第15話「歌う遺跡 ― 海に眠る翼」
歌う遺跡 ― 海に眠る翼
会議と猫
王立議事堂の執務会議室。
報告官が霊波地図を広げ、声を張り上げていた。
「ローレン湾沿岸にて霊波異常を確認しました。
波の共鳴により、“まるで海が歌っている”との報告が――」
その瞬間、机の上にふわりと灰色の毛玉が飛び乗った。
「にゃー。」
猫だった。
堂々と報告資料の上を横断し、リオの前に座り込む。
「おっと、君も会議に出たいの?」
「……首相、猫は議決権を持ちません。」
「えー? この国ではほぼ持ってるようなもんでしょ?」
議事堂の空気が一瞬だけ和らぐ。
シャーロット女王が微笑んだ。
「ふふ、猫が集まるところに運がある――昔からそう言われますわ。」
猫は地図の上を歩き、肉球で「歌う海域」を踏んで止まった。
リオは嬉しそうに笑う。
「……決まりだね。猫も行けって言ってる。」
「今のは“にゃー”だけでしたけど!?」
ローレン湾 ― 歌う海
王国調査団が海岸に到着した頃、夕陽が湾を赤く染めていた。
潮風が頬を撫で、どこか懐かしい旋律のような音が風に混じっている。
ハル・ヴェント技監が腕を組み、海を見渡す。
「……妙だな。波の音じゃねぇ。」
ヴェルティアのホログラムが宙に浮かび上がる。
「霊波共鳴反応を検出。周期は正確に一〇・二秒――人工波形です。」
ミーナが目を輝かせた。
「やっぱり“海が歌ってる”んですよ!」
「うん、でもこれ歌というより……低音のバスだな。」
アラカワが感想を述べる。
「つまり、海が真面目な歌を歌ってるってことだね。」
「首相、冗談言ってる場合じゃ……」
ハルがリオに言いかけると、
「だって、こういう時の方がワクワクするでしょ?」
リオは目を輝かせて海を見渡す。
潮が引き始めた時、岩場の隙間から金属の光が覗いた。
ヴェルティアのスキャンが青い光を放つ。
「……構造体検出。全長二百五十メートル。艦形状を確認。」
「船? いや、これは……空を泳ぐための形だ。」
リオがPDSで表示された構造体を見つめて首を傾げた。
潮騒の中、低い旋律が再び鳴る。
ミーナが呟く。
「……本当に、歌ってる。」
遺跡内部 ― 共鳴の声
翌朝、干潮を待って調査隊が遺跡内部へと侵入した。
通路は滑らかで、有機的な曲線を描いている。ハルが壁を軽く叩き、顔をしかめた。
「……硬ぇ。金属かと思ったが、なんか温かいぞ。」
横でレア・クローヴァが即座にメモを取る。
「内部温度、外気より二度高い。……まるで体温ね」
と記す。
その刹那、遺跡全体にノイズが走った。
『……主……識別中……』
全員が一斉に身構える。
「え、誰か喋った!?」
リオが声を漏らす。
ヴェルティアはすぐさま解析に入る。
「通信反応確認。霊波コード、私の構造と類似」
「まさか、ヴェルティアの“親戚”か?」
アラカワが眉を上げて周りを見渡す。
「いえ、先祖かもしれませんね」
とレアは静かに返す。
それを聞いてハルは肩をすくめた。
「血縁関係あるAIってなんだよ」
静寂ののち、微かな声が再び、遺跡の奥から沁み出すように響いた。
『我が名は…………』
ヴェルティアが小さく息を呑む。
「……この艦、まだ生きています。」
リオは目を輝かせた。
「生きてる船か。……面白いじゃないか。」
王城報告会議 ― 工廠の決定
数日後。
王城ルミナシティの会議室。
再び猫が机の上に陣取っていた。
「……首相、また猫を連れてきましたね。」
机の上の猫を訝しそうに見つめながらマルティンが腕を組む。
「違うよ。猫が勝手に来るんだよ。人気者だから。」
「にゃー」
「反論された!?」
シャーロット女王は笑いを堪えながら、リオに促す。
「それで、あの遺跡についてのご意見を。」
「はい。あれは壊すんじゃなくて――動かすべきです。」
「動かす?」
「ええ。ローレン湾は天然のドックです。
そこを基盤に“造艦拠点”を作るべきです。」
レアが投影したデータが宙に浮かぶ。
「地形も安定しています。潮流も穏やか。あの艦をそのまま利用すれば、工廠として理想的です。」と彼女が報告する。
「首相……つまり、湾ごと船造りを始める、と?」とマルティンが眉をひそめる。
「うん。ついでに猫の昼寝場も確保しておこう。」とリオが笑った。
「……誰が整備費の計算をすると思ってるんですか。」
「マルティンでしょ?」とリオが即答する。
「正解ですが納得いきません!」とマルティンが肩を落とした。
シャーロットが軽く咳払いをして笑みを浮かべる。
「……では、王国として“オルフェウス工廠”を設立します。」
遺跡発掘と技術者の苦悩
オルフェウス工廠の設立が正式に決まった翌日。
リオは発掘班と技術局の代表たちを呼び出し、
古代遺跡の調査計画について打ち合わせを行っていた。
会議室には、エルミニア出身の技術者に加えて、
転移してきた日本人技術者たちの姿もあった。
彼らはかつて地球の最先端工業地帯で働いていた者ばかりで、
新王国の技術基盤を支える中核でもあった。
だが――その場の空気は重かった。
「リオ首相、いくらなんでも“一か月で遺跡の完全発掘”なんて無茶ですって……!」
発掘班の主任が額を押さえながら言った。
「そもそも遺跡の内部構造が不明ですし、
地盤も不安定です。安全確保だけで半月は――」
リオは椅子に座ったまま、腕を組んで首を傾げた。
そして、わざとらしくため息をつく。
「ふーん。出来ないのか。そうかぁ……じゃあ仕方ないなぁ。」
背を向けながら、わざと独り言のように続けた。
「日本の技術は、元の世界で一番だって聞いてたけど……“出来ない”のかぁ。」
その瞬間、静まり返った室内に“ビキッ”という音が聞こえた気がした。
代表の技師がガタッと立ち上がる。
「出来らぁっ!!」
突然の怒声にリオが振り返る。
「うん?」
代表の目が炎のように燃えていた。
「一か月で遺跡の完全発掘をしてみせるって言ったんだ!」
リオは口角を上げてニヤリと笑った。
「へぇ~面白いじゃないか。」
そのやり取りを他の技師が止めに入る。
「いや代表は発掘のことになるとすぐムキになるんです!すみません代表にかわってあやまります!!」
「ふふふ、そうはいかないよ。」
「仮にも国家の首相に対して啖呵を切ったんだ。」
リオはさらに続ける。
「こりゃあどうしても一か月で遺跡の完全発掘をやってもらおうじゃないか。」
次の瞬間、会議室にいた他の技術者たちが一斉に青ざめた。
「えっ!!一か月で遺跡の完全発掘を!?」
こうして、ローレン湾の古代遺跡発掘は――
史上最速、怒涛の一か月工程で進むことになったのだった。
夜の海
夜のローレン湾。
作業灯が波を照らし、海面には青白い光が漂う。
遺跡の艦体が、まるで息をしているように脈打っていた。
ミーナが小声で言う。
「今日も、海が歌ってます。」
リオは風に耳を傾け、そっと微笑んだ。
「……きっとこの歌は、空を思い出してるんだ。」
「空、ですか。」
「そう。あの艦、きっとまた飛びたいんだよ。」
ヴェルティアが一瞬だけ柔らかく光る。
「その時は……私も一緒に歌います。」
波が打ち寄せ、月光が遺跡の翼に反射した。
遠くでまた「にゃー」という声が響く。どこからか迷い猫が現れ、遺跡の上で丸くなって眠っていた。
「ふふ、ほら見て。もう猫が陣取ってる。」とリオが笑う。
ミーナは小さく微笑んで、「きっとあの子が、この艦の最初の乗員ですね」とつぶやいた。
「……なら、乗員番号“にゃん番”だね」とリオが続けると、アラカワがすかさず「やめろ」と短く返した。
海風が笑いをさらっていった。
そして、遺跡は静かに光を放ち続けた。
――古代の夢が、再び空へと還る。




