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第1話「王女と猫まみれの国?」

王女と猫まみれの国?




リオ達一行は、幾つもの荒野と廃都を越えて――

ようやく目的地、新生エルミニア王国へと辿り着いた。


港町に降り立つと、潮風と共に穏やかな空気が流れ込む。

そこには、戦乱の名残を感じさせない、不思議な静けさがあった。


翼のついた黄色い日の丸に猫耳がついたような、

どこか冗談めいた国旗が港の上で風にはためいている。

街では猫がのんびりと歩き、人々はそれを見ても気にも留めない。

どうやらこの国では、それが日常らしい。


「……なんだこの国。猫率高すぎないか?」

「リオ様、どうやら“国の象徴”らしいですよ。可愛いですね」

「いや、可愛いとかそういう問題じゃないと思うけど……」

「にゃー(通行猫)」

「……おい、今、返事したぞ?」

「気のせいですよ。たぶん」

「絶対気のせいじゃねぇ!」


そんな軽口を交わしながら、三人は港の坂道を登っていく。


融合世界が誕生してから、まだ百年も経っていない。

かつての文明はほとんど崩壊し、人々はようやく再び都市を築き始めたばかりだった。


一部の大国では旧時代の機械技術を再現し、

電気や蒸気機関を使った文明の再構築が進みつつある。


だが――このエルミニア王国だけは、

どこか時間の流れが遅いように見えた。


王都ルミナシティでさえ、舗装路はまだ少なく、

街のあちこちには馬車と自転車が混在して走る。

瓦屋根の家々が並び、煙突から上がる白い煙が青空に漂っていた。


それでも、空は澄み渡り、街は穏やかだった。

戦火に焼かれた他国とは違い、ここには――

人の営みそのものが、まだ息づいていた。


そしてこの国が、後に世界でも有数の技術大国へとのし上がることを、

この時、誰も――まだ、知らなかった。



王女の帰還



石畳の坂を登りきると、王都ルミナシティの街並みが広がった。

遠くには白い城壁と尖塔。

その上を、猫の形をした旗が穏やかに風に揺らしている。


「……王国、って感じだな」

「思ってたより小さいですけどね」

「まぁ、のんびりしてる分、悪くないさ」


リオたちは笑いながら城門の前に立った。

旅装のままのシャーロットが一歩前に出ると、

衛兵たちは訝しげな表情を浮かべた。


「ごめんなさい。通していただけますか? わたくしは――」

「……ん? お嬢さん、観光かい?」

「いいえ。わたくしは、この国の王女、シャーロット・エルミニアです。」


一瞬、空気が止まる。

次に返ってきたのは、困ったような笑い声だった。


「は、ははっ……またか。最近、“王女”を名乗る旅人が多くてね。

 昨日も二人来たぞ。」


「……リオ様、やっぱり信じてもらえませんね。」

「そりゃそうだろ……そんなボロ服で言われても。」

「失礼ですね、アラカワさん。」


衛兵は頭をかきながらため息をついた。

だがその瞬間、シャーロットが胸元から何かを取り出した。


虹の光が、彼女の指先を包み込む。

小ぶりなペンダント。透明な鉱石の中で、小さなオーロラが渦を巻いていた。


「……それは……?」

「エルミニア王家に代々伝わる証です。」


衛兵たちは息を呑む。

光は一瞬だけ強く脈動し、空気を震わせた。

まるで“心臓が鼓動している”ような生きた輝き。


奥から老宰相グランツが駆け寄る。

「――その光……まさか……! 殿下……!」


彼は膝をつき、深く頭を垂れた。

周囲の兵たちも次々と跪き、静寂の中にざわめきが広がる。


リオとアラカワは顔を見合わせた。

「……え、マジで本物だったのか?」

「……ああ。どうやらマジらしい。」


その時、リオの服――黒いジャケットの胸元に埋め込まれた紋章が微かに光った。

布地が淡い青白い光を帯び、そこから澄んだ声が響く。


「うるさいですね、リオ様。」


少女のような声。

それは衣服の一部から発せられているのに、不思議と“生きた存在”の気配があった。


アラカワが片眉を上げる。

「……また喋ったな、それ。お前の服、AI入りなんだっけ?」

「ヴェルティアだよ。古い装備だけど、こいつがいなかったら生き残れなかった。」


リオは軽く胸を叩く。

すると生地の光が脈打ち、まるで小さく頷いたように見えた。


ヴェルティア――

リオが旅の初めから身にまとっている、旧時代のウェアラブルアームズ(WA)。

衣服のように見えるが、AIが内蔵され、自ら思考し、彼と会話する“もう一人の仲間”。


金属でも機械でもなく、まるで“心を持つ衣”のように。


やがて鐘が鳴り響く。

王都のすべての塔が、それに応えるように音を重ねた。


王女、帰還す。


その知らせは瞬く間に城内を、そして国中を駆け抜けていく。


この瞬間から、エルミニア王国の運命は静かに動き始める。

リオ達がまだ知らないところで――

王国の“未来”を決める歯車が、ゆっくりと回り出していた。




王女の謁見 ― 失われた王冠 ―



王城アルトリア。

白い石壁が陽光を反射し、塔の先端で猫の旗が風を受けて揺れている。

城下の喧騒とは打って変わって、ここには静かな時間が流れていた。


大理石の階段を上ると、壮麗な扉の奥に広がる謁見の間。

玉座の上には埃ひとつなく、けれど――その椅子は長く空のままだった。


「……この椅子、誰も座っていないのか?」

リオが小声で問うと、宰相グランツがゆっくり頷いた。


「はい。先王陛下の崩御の折、我々は決めたのです。

 “姫殿下が戻られるその日まで、この玉座は空のままとする”と。」


老宰相の瞳は潤み、声が震えていた。

彼の視線の先で、シャーロットはまっすぐに玉座を見つめていた。


「……お父様。エルミニアは、まだ……生きています。」


静かに呟くその声に、

リオもアラカワも、思わず息を飲んだ。


「……さてと。」

リオが背伸びをして肩を回す。

「依頼はこれで完了だな。王女を無事に送り届けた。任務完了っと。」

「お疲れさまでした、リオ様。」

「ありがとう、ヴェルティア。」

「うるさいですね……。」


アラカワが口笛を吹く。

「さ、帰るか。飯でも食って寝ようぜ。猫多いし癒やされたしな。」

「だね。にゃーにゃー鳴く国とは思わなかったけど。」


二人が揃って城門のほうを向いた瞬間、

シャーロットが慌てて駆け寄ってきた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「ん?」

「ま、待ってください! 行ってしまわれるのですか!?」

「いや、だって依頼は終わったし……」

「そ、そんな! まだお礼も申し上げておりませんし!」

「いえいえ、お気持ちだけで結構です!」

「だめです! せめて、お茶だけでも!」


必死にリオの腕を掴むシャーロット。

その勢いにリオがたじろぎ、アラカワが吹き出した。


「姫さん、顔真っ赤ですよ。」

「そ、そういう問題ではありませんっ!」

「リオ様、逃げても無駄です。」ヴェルティアの冷静な声。


「にゃー」

「ほら、この猫ちゃんも皆が行っちゃうと寂しいって言ってます!」

と、そのへんにいた猫を拾い上げてシャーロットが抱き上げていた。



グランツが咳払いをし、柔らかく笑った。

「殿下、恩人をもてなさずに帰すなど、王家の恥にございます。

 さあ、客間の用意を。晩餐の支度を。」


「……あー、逃げ場ないっすね。」アラカワが頭をかく。

「おいヴェルティア、断る口実とかない?」

「ありません。強制参加です。」

「しょうがないなぁ…」


リオは肩を落とし、

シャーロットは安堵の笑みを浮かべた。


こうして“護衛の依頼”は終わり、

代わりに“運命の同居生活”が始まった。


この日、王女は王国に戻り、旅人たちは居場所を得た。


そして――世界は再び、変わり始める。




王女の晩餐 ― 再会の灯 ―



夜のアルトリア城は、昼とは違う静けさに包まれていた。

大理石の廊下を照らすランプの光が、赤い絨毯に柔らかく揺らめく。

リオとアラカワは、落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見回していた。


「……なあ、アラカワ。これ、ほんとに晩飯だけだよな?」

「さあ? 王様の晩飯なんて食ったことないし。」

「緊張して食えない気がする。」

「俺も。あと、猫が多い。」

「それはもうこの国の仕様だろ……」


壁際の棚には、なぜか猫の置物がずらりと並んでいる。

座席の脇には生きた猫が一匹、堂々と座っていた。

まるでこの城では、人と猫の区別すらあいまいだった。


「お待たせいたしました。」


扉が開き、宰相グランツが姿を現す。

その後ろから、礼装に身を包んだシャーロットが入ってきた。

旅の間とは打って変わって、王女としての風格をまとい、

それでも微笑みは変わらず柔らかかった。


「リオ様、アラカワ様。改めて……本当に、ありがとうございました。」

「い、いえ! そんな、大したことは……」

リオが慌てて立ち上がる。

「というか、“様”って呼ぶなー!なんかむずむずする!」

「そうですか? では、リオさん、アラカワさんで。」

「うん、それでいいの!」


アラカワはにやりと笑った。

「姫さん、王女モードも板についてきたな。」

「ふふ……がんばって“それっぽく”しているだけです。」


晩餐の料理は、素朴でありながらどこか温かみがあった。

地元の食材を使ったスープ、焼き魚、そして名物の“猫舌パイ”。

(名前の由来は誰も知らないが、やたら熱い。)


リオが一口かじって舌を火傷しそうになる。

「……あっつ!」

「だから猫舌パイって言うんですよ、リオ様。」

「……ヴェルティア、そういうことはもっと早く言って!」

「忠告は三秒前にしました。」

「えぇっ!?」

「聞いてませんでしたね。うるさいです。」


シャーロットがくすくすと笑い、グランツが穏やかに頷く。


「……殿下。ようやく、この城に笑い声が戻りましたな。」

「ええ……この音が、わたくしにとっての“帰る場所”なのだと、思います。」


食事が進むにつれ、空気は和らぎ、

リオもアラカワもようやく表情をほぐした。


リオはふと、奥の壁に描かれた一枚の大きな絵に目を留めた。

それは、眩い光の翼を広げた女神が夜空を翔ける姿だった。

白銀の筆致で描かれたその翼は、まるで本当に光を放っているかのように見えた。


「この絵……何ですか?」

リオが小さく呟くと、グランツ宰相が穏やかな笑みを浮かべた。

「それは、我が国に古くから伝わる“光翼神話”を描いたものです。」


宰相は静かにワイングラスを置き、語り始めた。


「かつて、世界は一つでございました。

 その世界で人々は平和に暮らし、天を超え、神の領域すらも支配に治めていたと伝えられます。

 しかしある時――“蛇の女神”が現れ、人々の心を縛り、世界を支配したのです。

 蛇の女神の支配は瞬く間に広がり、やがて世界は闇に覆われました。」


そこまで語ると、宰相は壁の女神を見上げる。

灯の明かりに反射した翼の絵が、淡く揺れている。


「そんな絶望の中に現れたのが、“光の翼を持つもう一人の女神”――

 彼女は人々のために立ち上がり、蛇の女神に挑んだのです。

 戦いは凄惨を極め、最後には両者ともに命を落としたと言われています。

 そして、世界もまたその戦いに巻き込まれ、崩壊しました。」


シャーロットが静かに息をのむ。

宰相の声は、どこか祈りを含んだ響きを帯びていた。


「しかし、光翼の女神は死の間際、世界の再生を願い――“命の種”を大地へとばら撒いたのです。

 その種こそが、我々の祖先となった。

 ……これが、古きよりエルミニアに伝わる“光翼神話”でございます。」


リオは再び壁画を見上げた。

女神の描かれた瞳が、まるで何かを託すように光を宿していた。

彼の胸の奥で、まだ名も知らぬ何かが小さく震えた。


「……案外、悪くない晩飯だったな。」

「これで猫さえ少なければ完璧ですね。」

「にゃー(抗議)」

「おっと、聞こえてた。」


笑い声の中で、ヴェルティアの声だけが小さく響いた。


「リオ様。……この国、少し、温かいですね。」

「ん? どうした急に。」

「よくわかりません。ただ、データにない“安心”を感じます。」

「……そうか。」


リオはそっとグラスを掲げた。

彼にとっても、この旅路で初めて心から“落ち着ける場所”だった。


その夜。

宴が終わり、灯りが消えたあとも、

王城のどこかでは猫の鳴き声と人々の笑い声が微かに響いていた。


世界はまだ混沌の中にあった。

それでも、ここには確かに――ひとつの“希望”が灯っていた。


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