第13話「王都の昼下がり ― 市民たちの声」
王都の昼下がり ― 市民たちの声
王都ルミナシティの中央市場。
昼の陽光が屋根瓦に反射し、路地の影をくっきりと描いていた。
石畳の道の両側には屋台が並び、
果物、野菜、パン、魚……
活気のある声があちこちから飛んでくる。
この国は戦火を知らない。
大戦の波は遠くの大陸で起こったもので、
エルミニアは長く辺境の小国として、
政治の混乱だけを静かに乗り越えてきた。
だからこそ――
市民は意外なほどのんびりしている。
八百屋の主人と噂話
「なぁ聞いたか? 今日、市場に猫耳の首相が来たらしいぞ」
八百屋の主人が、トマトの箱を並べながら言った。
「またその話かよ」
隣の露店で鍛冶屋の青年が苦笑する。
「いや本当らしいんだ。
ちっこい子どもみたいで、しっぽがふわふわで……」
「おいおい、そんな奴が本当に首相なのか?」
「本当なんだって! あの子が王女様を助けて、
前の政権のゴタゴタをまとめたんだとよ」
鍛冶屋は腕を組む。
「まぁ、平和ならそれでいいけどな。
しっぽがどうとかはどうでもいいが……
――税金が上がらなきゃ文句はねぇ」
「お前はいつも税金の話しかしないな」
八百屋主人が笑う。
道を走っていた子どもたちが、ぱっと振り向いた。
「見たよ!さっき!市場にいたよ!」
「しっぽがね、もふもふってしてた!」
「かわいかったー!!」
八百屋主人と鍛冶屋は、顔を見合わせた。
「……子どもウケだけは完璧らしいな」
「政治家としてどうなんだ、それ」
二人は同時に吹き出した。
年配女性と雑貨屋の店主
そのすぐ先、雑貨屋の軒先では、
年配の女性が布製の袋を検品していた。
「猫耳の首相さん? あらまぁ可愛いじゃないの」
女性はほっこり笑っている。
店主の少女は、あきれ顔で言った。
「おばさん、政治に“可愛い”は関係ないですよ」
「関係あるわよ。
あんな子が街を歩いてるだけで、なんだか嬉しくなるじゃない」
少女は肩をすくめる。
「うちの国、戦争は無かったけど、
転移や合併で色々大変だったでしょう。
首相には働いてもらわないと」
「そりゃそうだけどねぇ。
でもね、優しそうな首相って悪くないと思うのよ」
少女はちょっと考えて、
「……まぁ、優しそうではありますね」
「でしょ?」
二人は目を合わせて笑った。
レヴァリア移民の男
そこへ、異国風の服を着た大柄な男が近づいてきた。
レヴァリアから移り住んだ移民らしい。
「猫耳の少年が、首相なのだろう?」
彼は穏やかな声で言う。
少女が不思議そうに聞いた。
「どこで知ったんです?」
「市場で見かけた。
子どもに囲まれて少し恥ずかしそうにしていたが、
……目が、とても優しい目をしていた」
年配女性も相槌を打つ。
「やっぱり優しいのねぇ」
移民の男は静かに続ける。
「わたしたちがこの国に来たばかりの頃、
彼は“誰も拒まない”と言ってくれた。
あれは政治家の言葉ではなかった。
あの子自身の言葉だ」
少女は意外そうに目を見開いた。
「……本当に、そんなことを?」
「ええ。だから、わたしは信じているよ」
男は優しく笑った。
市民の証言と勝手に膨らむ噂
そのとき、魚屋の老爺が加わった。
「なんだなんだ、首相の噂か?
今日、ワシも見たぞ! 定食屋でメシ食ってた!」
「えっ、ほんとに?」
「魚食って『おいしい』って言ってた!
いい子だ!」
「他には!? なんかしてた!?」
「梅干し食って顔をくしゃってしてた!」
みんなが笑う。
「想像できる……!」
「可愛いにもほどがあるな」
そこへ、子どもたちが再び駆け寄ってきた。
「さっきの猫耳のお兄ちゃんね、
なんかね、ヴェルティア?って言ってた!」
少女が首をかしげる。
「ヴェルティアって、首相が着てる服のAIの……?」
「うん! なんか喋ってた!」
老爺は鼻を鳴らす。
「なんだなんだ。
猫耳首相と喋るAI……
なんか物語みてぇだな!」
みんなが笑い声を上げた。
市民たちの“本音”
笑いが収まると、八百屋主人がぽつりと言った。
「……まぁ、戦争は無かったとはいえ、
あの政治の混乱で大変だったのも事実だ。
国が落ち着いてきたのは、首相のおかげかもしれん」
鍛冶屋の青年も続ける。
「最近、仕事が増えたんだよな。
この国、少しずつ元気になってきてる」
年配女性は優しい声で言った。
「わたしはね、あの子が首相でよかったと思うのよ。
だって――あんなに嬉しそうに市場を歩いてたもの」
少女がうなずく。
「……うちの国、これからもっと明るくなるといいですね」
移民の男が静かに言う。
「大戦を知らないこの国だからこそ、
守るべきものがある。
あの少年は、きっとそれを分かっている」
みんなが同意した。
そして、通り過ぎる影
そのとき――
フードを深くかぶり、
魚の包みを抱えた小柄な少年が市場を通り抜けた。
誰も気づかない。
ただ一人、子どもだけがその姿を見つけて手を振る。
リオは、少し驚いた顔でその子を見て、
照れくさそうに小さく手を振り返した。
市民たちが語る声を背に、
リオはそっとつぶやいた。
「……ボク、がんばらないとな」
その声は昼下がりの風に溶け、
王都の喧騒に静かに消えていった。
やがて、王城の方向へ足を向ける。
――この国の未来は、まだ始まったばかりだ。




