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第2話「王国再建の序幕」

王国再建の序幕




朝の陽光が、アルトリア城の中庭に降り注いでいた。

花壇には白い花が咲き、石畳の上では三匹の猫が丸くなって昼寝をしている。

静かな風が吹き抜け、昨日の宴の賑わいが嘘のようだった。


リオは噴水の縁に腰を下ろし、伸びをしながら大きなあくびをした。

「……なんか、旅の途中よりも疲れた気がする。」


「そりゃ王城の晩餐だしな。気疲れってやつだ。」

アラカワが笑う。


「猫に囲まれて食う飯なんて初めてだよ。」

「にゃー(気にすんな)」

「いや、気にするわ!」


リオの黒い服――ヴェルティアが、朝の光を受けてかすかに輝いた。

「……穏やかですね、リオ様。」


「うん。久しぶりに“普通の朝”って感じだ。」

「普通とは、猫が十匹以上いる環境のことですか?」

「……うるさいですね。」

「それ、わたしの台詞です。」


アラカワが吹き出した。

「お前ら、朝から息ぴったりだな。」


その時、城の回廊からグランツ宰相が現れた。

杖を軽く鳴らしながら、ゆっくりと二人に近づく。

「おはようございます、旅のお二人。殿下があなた方にお話があるそうです。」


「お話?」リオが首を傾げる。

「昨夜のうちに決意を固められたようでしてな。

 “エルミニアをもう一度立て直す”――と。」


「……立て直す、ねぇ。」

アラカワが頭をかきながら立ち上がる。

「ま、俺たちみたいな旅人にできることなんて限られてるけどな。」

「殿下はそれを承知の上でございます。」


グランツの目が優しく細められる。

「どうか、直接お話を。あなた方が“この国の転機”になるかもしれません。」


謁見の間に通されると、シャーロットは既に待っていた。

昨日とは違い、王女ではなく一人の少女としての表情をしている。

机の上には、王国の地図と古びた設計書のようなものが広げられていた。


「リオさん、アラカワさん。……あの、突然で恐縮なのですが。」

彼女は小さく息を吸い、まっすぐ二人を見つめた。

「この国を再び動かすための力が、どうしても必要なんです。

 どうか――わたくしに力を貸していただけませんか?」


リオとアラカワは顔を見合わせた。

リオが頭を掻きながら苦笑する。

「えっと……王国の再建って、ボクたちの仕事じゃない気がするんだけど…」

「俺ら、旅の便利屋ですよ? 国動かすとかムリムリ。」


シャーロットは困ったように微笑んだ。

「わかっています。ですが……」

言葉を探すように、彼女は胸元のペンダントをそっと握る。


リオが笑うと、ヴェルティアの胸元が小さく光を返した。

その光が、シャーロットのペンダントに反射して、

二つの虹色の輝きが一瞬だけ重なり合う。


それはまるで――未来の灯火が交わる瞬間のようだった。


こうして、王女の願いと旅人たちの偶然が重なり、

エルミニア王国の再建は静かに幕を開けた。


まだ誰も知らない。

この出会いが、後に世界の形そのものを変えることになることを。



猫まみれ選挙戦!



「――つまり、王国中にこの選挙を知らせて回ってほしいんです。」

女王シャーロットの言葉に、リオとアラカワは顔を見合わせた。


「……宣伝?」リオが首を傾げる。

「ええ。正式に立候補する人々のためにも、民に“選ぶ自由”があることを伝えたいのです。」

「まぁ、旅慣れてるし、それくらいならできるかもな。」リオは肩をすくめる。

「にゃー(賛成)」

「国の選挙を猫が賛成する国、やっぱり平和だな。」アラカワが苦笑した。


それから数日後。

リオとアラカワは、宣伝係として王国中を回ることになった。


王都ルミナシティの市場では香ばしいパンの匂いが漂い、

子どもたちが「選挙ってなぁに?」と無邪気に尋ねる。

山間の村では、村長が「わしらが首相を決めてええんか?」と驚き、

猫が手作りの選挙旗をくわえて走っていった。


「エルミニア王国、初の民選選挙だってよー!」

「女王陛下ばんざーい!」

「猫も投票できるのかにゃ!?」

「……それはダメです。」(ヴェルティア)


ヴェルティアの声がリオの服から響くたび、

民衆は「喋った!?」「服が!?」とざわついた。

中には、ヴェルティアを“しゃべる聖衣”と呼ぶ者まで現れた。


宣伝を続けるうちに、いつのまにかリオ自身が話題の中心になっていた。

猫耳の旅人。気さくで明るい青年。

女王と共に国を救った“英雄”という噂が、尾ひれをつけて広がっていく。


「リオさんが首相になれば、国はきっと面白くなるぞ!」

「見た目がかわいいから、きっと悪いことしない!」

「猫耳は正義!」

「かわいいのに男の子だから二倍お得!」


どこへ行ってもそんな声が上がり、リオは頭を抱えるばかりだった。

「……ボク、立候補なんてしてないのになぁ。」

「人気商売ってのは理屈じゃねぇんだよ。」アラカワが肩を叩く。

「特に“猫”関係はな。」

「やめてくれよ……。」


やがて選挙当日を迎える。

アルトリア城の前庭には人と猫が入り乱れ、

投票箱の前には長蛇の列ができていた。

ヴェルティアが集計補助を担当し、冷静な声で指示を飛ばす。


「投票終了。集計開始。猫票は無効票として除外します。」

「にゃー!?」


そして夕刻。

王城のバルコニーに立つシャーロット女王が、結果を発表した。


「――今回の選挙における最多得票者は……

 リオ・ファルクレスト氏。得票率、六十二パーセント。」


沈黙。

次の瞬間、広場全体がどよめいた。


「え、ボク!? ボク立候補してないんだけど!?」

リオの耳がピクリと動く。

アラカワは腹を抱えて笑い出した。

「ぷっ……はははは! お前、出てねぇのに当選してんじゃねぇか!」


「民意とは時に、理屈を超えます。」ヴェルティアが淡々と告げる。

「超えないでほしいんだけど!?」


シャーロットは困ったように微笑んだ。

「……リオさん、どうやら皆、あなたを信じているようですね。」

「いやいや、信じすぎだって!」


「うるさいですね、リオ様。おめでとうございます。」

ヴェルティアが悪意を持ったような声で言う。

「めでたくないよ!」


グランツ宰相は額を押さえ、深くため息をついた。

「……まったく、我が国の民は可愛いものに弱すぎますな。」

「まぁ、可愛いは正義ってやつですよ。」アラカワがニヤリと笑う。

「その理屈やめて!?」リオが即座に突っ込む。


こうして、エルミニア史上初の民選選挙は、

まさかの“非立候補者”が首相に選ばれるという結果で幕を閉じた。


リオはただの旅人のつもりだった。

だがこの日を境に、“王国を導く者”としての運命が動き始める。



リオ首相就任!? ― 猫耳の政変 ―



アルトリア城の大広間は、朝から混乱していた。


王国初の民選選挙――その結果、立候補もしていない猫耳の少年が首相に選ばれた。

しかも得票率は六割を超え、歴史的な圧勝。


「……いや、待って。ボク、投票に行った側だからね!?」

リオが頭を抱えながら訴える。

だが、グランツ宰相は青ざめた顔で書類を見つめながらうなずいた。


「残念ながら、法的には問題ございません……。」

「どこが!?」

「“民が望む者が政を担う”とありますので……民が望んでおります……。」


アラカワが吹き出す。

「ぷっ……ははは! つまり“猫耳がかわいい”は立派な政治理由か?」

「そんな国でいいの!?」リオが全力でツッコむ。

「うるさいですね、リオ様。」ヴェルティアが冷静に補足する。

「国家法第九条――“選出の理由を問わず、最多得票者は正当な代表とする”。」

「いやそれ、絶対昔の人も“かわいい”で選ばれると思ってなかったよ!?」


議場の空気は真面目だが、どこか牧歌的でもあった。

議員たちは「国民の意思ですから」と淡々と頷き、

猫たちは「にゃー」と鳴いて同意する。


「……というわけで、殿下。」グランツが書面を掲げた。

「正式にリオ・ファルクレスト殿を、王国首相に任命するしかありません。」


シャーロットは苦笑を浮かべながらも、静かに立ち上がった。

「民の声を、無視するわけにはいきませんね。

 ――リオさん、どうかこの国を導くお手伝いをお願いします。」


「いやいやいや! ボクただの旅人だから!」

「ですが、民はあなたを選びました。」

「それは猫耳がかわいいからでしょ!?」

「理由はともかく、事実は変わりません。」ヴェルティアが淡々と告げる。

「……お前、絶対楽しんでるだろ。」

「AIに“楽しむ”という感情はありません。……多分。」


アラカワは肩をすくめた。

「まぁ、ここまで来たら観念しろよ。

 猫の国で猫耳の首相とか、もう運命だろ。」

「運命にしては理不尽すぎるよ!」


こうして即席の就任式が用意された。

広場には民衆が集まり、猫たちが壇上をうろつく。

グランツが高らかに宣言する。


「――リオ・ファルクレスト、新首相に就任!」


「にゃー!(拍手)」

「猫まで!?」リオが思わず叫ぶ。

シャーロットが隣で笑った。

「おめでとうございます、首相。」

「全然めでたくないよ!」


その後、広場では“猫耳首相”誕生を祝う祝祭が自然発生し、

パン屋が無料で菓子を配り、子どもたちはリオの似顔絵を描いた。

人々は口々にこう言った。


「あの人なら、なんかやってくれそうだ!」

「見てるだけで元気になる!」

「かわいいから国が明るくなる!」

「ああ~~たまらねえぜ。」


リオは頭を抱えながら、

それでも――少しだけ笑った。


「……ほんと、変な国だよ。」

「ですが、悪くない国です。」ヴェルティアの声が優しく響く。

「ま、悪くない、か。」


こうして“かわいい”という前代未聞の理由で選ばれた首相が誕生し、

エルミニア王国は、再建の新たな時代へと歩み出した。


そして――この小さな奇跡が、

後に“クラリウム技術”と呼ばれる偉大な革新の始まりになることを、

まだ誰も知らなかった。

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