【第16話】審問院の裂け目
王都に戻ったとき、城門の前は祝祭のような賑わいだった。
兵士たちが槍を掲げ、民衆は花を投げ、子どもたちが声を張り上げる。
「救世主さまが帰ってきた!」
「魔族との戦を止めた!」
外との盟が結ばれたことは、すでに伝わっていた。
だが、その喜びの影に、妙なざわめきが混ざっていた。
——審問院の中で、不穏な動きがある。
◇
広間に入ると、評議員たちが激しく言い争っていた。
「魔族など信用できぬ! 盟など虚妄にすぎぬ!」
「いや、救世主殿が真を映したのだ! 疑うのは審問院そのものを否定することだ!」
「ならば我らは魔族に支配されるのを待つのか!」
机を叩く音、怒号、互いを睨み合う視線。
その中心で、老学匠サナトが立ち上がり、静かな声で言った。
「皆、忘れてはならぬ。審問院は虚を暴くための場だ。信じるも疑うも、まず真を問わねばならない」
だがその言葉は、嵐の中の蝋燭のようにかき消された。
◇
俺が姿を現すと、場が一瞬で静まり返った。
「救世主殿!」
「盟の真偽を、ここで示していただきたい!」
評議員の一人、旧王都の商人上がりの男が進み出た。
「裂け目で交わした盟が真ならば良い。だが、もし罠ならば民は再び滅ぶ。我らは審問院の名において、あなた自身を裁かねばならない」
広間の空気が凍る。
審問院が、俺を裁く?
胸の《審判》が淡く光った。
——これこそ、制度を築いたときに告げたことだ。
——俺自身も裁かれる、と。
俺は一歩進み、静かに言った。
「いいだろう。俺は逃げも隠れもしない。虚があれば焼かれよう。……だが、裁く覚悟があるのか?」
ざわめきが広がり、誰も答えられなかった。
◇
その時、若き神官アスヘルが立ち上がった。
以前は俺を神に祭り上げようとした男。今は帯を外し、審問院の補佐として働いている。
「……私は、審問の場に立ち会います。救世主殿を盲信せぬために」
彼の言葉に、場の空気が変わった。
恐れと敬意と疑念が入り混じった視線が、俺に注がれる。
民衆にとって、これは“見たい光景”なのだろう。
英雄が自らの真を示す姿を。
◇
夜。
審問院の鏡の前に立つ。
民衆が円形の段に座り、評議員たちが周囲を取り囲む。
俺は胸に手を当て、言葉を放つ。
「裂け目で交わした盟は真だ。イストラは侵攻を望んでいない。虚を恐れただけだ。だから、虚を焼き続ける限り、盟は守られる」
鏡が揺れ、光が走る。
真偽を暴く鏡は、俺の言葉を映す——
……だが、その表面に、不穏な波紋が広がった。
黒でも白でもない、灰色の揺らぎ。
群衆がざわめく。
「揺れている……」
「真なのか、虚なのか……?」
胸の奥で《審判》が脈打った。
——何者かが、鏡に“別の虚”を流し込んでいる。
俺は鋭く視線を走らせる。
評議の席、商人上がりの男の袖口に黒い印が光った。
古の呪印。虚を操作する禁術。
「……なるほど。俺を貶めたいのか」
声を低くすると、男は青ざめ、立ち上がった。
「ば、馬鹿な! 証拠がどこに——」
《虚言灼》。
炎が走り、印が燃え上がる。男は悲鳴を上げ、袖を振り払いながら倒れた。
鏡の灰色は消え、光は澄んで映った。
——真。
群衆が息を呑み、やがて歓声が爆ぜた。
「救世主殿は真を語っている!」
「偽りは商人にあったのだ!」
◇
審問は終わり、民は散っていった。
静まり返った広間で、サナトが俺に近づく。
「……虚を操る術を持つ者が出た。これは、人の中に潜む“もう一つの虚”だ」
俺は頷き、夜空を仰いだ。
裂け目で盟を結んでも、内の虚は消えない。
むしろ、制度が形を成したからこそ、虚を逆手に取る者が現れる。
「……裁きは、これからが本番だな」
胸の奥で、《審判》が再び熱を帯びた。




