【エピローグ】真を選ぶ民 の公開
虚の王ヴァルムが滅びた夜から、王都の空気は変わった。
街路に漂っていた疑念のざわめきは消え、人々はようやく安堵の息を吐いた。
審問院の広間は半ば焼け落ちていたが、それでも人々は瓦礫を片付け、鏡の破片を拾い集めていた。
「この鏡は……我らの目だ」
「ひびが入っていても、もう欺かれはしない」
民の口から出たのは恐怖ではなく、誓いだった。
◇
新たに築かれた審問院は、以前よりも質素だった。
石壁は粗く、天井は低い。だが広間には誰もが立ち入ることができ、評議の声を耳にできた。
虚を焼くだけでなく、真を語り合う場——それが人々の求めた秩序だった。
俺は壇に立ち、民を前に宣言した。
「俺は救世主ではない。神でもない。だが、人として誓う。虚を焼き続け、真を示し続けると」
その言葉に、人々は一斉に頭を垂れた。
祈りではなく、同じ道を歩むための誓いとして。
◇
夜。
審問院の屋上から街を眺めると、灯がひとつ、またひとつと揺れていた。
かつて虚にすがった人々が、自らの手で火を守り、夜を照らしている。
——それは秩序の萌芽だった。
背後から声がした。
「レオン殿」
アスヘルが現れ、静かに頭を下げた。
「私は一度、あなたを神に祭り上げようとした。だが今は違う。人としてのあなたを信じたい」
俺は苦笑し、夜空を仰いだ。
「人は弱い。虚にすがることもある。俺も例外じゃない。……だからこそ、一緒に歩んでほしい」
アスヘルは深く頷いた。
◇
やがて星々が瞬き、胸の《審判》が静かに光った。
神々の声が遠くから響く。
——虚は尽きぬ。だが、選ぶのは人だ。
——お前はその道を照らす灯であれ。
俺は拳を握り、そっと答えた。
「……ああ。たとえ孤独でも、俺は真を選ぶ」
星明りの下、王都の灯は揺らぎながらも消えることなく輝いていた。
虚を望む声も、真を信じる声も、そのすべてを抱えながら。
——新たな秩序の時代が、ここから始まる。