第22話「陸上防衛隊 ― アラカワ伝説」
陸上防衛隊 ― アラカワ伝説
平和の中の鍛錬-
朝霧のルミナシティ港。
白い艦影が静かに揺れ、猫の鳴き声が潮風に混じって響いていた。
新生エルミニア海上防衛艦隊と、URSから派遣された訓練支援艦。
両国の艦隊が並び、霊波通信を交わしながら対クラリアン訓練を続けている。
リオ首相は観測塔の窓越しにその光景を見て、満足げに息をついた。
「……海の守りは、これでひとまず安心だね。」
「ですが、陸の方はまだ整っていません。」
ヴェルティアの淡い光が傍らで揺れる。
リオは小さく頷いた。
「うん。――大地を守る足も、そろそろ動き出す時だ。」
新生エルミニア陸上防衛隊、始動
王都郊外、草原に設けられた新訓練基地。
旧世界から漂着した陸上自衛隊員や、王国の志願兵たちが列をなしていた。
号令が響く。
「整列――ッ!」
列の先頭に立つのは、若き男――ケイタ・アラカワ。
彼は整った隊列を見渡し、淡々と口を開いた。
「今日からここは、“新生エルミニア陸上防衛隊”だ。
海が国を包むなら、俺たちはその地面を支える。――それが俺たちの役目だ。」
その声には派手さはなかった。だが、静かな力があった。
しかし列の後方では、ささやきが交わされていた。
「……あいつ、元々ただの一般人だろ?」
「旧世界じゃ軍にも所属してなかったって聞くぜ。」
「戦争で名を上げたって言っても、運が良かっただけじゃ……」
アラカワの耳には届いていた。だが、彼は一言も返さなかった。
ただ、まっすぐ前を見て言う。
「訓練開始。走れ。」
特別訓練の提案
数日後。
訓練を見ていたマルティン副首相が、リオに報告する。
「陸上防衛隊内で、隊長の人事に不満を持つ者が少なくありません。」
リオは顎に手を当てた。
「ふむ……理屈で納得するような連中じゃなさそうだね。」
彼の背後で、ヴェルティアが静かに光を放つ。
「首相、アラカワ氏はそれを承知の上で沈黙しています。
おそらく――行動で示すつもりです。」
リオの口元に笑みが浮かぶ。
「……なら、見届けるだけだね。」
地平線を越える耐久行軍
数日後、陸上防衛隊は特別訓練を実施することになった。
内容は単純だった。
「――誰が王都から最も遠くまで走れるか」
この言葉に隊員達は盛り上がり、各々準備運動を始めた。
士気の高い隊員達を眺めながら、アラカワも準備を始める。
「ま、やってみるさ。俺は行動で示す男だ──。」
そう呟きながらアラカワが上着を脱ぎ捨てる。
するとそれを見た隊員達が騒ぎ立てる。
「ヒューッ、見ろよやつの筋肉を…。まるでハガネみてえだ!!こいつはやるかもしれねえ…」
「まさかよ、しかし現役陸自隊員には勝てねえぜ」
太陽が昇りきる前、百名以上の隊員が一斉に駆け出した。
砂塵が舞い上がり、霊灯の塔が遠ざかっていく。
先頭にはアラカワの姿。
彼の背筋は真っ直ぐで、足取りは一切乱れない。
最初の十キロ、誰もが同じペースで走った。
だが二十キロを過ぎた頃、誰かが舌打ちをする。
「くそっ……ペース早すぎだ!」
アラカワは振り返らない。
呼吸も変わらない。
まるで空気そのものと一体になっているかのようだった。
百キロの地平線
昼を越え、夕陽が傾く頃。
走り続ける影はもう数えるほどしかなかった。
「……おい、あの人……まだスピード落ちてねぇぞ。」
「人間じゃねぇ……。」
誰かが呟く。
霊術も、装備も使わない。ただの肉体。
だが、その肉体がすでに霊的な輝きを帯びていた。
走破距離――一〇〇キロメートルを突破。
最後に残った一人の隊員がふらつき、崩れ落ちた。
アラカワはすぐに振り返り、彼を抱き上げる。
「おい、大丈夫か……?」
返事はない。気を失っていた。
アラカワは一度空を見上げ、息を吐く。
「……なら、背負って帰るか。」
背中に隊員を担ぎ、再び走り出した。
沈む太陽を追うように、彼の足音が大地を打ち続けた。
夜の帰還
王都の門が見えた頃、夜の霊灯が一斉に灯った。
門兵が目を見張る。
「た、隊長――!? まさか、歩きじゃなくて……!?」
「走ってきた。」
アラカワは淡々と答える。
その背中には、気を失った部下が眠っていた。
そのまま医療班に引き渡し、隊員が運ばれていくのを見届けると、
彼はふっと笑って、その場に座り込んだ。
マルティン副首相が駆けつける。
「アラカワ君……君、一体どこまで走って……」
「さあな。数えちゃいない。」
月光が彼の額の汗を照らしていた。
その目は静かに燃えていた。
翌朝 ― 伝説の始まり
翌朝、訓練基地では誰もが同じ話をしていた。
「アラカワ隊長、部下を背負って百キロ走ったらしいぞ。」
「嘘だろ、化け物かよ……。」
「いや、あの人は――“人間”だよ。」
誰かがそう呟き、沈黙が広がる。
その沈黙は、敬意の証だった。
リオが微笑む。
「ね、ヴェルティア。言ったでしょ。“信頼は言葉じゃなく、背中で示すもの”って。」
「はい。アラカワ氏は、それを実証しました。」
王都の広場では、朝日が昇る。
その光を背に、陸上防衛隊の新しい旗が掲げられた。
旗の中央に刻まれた意匠――
それは、大地を駆ける一つの足跡。
その下に小さく刻まれた言葉。
『走り続ける者こそ、国を支える』
【エピローグ】
その日から、陸上防衛隊の訓練場には一つの伝説が残る。
「どんな任務も、アラカワ隊長が先頭を走る。」
彼の走った道は今も、王都の南にまっすぐ続いている。
それは霊的な光を帯びた一本の道となり――
人々はそれを、“アラカワ街道”と呼んだ。




