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第19話「春、再び空を見上げて」

春、再び空を見上げて




春の会議 ― 王国の息吹



春。

ルミナシティの街路を覆っていた雪はすっかり消え、

港の猫たちは陽だまりを追いかけて石畳を転げ回っていた。

王城の中庭にも小さな花が咲き始め、霊灯の光が淡く春色に染まる。

王都の猫神社では、巫女がお茶を飲みながら

「ぷはーっ、今日もいい天気☆」などと呟いているかもしれない。


会議室の窓を開けると、柔らかな風がカーテンを揺らした。

リオは机に頬杖をついて、外の景色をぼんやりと眺めていた。


「春だねぇ。」

「そうですね。」とヴェルティアの声。

「季節変化による国民幸福指数、四・二ポイント上昇しています。」

「えらく正確だねぇ……。」


マルティン副首相が咳払いをして、

「……首相、会議を始めてもよろしいでしょうか。」


「もちろん。ボクだって真面目にやるよ。」

リオは笑って姿勢を正した。

机の上には、エルミニア島各地から届いた報告書が積まれている。



王国発展の成果



まず報告に立ったのは、高城博士。

白衣の袖を軽く整えながら、落ち着いた声で言う。


「クラリウム安定化技術の改良により、

 “E/Eコンバータ”の変換効率が大幅に向上しました。

 これで、霊力を電力へ変換する家庭用設備としての運用が可能になります。」


会議室にざわめきが走る。


レアが資料をめくりながら頷いた。

「つまり……外部発電所から電力を引かなくても、

 発霊所(エーテルジェネレータを軸としたエネルギープラント)の余剰霊力を家庭に分配できるってことね。」

「ええ。エネルギーそのものを生み出すわけではありませんが、

 より無駄のない循環が実現できます。」


高城博士がさらに続ける。

「さらに、エーテルコンデンサーの実用化の目途が立ちました。エーテルジェネレータに比べて小型化が可能であり、エーテルの補充が必要なものの、自動車用などの携帯型の霊力源として有効活用出来るかと思われます。」


リオはにこりと笑った。

「やっとだね。

 “光を分け合う国”――ボクたちの理想に、また一歩近づいた。」


高城博士は微笑しながら、ふと窓の外を見た。

「春ですね……。

 長い冬が終わっても、人は光を求め続けるものです。」


マルティンが小さく咳払いをして、

「……詩的な表現は結構ですが、博士、要約を。」

「簡単に言えば、電力インフラの最適化が完了しました。」


会議室に笑いが広がる。

窓辺の猫が「にゃー」と鳴き、まるで同意するように尻尾を振った。



エルミナ艦の進捗と命名



続いて報告に立ったのは、ハル・ヴェント技監。

彼は分厚い設計図を広げながら言った。


「オルフェウス工廠での艦体再構築は順調です。

 現時点で八割方、外装が復元されました。

 艦の識別名は――“エルミナ”。」


その名を聞いた瞬間、

会議室が静まり返る。


シャーロット女王が目を閉じ、静かに言葉を紡ぐ。

「光翼の女神……。

 この国の象徴にふさわしい名ですわ。」


リオは頷いた。

「この艦が空を取り戻す日が来たら、

 きっとみんなの希望になる。」


高城博士が書類を閉じ、穏やかに言った。

「理論的にも、霊核炉は安定しています。

 あと半年もすれば――彼女は再び、空を翔べるでしょう。」


「推定離陸時期、約一八〇日後。

 再起動確率八六パーセント。」

ヴェリティアが報告する。


「それってつまり、“行ける”ってことだね。」

「……楽観的解釈ですが、はい。」


会議室に再び笑いが広がる。

外では鳥たちが鳴き、春風が窓から流れ込んできた。



静寂の中の警報



その穏やかな空気を、

突然の通信音が切り裂いた。


「緊急通報! 港湾監視網より報告――

 エルミニア島西方沖に、未確認艦隊接近!」


全員が顔を上げた。

ヴェルティアのPDSが展開され、立体映像に複数の艦影が浮かび上がる。


「識別不能。艦体構造は金属装甲、現代的外観。エーテル波反応、極めて低い……通常推進艦です。」とヴェルティアが報告した。


マルティンが息を呑み、「まさか、他国の偵察……?」とつぶやく。

「待って、通信波形を」とリオが制し、ヴェルティアが即座に解析を始めた。


ノイズの中から、明確な言葉が混じる。


『こちら、海上自衛隊第七護衛隊群旗艦“いずも”。

 本艦含む数隻、次元事象に巻き込まれ漂流。

 民間人多数を収容、燃料・食料・医薬品の補給を要請する。

 友好を希求する――』


アラカワが息をのんだ。

高城博士が目を見開く。

「……海上自衛隊? あの旗がまだ、ここに……。」



港湾通信 ― 迷子たちの声



「通信は俺が受ける。」

アラカワが短く言って、受話器を取った。

「こちら新生エルミニア王国、港湾統制局。要請を受領した。

 あなた方の安全と民間人の保護を最優先する。

 これより入港手順を送信する。速力を落とし、指示航路に乗ってくれ。」


数秒後、返答が届く。


『了解。ご対応、感謝します。……ありがとう。』


シャーロットがほっと息をつき、

「迷子が、やっと灯りを見つけたのですね。」

「港へ行こう。迎えるのは、国の顔であるべきだ。」



上陸許可 ― 春風の決断



港の高台。

春霞の向こう、灰色の巨影が姿を現す。

全通飛行甲板を持つ旗艦、その後ろに数隻の護衛艦。

船体の側面には、長旅の傷と塩の白い筋が刻まれていた。


リオは携帯用送話器を取り、低くはっきりと告げる。


「こちら新生エルミニア王国首相、リオ・ファルクレスト。

 あなた方の入港を許可する。

 桟橋に医療と補給を用意した。どうか安心して、ゆっくり来てほしい。」


高城博士は眼鏡を外し、海風に目を細めた。

「……ようこそ、別の春へ。」



港 ― 異なる空の下の握手



汽笛が短く鳴り、タグボートに導かれて巨艦が回頭する。

甲板の縁には避難民らしき人影が並び、手を振る子どもに、岸壁の猫が尻尾で応えた。


最初にタラップを降りて来たのは、制帽の艦長。

敬礼の角度はきりりと正確で、その声は擦れていた。


「海上自衛隊“いずも”艦長――補給と、民間人の保護をお願いしたい」


リオも胸に手を当て、エルミニア式の礼で応える。

その瞬間、艦長の動きが一瞬だけ止まった。


猫耳が陽光を受けて、ふわりと揺れたのだ。


「……失礼、あなたが……首相、ですか?」

「うん。リオ・ファルクレスト。よろしくね。」


まるで日常会話のような柔らかい声。

それだけで、艦長の張り詰めていた表情がわずかに緩む。


「……なんとも……ずいぶん、平和そうな国の首相だ。」

「よく言われるよ。でも平和って、こういう空気から作るものだからね。」


周囲の将兵たちも、最初の警戒姿勢をゆっくりと解く。

子どもたちの視線も、黒猫を追うようにリオへ向けられた。


リオは微笑みながら言う。

「エルミニアへようこそ。ここでは、空も国境も少し不思議なんだ。

……でも、同盟の意志はとても普通だよ。」



検疫班が手際よく乗員の健康状態を確認し、

医療班が搬送を始める。ヴェルティアのPDSが簡易スクリーニングを重ね、

「クラリアン感染反応、陰性。隔離は不要。疲労と脱水が主症状です」


高城博士がすぐ補給計画に入る。

「真水・高カロリー食・医薬品、優先順位A。

 燃料は、我々が保有しているURS輸入の艦船用軽油を分配します。

 備蓄量は限られていますが、往復航続分は確保可能です。」


艦長が深く頭を下げる。

「助かります……燃料さえあれば、発電も再稼働できます。」

リオが笑って肩をすくめる。

「お互い、燃料には苦労してるってことだね。」

「科学の世界では、油も血液も同じようなものですよ。」


桟橋に立つシャーロットが、避難民の少女に膝をついて微笑む。

「大丈夫。温かいスープと、柔らかな毛布をご用意しています」

少女の隣、ずっと黙っていた黒猫が「にゃ」と鳴いた。

少女はようやく表情を緩め、「ありがとう」と小さく答える。


リオは海を見やり、春の風を吸い込む。

「……ようこそ、エルミニアへ。ここから先は、一緒に考えよう」

艦長は空を仰いだ。「あなた方は、この空をなんと呼ぶ?」

リオは少し考えて――笑った。

「“再会の空”。迷子がまた会える空だよ」



小さな後日談(港の片隅)



作業が一段落した頃、岸壁の陰で猫が一匹、丸くなっていた。

アラカワがそっと近づき、掌を差し出す。

「……長い旅だったな。」

猫は一度だけ彼の指に鼻先を寄せ、それから港の陽だまりへ走っていった。


高城博士が並んで立つ。「人も船も、同じだね」

アラカワは苦笑した。「猫の方が、たぶん強いさ」

遠く、タグがもう一度だけ汽笛を鳴らした。

春の港に、穏やかな音が広がっていく。



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