荒いな、首相。」
二人の笑い声が潮風に溶けた。
船が離岸し、静かに波を切って進む。
リオは甲板の上で、遠ざかるエルミニア島を見つめた。
赤く沈む夕陽に照らされたその島は、
まるで燃えるように光って見えた。
「……なぁヴェルティア。国を動かすって、やっぱり大変だね。」
「はい。ですが、動かすだけでは国は前に進みません。
――“守る力”が必要です。」
「守る力、か。」
後ろでアラカワが立ち、海風を受けて目を細めた。
その姿には、確かな重みがあった。
「……俺は、リオの盾であり剣だ。
交渉が失敗した時は、俺が全部片付ける。」
「そんな物騒な話しないでよ。」
「冗談だよ。……たぶんな。」
やがて、水平線の彼方に、鋼鉄とガラスの塔が立ち並ぶ巨大都市の影が見えた。
それが、世界最大の産業国家――
ユナイテッド・レヴァリア合衆国(U.R.S.) の首都、アークメリア。
ヴェルティアが静かに告げる。
「目的地接近。これより外交モードに移行します。」
リオは深呼吸し、口角をわずかに上げた。
「――よし、初めての首脳会談。失敗したら君に全部押しつけるからね。」
「拒否権はありません。」
アラカワが笑い、遠くで鐘の音が鳴った。
猫耳の首相と最強の護衛。
世界の巨人に挑む旅が、今、始まる。




