第11話「王都の午後 ― 猫と姫と首相と」
王都の午後 ― 猫と姫と首相と
王城の午後は、ゆるやかな静けさに包まれていた。
執務室の窓から差し込む陽光が、書類の山を柔らかく照らしている。
リオは椅子の背にもたれ、ふぅっと息をついた。
「……んー……ちょっと疲れたかも」
猫耳がぴこぴこ揺れている。
そんなところへ、控えめなノックが響いた。
「リオ、少し時間はあるかしら?」
シャーロットが顔を覗かせていた。
いつもの正装ではなく、軽めの散歩服。
猫耳を見て微笑むような柔らかい顔。
「あ、シャル。大丈夫だよ!」
「では……少し、散歩に行きましょう?
最近、外の空気を吸う時間がなかったから」
リオのしっぽがぼふっと膨らんだ。
「い、行くっ!」
シャーロットがふっと笑う。
「じゃあ、行きましょう。中庭から抜けるルートが静かでおすすめよ」
二人は城の廊下を歩き、外へ出た。
中庭の猫たち
王城の中庭は小さな森のようだった。
手入れされた木々の間を、陽光がきらきらと落ちている。
「わぁ……気持ちいいね」
リオが深呼吸すると、どこからともなく――
「にゃあ」
「にゃう」
「にゃ〜ん」
数匹の猫が、走るように近づいてきた。
「あっ……!」
瞬く間に囲まれ、リオはうろたえた。
「ちょ、ちょっと待って……!
しっぽは……しっぽはやめて……!!」
白、黒、キジトラ。
様々な毛並みの猫が足元にすり寄り、しっぽに触ろうとしてくる。
シャーロットは手を口元に当て、くすっと笑った。
「ふふ……リオ、本当に猫に好かれるのね」
「ど、どうして!?
ボク、人間だよ!?
猫じゃないよ!?!?」
「猫耳がとても魅力的なのだと思うわ」
それは褒め言葉なのか冗談なのか、リオには判別できなかった。
その時――
膝にふわっと温かい感触。
白い猫が、シャーロットの膝に乗っていた。
「あら……あなたも来てくれたの?」
白猫はシャーロットをじっと見つめる。
その姿がどこか神々しく、どこか古い物語に出てきそうで。
リオはそれを見て、少しだけ拗ねた。
(ボクにはあんまり乗ってこない……
しっぽは狙われるのに……)
そんな気持ちが顔に出ていたのか、
シャーロットは優しく笑った。
「この子、前にも見かけたことがあるの。
城下のどこかに住んでいるみたい」
「へぇ……」
白猫はにゃあと鳴くと、
二人を先導するように歩き出した。
王都の裏通りへ
城を出るとき、念のためフードを被って出かけた。
王都の通りは穏やかで、
市場の喧騒から離れた裏道には静かな風が流れていた。
白猫はちょこちょこと先導し、
少し歩いては振り返り、
二人がついてくるのを確認する。
「……あの子、本当に案内してるみたい」
「うん……まるで、『こっちだよ』って言ってるみたいだね」
と、角を曲がったところで――
「にゃあああああ!!」
突然、猫の大合唱。
魚屋の前に、猫が十匹以上たむろしていた。
リオは一歩後ずさる。
「し、しっぽが……危ない……!!
猫がいっぱい……!!」
シャーロットが肩を震わせて笑う。
「リオ、人気者ね」
「ちがっ……猫の人気なんて求めてないよぉ!!」
「でも……すごく可愛いわよ?」
リオの顔が真っ赤になった。
小さな裏庭で
白猫は、ふらりと裏道へ入り、
小さな緑地に二人を導いた。
そこには古いベンチが一つ置かれ、
午後の日差しが柔らかく差していた。
シャーロットは静かに座る。
「……ねぇ、リオ」
「うん?」
白猫が足元で丸くなり、喉を鳴らしている。
「わたし……この国を導くのが、怖い時があるの。
エルミニアは戦争こそなかったけれど……
転移と混乱で、多くの人が不安を抱えている」
リオは真剣に聞いた。
猫たちも静かだった。
シャーロットは続ける。
「女王として、間違えることが許されない場面も多い。
本当は……逃げたいと思うことだってあるの」
リオは一歩近づき、そっと言った。
「……大丈夫。ボクがいるよ」
シャーロットの瞳が揺れた。
「ボクができること、全部するよ。
怖い時は一緒に考える。
みんなの声だって、一緒に聞く。
シャルがひとりぼっちになるなんて、絶対にさせない」
短い言葉だったが、
午後の光に溶けるように優しかった。
シャーロットの頬が、うっすら色づいた。
「……ありがとう。リオ」
白猫がちょん、と二人の間に飛び乗る。
空気が緩んだ。
リオが照れたように笑う。
「……この子、いい空気読むね」
「ふふ……そうね」
帰り道
夕暮れが近づくと、白猫は再び立ち上がり、
城の方向へと歩き出した。
「ついてくるの?」
「この子、私たちのことが気に入ってるのね」
城門まで戻ってきたところで、
白猫は足を止め、にゃあと鳴いた。
リオはしゃがみ込んで頭を撫でた。
「また会えるといいね」
シャーロットも微笑む。
「ええ。またきっと会えるわ」
白猫はしっぽを揺らし、
夕暮れの街へと戻っていった。
リオとシャーロットは静かに歩き出す。
温かくて、心が満ちるような午後だった。




