第27話「霊波ネットの夜 ― 世界一かわいいリオちゃん」
霊波ネットの夜 ― 世界一かわいいリオちゃん
霊波通信の幕開け
王城地下の通信庁研究室では、霊子回路の光が床一面に糸のように走っていた。
高城博士は最終チェック表をめくり、リオの前に掌サイズの端末を置く。
「これで世界中の霊波回線がひとつの網で結ばれます。“霊波ネットワーク”の完成です。」
ヴェルティアが淡く発光する。
「略称、R-Net。端末はPDS互換。王都からURS、北方都市まで遅延はほぼゼロです。」
リオは端末をつまみ上げ、思わず目を輝かせた。
「Rネット……名前がもう強そう!」
入口で資料を抱えたマルティンが深い息を吐く。
「若者が昼夜逆転する未来が見えますな……。」
レア・クローヴァが淡々と告げる。
「同期準備完了。――接続します。」
床の霊子回路が一斉に明滅し、天井の結晶が星図のように輝いた。
空気がやわらかく震え、室内の端末すべてに“接続”の紋が灯る。
「成功。」
高城博士の声とともに、小さな拍手が広がる。
リオは端末を胸の高さで掲げた。
「海と陸の次は――情報の空だ。はじめよう、Rネットの時代を!」
情報化する王都
数日で王都は変わった。
市場には霊波端末を扱う店が並び、夜になると家々の窓に青い小さな光が浮かぶ。
「見て見て! 帽子かぶった猫の動画だ!」
「うちの店、端末もう在庫ゼロだよ!」
「王都の猫、国民より有名になってるらしいぞ!」
カフェのテラスでは、配信カメラの前に猫が堂々と座り、
店員がマイク越しに「にゃー」と合いの手を入れていた。
屋根の上、霊晶アンテナが月光を受けて青白く光る。
R-Netは、誰かの書き込み、誰かの歌、そして大量の猫で埋め尽くされていった。
謎のアカウント登場
王城・情報局室。
壁一面のホロモニターに、同じ顔がずらりと並んでいた。
「……ボクの寝顔、多くない?」
映し出された自分の顔を見上げて、リオは凍りつく。
通信局員が報告する。
「話題のアカウント名は――『世界一かわいいリオちゃん』。再生数、現在四万件を突破中です。」
ヴェルティアが冷静に補足する。
「最新投稿、“くしゃみする首相(猫に驚く)”。コメント:《天使すぎる》《尊い》《もっと》《ああ^~心がにゃんにゃんするんじゃあ~~》。」
マルティンはこめかみを押さえた。
「撮影場所、王城の中庭と廊下、そして……寝室前……?」
局員が顔を青くする。
「投稿元の霊波アドレス、王城内部端末を経由。権限レベルは……最上位です。」
室内に重い沈黙。
全員の視線が、同じ方向――玉座のある方角を向いた。
女王陛下、容疑者として召喚
謁見の間。
シャーロット女王がにっこりと笑いながら玉座に座っていた。
「呼び出しと聞いて参りましたわ。どうされまして?」
リオは耳まで赤くなって叫ぶ。
「『世界一かわいいリオちゃん』って……君だよね!?」
「まあ。」
女王は指で王冠の縁を弾いた。小さな音が鳴る。
「国民が貴方をもっと好きになれば、戦争は起きませんもの。」
マルティンが悲鳴に近い声を上げる。
「理屈が崇高すぎます陛下ぁぁ!」
ヴェルティアが平然と分析を重ねる。
「理論的には、“平和的影響力指数”が急上昇中です。副次的に王国ブランドも伸長。」
「ほら、ご覧なさい。」女王は得意げに端末を掲げる。
“♡いいね 15203件 #リオちゃん可愛い”――と表示が輝いた。
「せめて寝顔は削除しようよ!」
「保存済みです。」
即答。しかも笑顔。
「……っ!」
リオが頭を抱えた瞬間、女王はさらりと言い足す。
「今後は広報経由で公開しますわ。――公務にいたします。」
マルティンの胃が、さらに悲鳴を上げた。
ネットの夜と“国民的推し”
夜の王都は、青い星座のようだった。
家々の窓がR-Netの光でつながり、広場のホログラム掲示板には
《#リオちゃん可愛い》《#陛下のスクープ》《#猫の国から世界へ》の文字が踊る。
王室広報の臨時会見。
「民意を尊重し、女王陛下の“王城日常だより”を公式アカウント化します。
プライバシー配慮の上、週三回掲載予定です。」
「王国の平和指数、前週比+4.3%。」
通信庁の報告に、記者席がどよめいた。
そのころ、王城の一室。
布団に半分潜ったリオは、ニュースの見出しを見て固まる。
《国民的アイドル首相、誕生》
「いやいやいや、ボク、政治家だよ!?」
枕に顔を押し付けるボクの横で、ヴェルティアが静かに告げる。
「首相、今や貴方は“癒し系国家コンテンツ”です。
次の配信予約:『朝の髪はね直し(猫乱入)』。」
「聞いてないっ! もう寝る!」
リオは布団を被った。
部屋の隅で、猫が「にゃ」と短く鳴く。
――配信予約は、もちろんオンになっていた。
微笑む夜空
深夜。
王城のバルコニーに、ひとり佇むシャーロット女王の姿があった。
端末の画面には、つい先ほどまで流れていた“リオちゃん動画”のコメント欄。
《かわいすぎてつらい》《この国に生まれてよかった》《今日も平和だにゃ》――
どれも笑顔を誘う言葉ばかりだった。
シャーロットは小さく息を吐き、
静まり返った夜空を見上げた。
「……貴方が笑えば、国も笑うのです。」
遠く、王城の塔にある寝室の窓から、
青白い光がわずかに漏れている。
きっと、ヴェルティアがリオを包み込んだまま、
穏やかな眠りを見守っているのだろう。
女王はその光を見つめながら、
静かに呟いた。
「平和は、こういう日常の積み重ねで守られるものだから……。」
空を横切る霊波の光が流星のように尾を引いた。
王都の窓明かりは線でつながり、
新しい“世界の網”を描いている。
その中心で、猫の国は今日も穏やかに笑っていた。




