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第12話「猫耳の王都散歩」

猫耳の王都散歩




首相、公務をサボる



午前十時。

王立議事堂の執務室には、書類の山と、ため息をつく一人の猫耳がいた。


「……多い。多すぎる。」

机に突っ伏すのは、エルミニア王国首相、リオ・ファルクレスト。


積み上がった予算案、輸送協定、クラリウム製品の安全基準書。

そして――それを横目で見ながら、きっちり眼鏡をかけた副首相が一人。


「……首相、また机の下に隠れないでください。」

「いやぁ、マルティン。ちょっとだけ気分転換を……」

「前回の“ちょっと”で丸一日戻らなかったでしょう。」

「今回は二時間以内には戻るよ!」

「――フラグです。」


マルティン・クレイヴ副首相は、長いため息をついた。

その間にリオは書類を束ねるふりをして、椅子の陰にスッと消える。

そして――リオは消失した。



「……やっぱり行きましたね。」マルティンが頭を抱える。



王都ルミナシティの朝



街に出ると、風が柔らかく頬を撫でた。

舗装された大通りには街灯が並び、

青白い光が昼でもかすかに脈動している。


王国は急速な発展を遂げていた。

あまりの発展の早さに、在エルミニアのレヴァリア人からも、


「超スピード!?」

「どういうことなの(困惑)」

「歪みねえな(称賛)」


などの声があがっているほどだ。


人々の服装も、どこか近代的だ。

金属ボタンの制服を着た学生たちが笑いながら走り、

商人たちはトラックに積んだ商品を運んでいる。


リオはフードを深く被り、耳をぴくぴく動かした。

「……やっぱり王都は変わったね。昔は灯りが油だけだったのに。」


通りの角には、「猫横断注意」の標識。

標識の横で足を止めたリオは、視線を地面に落とした。


「……ん?」


道路の端に、猫が3匹並んで座っていた。

茶トラ、黒猫、ハチワレ。

横一列に整列し、まるで兵隊のようにじっと前を見つめている。


信号が青になると――


てててて……(隊列を組んで横断)


通りの人々が笑顔で見守る。


「ほんとにちゃんと待ってるんだ……!」


「この辺の猫は賢いんですよ」と通りがかりの女性が笑った。


ヴェルティアが淡々と付け加える。


「観察結果。

 王都の猫たちは“信号の色と車の停止”を学習しているようです。」


「え、学習!?

 ボクより社会性あるんじゃ……」


「その可能性は否定しきれません。」


「否定してよ!」


通り全体がくすっと笑いに包まれ、

リオのしっぽが小さく揺れた。



クラリウムの民間利用?



市場へ続く坂道を下っていると、

通りに簡易屋台が並んでいた。


「クラリウム・ペンライト試作一号だよー!」

「まだ光弱いけど夜道に便利だよー!」


リオが思わず足を止める。


(クラリウムって……もう市販されてるの?)


店主の青年が笑顔で説明してくれた。


「いや、市販まではいってません。

 これは研究所からの払い下げ品でね。

 電池よりちょっと明るい“かもしれない”って代物さ。」


青年がスイッチを押す。


ぴかっ……(豆粒ほどの光)


「わぁ……かわいい光だね……」


「そうだろ? 未来のエネルギーなんだ!」


ヴェルティアがぼそっと冷静に。


「現在の出力では、実用性は“ほぼゼロ”です。」


「ヴェルティア! 未来の子にそんなこと言わないの!」


青年が吹き出して笑う。


「首相さん、面白いAI連れてるねぇ!」


リオは照れながらペンライトを受け取り、

「買うよ」とお金を置いていった。


――ささやかな商店街の活気は、

王都の復興を象徴する小さな光だった。



香りに誘われて



歩いていると、通りの端から何やら懐かしい匂いがした。

煮干しと出汁の香り――それは、リオがまだURSにいたころ、

街角で嗅いだ日本食の匂いに似ていた。


暖簾に書かれた文字には、「なごみ亭」とある。

「へぇ……日本語、だよね。」


「融合世界発生時に転移してきた日本人経営者の店舗と思われます。」ヴェルティア。

「行ってみよう。」


木製の引き戸を開けると、湯気とともに優しい声が出迎えた。

「いらっしゃいませ。……あら、かわいらしいお客様ね。」


店主は中年の女性。

リオよりずっと背が高く、柔らかい笑みを浮かべている。

壁には手書きのメニュー――

「焼き魚定食」「味噌汁」「煮物」「ご飯」など。


リオは椅子にちょこんと座り、少し恥ずかしそうに言った。

「あの……この、“定食”っていうのください。」

「はいよ。すぐに出るからね。」


しばらくして運ばれてきた湯気立つ膳。

白いご飯、焼いた魚、味噌汁の香り。

リオはスプーンを手に取り、少し戸惑いながらも一口。


「……おいしい!」

店主は嬉しそうに笑った。

「ふふ、ありがとう。懐かしい味でしょう?」

「うん。なんだか、心が落ち着く味。」


店主が湯飲みを差し出しながら語り始める。


「王都も変わったわねぇ。

 最初に来た頃なんて、停電ばっかりで店もろくに開けなかったのよ。」


「停電……あったんだ?」


「そりゃあもう。

 電線も古いし、変圧器も飛ぶし、水道も止まるし……

 でも最近は少しずつ良くなってきてね。

 あなたが首相になった頃から、とくに。」


リオは照れながら頬をかく。


「ボク、まだ何もしてないよ……?」


「してるしてる。

 “これから良くなる気がする”ってだけで、人は頑張れるのよ。」


ヴェルティアがそっと補足する。


「人間社会では“期待”が重要な心理要素です。」


「へぇ……AIに言われると妙に説得力ある……」


店主も笑った。


「あなたが歩くだけで、この国は少し明るくなるのよ。」


リオの胸が温かくなった。



失われた梅干し



食後、店主は小さな壺を持ってきた。

中には赤い果実の漬け物がいくつか入っている。


「これは“梅干し”って言ってね。

 本当は別の果実で作るんだけど、この世界じゃ梅の木が見つからなくてね。

 代わりに似た果実で漬けてるの。」


リオは一つをそっとつまみ、恐る恐る口に入れる。


「すっぱ……でも、なんか優しい味。」

「昔の世界では、おにぎりやお弁当の中に入っていたのよ。」


リオは目を細めて、しばらく味を噛み締めた。

「……いつか、本物の“梅”を見つけてみたいな。

 この世界のどこかに、きっとあるはずだ。」


「植物データベースに“梅”を登録しました。」ヴェルティア。

「探索対象、追加完了。」


店主は笑いながら、

「もし見つけたら、教えてね。その時は本物の梅干し作るから。」


リオはにっこり笑った。

「うん、約束だよ。」



帰還と小言



夕暮れ。王城の執務室では――。

マルティン副首相が机の上で山積みの書類を片づけながら、

眉間を押さえていた。


「……リオ首相、いい加減にしてください……!」


ちょうどその時、廊下から軽い足音。

「ただいまー。街の視察、楽しかったよ!」

「“視察”!? また勝手に抜け出して!」


リオは笑って椅子に腰を下ろす。

「でもね、マルティン。今日、すごくいいものを見たんだ。

 人々が笑って暮らしてた。

 食堂で食べた料理も、みんなの知恵で工夫されてた。

 ――あれが、この国の“光”だよ。」


マルティンはしばらく黙り、ため息をついた。

「……次は、ちゃんと私にも報告書を出してください。」

「はーい。」


ヴェルティアが小声で呟いた。


「本当に“はーい”で済むと思っているのですか。」

「ふふ、思ってないけど言ってみた。」


そんな軽いやりとりのあと、

窓の外では街灯が一斉に灯り始めた。

夜の王都が、まるで星空のように輝いていた。


それは、技術の光でも、魔法の光でもない。

人の手で紡がれた“暮らしの光”。

リオはそっと微笑んだ。

「……やっぱり、ボクはこの国が好きだな。」



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