表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

【第18話】審問院炎上

 翌朝、王都はざわめきに包まれていた。

 夜半に審問院の外壁に黒い印が刻まれたというのだ。

 「救世主は虚を抱いている」

 「審判の鏡は欺かれている」

 その噂は火のように広がり、民衆は怯え、評議の中にも不信が芽生え始めていた。


 俺は広間に集まった評議員たちを見渡した。

 「アルドは、審問院そのものを崩そうとしている。昨夜、俺は彼らの影を見た。虚を操り、人心を惑わす者たちだ」

 だが、商人出の評議員が立ち上がり、声を荒げた。

 「影の結社など幻だ! 見えぬ敵を口実に、救世主殿が権力を独占しようとしているのではないか!」


 広間にざわめきが走る。

 アスヘルが席を蹴って立ち上がり、叫んだ。

 「黙れ! 私は見た! 救世主殿は虚を焼いた! もし結社が存在しないなら、あの黒印は何だ!」

 互いの声がぶつかり、評議は混乱の渦に呑まれていった。


     ◇


 夜。

 審問院に戻ると、鏡の前に立っていたはずの守衛が消えていた。

 広間には焦げ臭い匂いが漂い、壁の石が赤く燻っている。


 「罠か……」

 そう呟いた瞬間、天井から黒い煙が降りてきた。

 煙は形を変え、外套の人影となる。

 「ようこそ、救世主。ここが“虚”のいろりになる」


 結社アルドの影たちが姿を現した。

 その中心に立つのは、昨夜の仮面の男。

 「審問院を燃やせば、お前の秩序は崩れる。民は虚を望む。我らはその望みを叶える」


 俺は槍を構え、胸の《審判》を呼び覚ます。

 「ならば裁く。虚に溺れるお前たちを」


     ◇


 影たちが一斉に動いた。

 黒煙が刃となり、床を裂く。

 俺は《護域》を展開し、光の壁でそれを受け止めた。

 火花が散り、石が砕ける。


 背後から声がした。

 「救世主殿!」

 アスヘルとセリオが駆け込んできた。

 アスヘルは聖典を握り、セリオは刃を構える。

 「ここで止めなければ、都が虚に呑まれる!」


 俺は頷き、力を解き放つ。

 「《虚言灼》!」

 炎が走り、影の一人が悲鳴と共に崩れる。

 だが仮面の男は微動だにしない。

 「無駄だ。我らの虚は“真実を望む心”すら利用する」


 鏡が突然、黒く染まり始めた。

 虚が流し込まれ、真偽を示すはずの鏡が濁る。

 群衆が外で叫んでいるのが聞こえる。

 「鏡が……! 鏡が黒く染まった!」

 「救世主は嘘をついていたのか!」


 俺は歯を食いしばり、炎槍を鏡に突き立てた。

 「——《審判》!」


 光と炎が爆ぜ、鏡に絡みついていた虚が剥がれ落ちる。

 仮面の男が初めて後退した。

 「……ほう。お前は鏡そのものを裁けるのか」


     ◇


 影たちは退き際に呪を残した。

 「次は民だ。お前が守ろうとする者たちが、自ら虚を求めて滅ぶだろう」

 黒煙が霧散し、広間には焦げ跡と鏡の亀裂だけが残った。


 セリオが駆け寄る。

 「大丈夫ですか!」

 俺は槍を下ろし、鏡を見据えた。

 表面には確かに光が戻った。だが、その端には深いひびが走っていた。


 神々の声が胸の奥で囁く。

 ——虚を操る者は滅ぼせる。

 ——だが、虚を“望む心”は滅ぼせぬ。


 俺は拳を握りしめた。

 審問院は焼かれかけ、秩序は揺らぎ始めている。

 ——次に裁くべきは、敵ではなく“民の心”かもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ