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短編集

男女比1:10の世界で、兄が明らかにチート系転生者なので、弟の僕は兄から距離をとってコツコツ頑張ることにします。

読んでいて少しでも感情が動いたら、評価・リアクション・ブックマークをお願いします。


 「──俺は、努力系転生者になる!」


 僕がそんな兄の言葉を耳にしたのは、小学校三年生のときだった。


 まだ午後の光が差し込む静かな日曜日だったのを、妙にはっきりと覚えている。


 あれは、いくつもの偶然が重なった末の出来事だった。


 普通なら、兄の独り言が、部屋の外に漏れることなんてありえないことだ。


 だって、兄の部屋は僕と同じく、防犯性の高い完全なプライベート空間なんだから。


 なぜ、一般家庭のはずの我が家で、兄や僕がこんなに豪華な部屋に住んでいるのかというと──僕達が「男」だからだ。


 僕の生きるこの世界では、男女比が1:10。


 男はその希少さゆえに、国家レベルで保護対象とされており、国から多額の補助金が支給される。


 そのため、我が家でもその補助金を活用して、僕達の安全を最優先に考えた部屋づくりがされているのだ。

 

 ──でも、その日に限っては。


 たまたま兄が、不注意で扉を半開き状態にしていた。


 たまたま足音の小さい僕が、兄の部屋の前を通った。


 そして、いつもなら扉のロックを確認する母が、たまたま不在だった。


 そんな”たまたま”が三つも重なってしまった結果、僕は兄の秘密を耳にしてしまったのだ。


 ──兄が、転生者だという事実を。


 僕はその当時、というか今もだけど、本が大好きな少年だった。


 だから、同世代より少し大人びていたし、転生者という言葉の意味もしっかり理解していた。


(兄がいることすらこの世界では珍しいのに、その兄がまさか転生者だったなんて…)


 ふと兄の秘密を知ってしまった僕は、それを誰にも言わず、胸のうちに秘めておくことにした。


 だって、兄は今まで、自分からそのことを誰にも話していないのだ。


 きっと兄にとって、前世があることは隠したいことだったのだろう。


 でも、兄さん。”努力系”転生者になると意気込むのは良いけど……


(兄さんは、明らかに”チート”転生者だよ)


 努力系主人公は、明らかなチートがなかろうと、コツコツ努力してちょっとずつ強くなっていくものだ。


 でも、兄さんは最初からチート過ぎる。


 兄さんは元から顔が抜群に良いし、背も高いし、物覚えも運動神経も抜群。男の子なのに、声だって大きい。


 それに、この男女比1:10の世の中ではとても大事な精力だって、誰にも負けていない。


 まさに、神に愛された天才だ。


 ただ、そんな兄にも、ほぼ唯一といっていい欠点がある。


 一人でコツコツ努力するのが、どうも苦手なところだ。


 あ、あと、もう一つあった。


 兄は、食べ方があまり綺麗じゃない。


 でも、その二つくらいしか欠点がないのが本当のところ。


 そんな兄が、努力系転生者になんてなれるのかな?


 …うん。流石に無理だと思う。

 

 きっと兄は特に努力なんてしなくても、目立ちに目立ちまくって、たくさんの女性にモテて、莫大な金を稼いで、騒がしく、賑やかな人生を送ることになるのだろう。


 存分にチートをふるって、大勢の女性を幸せにすればいいと思う。


 僕は、兄ならば、世界を救うことだってできるとさえ思っている。


 ──僕にとって兄は、まさに物語の主人公のような存在なのだ。


 じゃあ、そんな僕はどうなのかというと──どこにでもいるような、いたって平凡な男だ。


 見た目は普通、成績も頑張ったうえで中の上。精力もいたって平均的だし、女性のギラついた目が怖くて、外に出るのが苦手だ。


 時には、「兄に才能を全て吸われて生まれてきちゃったんだね」とか、「お兄さんはあんなすごいのに…」とか、心がざらつくような言葉を投げかけられることも多い。


 でも、いいんだ。


 実際僕は平凡だし、兄がすごいことは事実だしね。


 それに、兄が送るであろう華のある人生なんて、僕には似合わない。目立つのって、本当に苦手なんだ。


【等身大】


 ──それが、僕の好きな言葉。


 僕は僕らしく、等身大の人生を生きてみたい。


 ”兄の弟”としての人生ではなく、”僕”の人生を生きたいのだ。


 でも、兄と関わってしまったら、そんな人生を歩むことは絶対にできないだろう。


 だから僕は、子供ながらに、二つのルールを決めた。


 一つは、兄の人生に巻き込まれないように、兄とは距離を取る。


 もう一つは、平凡に生まれてきてしまったからこそ、毎日コツコツと頑張る。


 そんなふうに生きることを決意し、実際その通りに頑張ってきた。


 

 ──そして今、あれから十五年が経った。



「ただいまー。あゆむ。晩御飯の材料買ってきたわよ。いつもみたいに、一緒につくろ?」


「ありがと!ちーちゃん!今、行く!」


 僕──あゆむは、今、最高に幸せだ。



【それでは登場していただきましょう!男性でありながら数々の偉業を達成!老若男女、国内から世界まで、全ての女性に愛される我らがスーパースター!太陽さんです!】


 料理をしていると、テレビから兄が登場する声が聞こえてきた。画面の向こうでは、割れんばかりの歓声が鳴り響いている。

 

 現在の兄は超有名人で、テレビにも引っ張りだこ。たくさんの美しくて優秀なお嫁さんに囲まれ、すごく順風満帆に見える。


「相変わらず、あゆむのお兄さんは人気者だねえ」


 そう言って苦笑いしているのは、僕の妻であるちーちゃん。今は僕の隣で、カレーの材料である野菜を切っている。


 彼女はかなり手先から生き方まで、すべてが不器用な女性で、今もただ玉ねぎを刻むだけなのに、何度も失敗している。


 あっ、玉ねぎのせいか、ちーちゃんが涙ぐんでいる。可愛い。


 こうやって、妻のちーちゃんと一緒に料理を作っている時間が、僕は大好きだ。


 なんだか、この穏やかな時間が、僕の胸をじんわりと温めるんだよね。


「るーるるる~♪」


 そんなちーちゃんに癒やされながら米の準備をしていると、居間から子守唄が聞こえてきた。歌っているのは、僕の妹のみーちゃんだ。


 みーちゃんは小さなピアノ教室を開いているからか、歌がとてもうまい。


 競争や争いの嫌いな性格で、静かな空間を好む子だ。成り行きで、僕と妻の家に一緒に住むことになった。


 こうやって、僕たちの子どもである双子の赤ちゃんの面倒を積極的に見てくれるので、凄く助かっている。


 でも、双子の赤ちゃんを可愛がりすぎて、しれっと自分のことを”ママ”と呼ばせようとするのは、どうかと思うな。


 そんなみーちゃんと僕には、共通の趣味がある。読書だ。


 同じ部屋で、それぞれ違う本を読んで過ごす静かな時間が、僕は大好きだ。


 なんだか、静かな空間を共有していることが嬉しくて、心がポカポカするんだよね。


 そして、今妹のみーちゃんの子守唄を聞いて、スヤスヤと眠る天使たちが、僕と妻の双子の赤ちゃんだ。


 いつも元気いっぱい、ちっちゃな手足をバタつかせて、よく笑い、よく泣いている。

 

 我が家は、この五人で楽しく暮らしている。


 兄のように、女性たちの救世主と呼ばれたり、綺麗で権力もあるすごい女性をたくさん妻にして、華やかで贅沢な暮らしをしているわけではない。


 けれど、僕は僕でこの生活をとても気に入っている。

 

 この穏やかな生活を守ることが、僕なりの幸せのかたちなんだ。


 多分平凡な僕には、片手の指で数えられるくらいの人数しか、人を幸せにすることは出来ないだろう。


 だからこそ──このかけがえのない日々を、僕は全力で守っていきたい。



 この男女比1:10の世界じゃ、男は国からの補助金で、働かなくても生きていける。


 けれど、僕は仕事をしているし、今後辞めるつもりもない。


 だって、僕は昔【平凡だからこそ、毎日コツコツ頑張る】って決めたからね。


 僕の取り柄なんて、地味な努力を毎日欠かさずできることぐらい。


 そんな僕が仕事までやめたら、平凡な男から、凡人以下にすぐにランクダウンしてしまうだろう。


『あゆむの誰よりも頑張りやなところが好き』


 そう何度も僕を褒めてくれるちーちゃん。


 優しく微笑みながらそう褒められるたびに、僕はもっと頑張ろうと思えるんだ。


 そんな僕がやっている仕事は、ラジオパーソナリティだ。


 といっても、そんな大層なものじゃない。自宅の小さなスタジオで、妻と二人で届けている───毎日三十分間の、ささやかなインターネットラジオだ。


 たった三十分だけど、僕はこの時間をできるだけ楽しんでほしいと思っている。


 そのために、毎日おもしろい話ができるようにネタを探し歩いたり、いろんな挑戦をしてみたりして、日々を過ごしているんだ。


 このラジオのタイトルは【等身大ラジオ】


 兄とは違い、特別でも、何者でもない僕が、何気ない日々の小さな幸せ、ささやかな人の気づかいや優しさ、ふとした時に感じるささいな喜びなどを拾い集め、日常にほんの少しの笑顔を届ける。


 そんなことがコンセプトのラジオだ。

 

 SNSでの毎日の発信、男がやっているという物珍しさ、クスッとくる僕と妻の会話などが評判を呼び、そこそこの視聴者に聞いてもらえている。


 といっても、兄の生配信なんかと比べると、視聴者数はちっぽけなものなんだけどね。

 

 それでも、僕達を必要としてくれている人は確かにいる。


【あなたたち夫婦の優しい会話が毎日の生きがいです】【へんてこな方向に努力しちゃうあゆむ君のお茶目なところが好きです】【こんな穏やかな男性と女性、初めてみました】【見逃していた幸せに気づかせてくれる神ラジオ】【もはやこのラジオは日常の一部です】


 最近では、こんな嬉しいコメントをもらえるようになってきた。


 だから僕は、今日も明日も、日々変わらずにこのマイクに語りかけるんだ。


「さあ始まりました。等身大ラジオのお時間です。メインパーソナリティは僕ことあゆむ。サブパーソナリティは妻、ちーちゃんが担当します。さて、今日はこんな嬉しいことがありました───」



 最近、母が我が家に夕食を食べに来ることが増えた。


 双子の孫に会えるのが嬉しいらしく、仕事の合間にふらっと立ち寄るのが習慣になりつつある。


 そんな母は現在、多忙な兄のマネージャーのような仕事をしている。毎日が目の回るような忙しさらしい。


 母は、元々は普通の会社員だった。だが、今では政府のお偉いさんともつながりがあるほど、大出世している。


 バイタリティにあふれ、よく食べ、よく飲み、よく笑い、よく働く──そんな豪快な女性だ。


 そんな母は、若い頃はお調子者だったらしい。


 これは母の友人から聞いた話だが、兄を産む時は、「男の子きたああああ!!!」と大はしゃぎ。


 二人目の僕を産むときは、「男の子二連チャン!?もしかして、私は神に愛されているのかもしれない!!!」とのたまう。


 そして、その調子で一年後、「トリプルアップチャンス行くわよ!!!うおおおおお!!!」と叫び、本気で”男の子三兄弟”を目指していたらしい。


 僕にとっては母は偉大で立派なイメージしか無い。だから、その話を聞くたび、僕の知っている母と別人みたいで、少し戸惑ってしまうんだ。


 そんな母は、夕食の時間になると、少し疲れた様子でやってくる。


 双子の孫の顔をみて癒やされ、僕と妻の作った夕食を食べ、他愛もない話を交わして笑う。


 そして食後には、ベランダで静かにタバコを一本くゆらせた後、また仕事に戻っていくのだ。


 口うるさいことなんて言わず、ただふらっと来て、ふらっと帰っていく母親。


 そんな母親は、ソファに深く腰掛けながら、こんなことをしみじみと呟くことが多い。


「ここは、空気がいいねえ…」


 これは褒めているのか、ただ疲れているのか…

 

 きっと、その両方だろう。


 普段から、「働くのが楽しい!我が子の活躍を間近で見られて、こんなに嬉しいことはない!私はこの仕事を絶対に誰にも譲りたくない!」などと豪語して、とても楽しそうに仕事をする母親でも、決して疲れないというわけではないのだ。


 だからせめて、この家の中だけでも、仕事を忘れてゆっくりしてほしい。


 ふふ、少し照れくさいけれど、たまには肩でも揉んであげようかな。


「いつでも僕は、この家で待ってるからね。お母さん」



 その日、玄関のチャイムが鳴ったのは夕方だった。


 赤ちゃんたちが昼寝から目覚めて、ちーちゃんがミルクを用意している頃。


 モニター越しに見えたのは、久しぶりの――いや、ずいぶん久しぶりの兄の姿だった。


「どうしたの、こんな時間に」


 ドアを開けると、帽子を目深にかぶり、サングラスをかけていた兄の姿が目に入った。


 この様子だと、行き先を誰にも言わず、隠れるようにこの場所に来たのだろう。


「……久しぶりに、弟の顔でも見てやろうと思ってな」


 それは、テレビで聞き慣れた溌剌(はつらつ)とした声とは違う、どこか弱々しい声だった。


 なんだか僕はこの時、あのチートでデタラメな兄が、不思議と小さく見えた。


 一体、今日の兄はどうしたのだろうか?


 居間に通すと、兄は帽子もサングラスも外し、深いため息をついた。


「なあ、あゆむ。最近……いや。なんでもない」


「え?どうしたの?」


 兄は、何かを言おうかどうか、悩んでいるようだった。

 

 兄がそんな様子だったので、僕が急かさず、コーヒーでも入れながら、ただ待つことにした。


 そうして、コーヒーを入れ終え、のんびり待つこと数分。


 やがて、兄は意を決したように口を開く。


「…なんだか最近、無性に、お前が羨ましくなるんだよ」


 愚痴をこぼすかのように、ぽつりとそう語った兄。


 僕は思わず、飲んでいたコーヒーを拭きこぼしそうになった。


 まさか、あのいつも自信満々な兄の口から、そんなことが聞けるなんて、思いもしなかった。


 人気配信者で、超有名テレビタレントで、自身のブランドまで立ち上げ、誰しもが憧れ、恋い焦がれる、英雄みたいな存在。


 恋も仕事も私生活も順風満帆。世界の中心とさえ言われているスーパースター。


 そんな兄が、平凡な僕を「羨ましい」だって?


 僕が困惑していると、続けて兄は語り始めた。


「確かにお前はごく普通の平凡な男だ。でも、お前はなんというか、男としては珍しく、”自分”を持ってるんだよな」


 なんとなく兄の言いたいことは伝わる。


 けれど、


「兄さんが言っているのって、”自分の中の芯があるか”ってことだよね?そんなの、兄さんが一番持っているんじゃないの?」


 僕のその言葉に、力なく笑うことで返答とした兄。


 僕には兄さんも芯を持って生きているようにしか思えない。


 けれど、本人はそうは思っていないようだ。


「お前はいいよなぁ…俺もこの家のような、帰ってくる場所とか、あったかい空気とか。そういうの、最近すごく欲しくなるんだ」


 兄の視線が、キッチンに立つ妻のちーちゃんへ向けられる。


 ミルクを飲み終えた赤ちゃんをそっと抱き上げ、優しくあやしている姿を見て、兄はどこか寂しげにつぶやいた。


「…かわいいな。ああいうの、いいよな」


「兄さんにはしっかり者の奥さんが沢山いるじゃん。多分、というか確実に、僕より立派な家庭を築けるはずだよ」


 そんな僕の返答に、苦笑いしながら答える兄。


「俺の妻たちは、みんなしっかりものすぎてなあ。最近は尻に敷かれまくってるよ」


「兄さんにしては、珍しく弱気だね?なにか、あったの?」


「別に、なにがあったってわけではないんだ。ただ、目を覚ました…というのかな」


 また兄が、何か少し言いづらそうにしている。


 でも、わざわざこの家に来たということは、きっと話したいことがあるのだろう。


 だから僕は、黙って兄の続きの言葉を待つことにした。


 兄はしばらく口をモゴモゴさせ、何かを言おうか言うまいか悩んだ末、意を決して口を開いた。


「…俺の妻たちの優秀すぎる姿を見ると、自分がちっぽけな存在に感じてな…そこから、どうも俺は、自分がただ”男”だからというだけでチヤホヤされている、と気づいてしまったんだ」


 ………何を素っ頓狂なことを言っているのだろうか?この兄は?


「…兄さんって、もしかして、バカ?」


 兄があまりに斜め上の悩み方をしていたので、ついストレートに言葉を発してしまった。


「おい!人が真剣に悩んでるのに、バカとは何だ!」


 うん。兄さんが真剣に悩んでいるのは分かるよ。でもね。


 兄さんは、世の中の女性を舐めすぎだ。


 本当にちっぽけな人間なら、ここまで有名になんてならない。


 兄さんが老若男女、国内から世界まで、みんなに愛されている理由なんて、一つしか無い。


 確かな実力があるからだ。


 それを、「自分が男だからチヤホヤされているだけ」と感じるなんて、勘違いも甚だしい。


「この世界の中心は、あくまで女性なんだ」


「は?」


 僕の突然の発言に、兄は理解が追いついていない様子だった。


 それでも僕は、言わずにはいられない。


「男女比が1:10で、一見男性が貴重に感じるよね。特に兄さんは、すごく女性にチヤホヤされてきた人生だったから、強くそう思うのも無理もない。でもね、真に尊重すべきなのは、ずっと僕達を支え続けてきてくれた女性なんだよ」


 僕達男性が出来ることは、あくまでサポート。


 だって、この社会も、文化も、歴史も、国も、何もかも、ほぼ全ては女性が中心になって作ってきたんだから。


 きっと女性たちは、男性を支配してうまく社会を回すことだってできたはず。


 でもこの国では、他の国に比べても、圧倒的に男性が大切にされている。


 僕たち男性は、それをもっと感謝しなければならない。


 多少尻に敷かれようが、それが何だというのだ。自分より優秀?それが何だというのだ。


 それは、落ち込むようなことではない。誇ることだ。


 そんな思いを胸に、僕はラジオパーソナリティとしていつも語っているかのように、丁寧に言葉を紡ぎ続ける。


「ほら?兄さんの仕事だって、少し見方を変えれば、自分が生き生きと生きる事によって、女性に元気と勇気を与える仕事でしょ?それは、誰にでも出来ることじゃない。なんなら、兄さんにしか出来ない仕事とさえ、僕は思っている。今、誰よりも女性を輝かせている存在は、兄さんなんだよ。そんな兄さんが、自分をちっぽけだって言うなんて、絶対に間違っている」


 ラジオと違い、視聴者は兄一人のみ。場所も、いつもの小さなスタジオではない。


 でも、いつもよりスラスラと言葉が出てくる気がする。


 きっと、兄の存在が、僕にとっても特別なものだからだろう。


「だから、兄さんは自分のことを誇りこそすれど、卑下する必要は全くないんだ。わかった?」


 兄は、僕の言葉にすぐに返事をしなかった。


 静かに、部屋の中に時計の音が響く。


 この沈黙の中、兄はゆっくりと、目を閉じた。


 きっと兄は今、僕の言葉をゆっくり頭で反芻しているのだろう。


 しばらくすると、兄は静かに漏らすように、こう呟いた。


「そうか…そういう考えもあるんだな…」


 そういう兄の声は少しかすれていた。


 正直、僕は兄の気持ちが完璧には分からない。


 僕と兄は、あまりに違う人生を歩んできたのだから。


 でも、それでも、寄り添うことを諦めては駄目だ。


 誰にだって、それこそ、チートな兄にだって、悩みはあるのだ。


 だから、僕が出来るのは、僕なりの言葉で、まっすぐに思いを伝えるだけ。


「…お前は、本当に昔から変わらないな」


 そう呟く兄の表情は、ほんの少しだけスッキリした顔をしていた。

 

 うん。僕に出来るのはこれくらいだろう。完璧に兄の悩みを解消させることなんて、僕程度には荷が重い。


 あとは、兄の綺麗なお嫁さんたちに任せよう。


 兄さんもたまには、気持ちを全部ぶちまけちゃえばいいと思うんだ。


 それも、今日吐き出した弱みだけでなく、前世のこと合わせてね。


 これは、昔からずっと思っていたんだけど……


 兄には、隠し事なんて似合わない。


 前世があるなんて、荒唐無稽なことでも、兄の選んだ人達なら、きっと全て受け止めてくれると思う。


 それからの僕たちは、たくさんのことを話し合った。


 家族のこと、僕と妻との馴れ初め、兄のお嫁さんたちの優秀さ、芸能界の闇などなど…


 話題は尽きることがなかった。


 まるで、今まで距離を取っていた分を、埋めるかのようだった。


「俺は、お前のラジオのヘビーリスナーなんだけど、お前って、いつももっと丁寧に喋るよな?なのに、さっきは口調が強かった気がしたんだが…なんか、俺にはあたりが強くないか?」


「そうかなあ?僕はラジオで語っているときと、同じように話したつもりだったんだけど…」


「じゃあ、無意識か?うーん…なあ?あゆむ。まさかとは思うが、あゆむって、俺のこと嫌いってわけじゃあ、ないよな?」


 ふと、冗談めかしてそんなふうに兄に聞かれた。


「嫌いなわけじゃないよ。ただ、”関わりたくなかった”だけ」


 僕も、この純度百パーセントの本音を、冗談めかして返した。


「おいおい。実の兄に向かってそりゃないだろ」


 この時、初めて兄の顔に笑顔が戻った。


 そうそう。その無邪気な笑い方。やっぱり兄には笑顔が似合うよ。


 兄のことは、嫌いなわけ無いし、感謝もしている。

 

 だって、これだけ僕が謙虚に頑張ってこれたのは、兄さんのおかげだからね。


 でも、それでもだ。


 やっぱり兄さんは、遠くで見ているくらいが、僕にはちょうどいい。

 

 キラキラ輝くように笑う兄を見て、再度そう思った。



「夕食を食べていきませんか?」


 僕たちの会話が一段落した時、ちーちゃんからそんな提案があった。


 ちょうどそのタイミングで母と、妹も仕事から帰ってきた。


 せっかくなので、みんなで夕食を食べることに。


 僕の家族が全員集まるのなんて、とても久しぶりだ。


「相変わらず、兄さんの食べ方が汚いのは直っていないんだね」


「おいおいあゆむ。こうやってがっつくのが、一番美味しいんだぞ?」


「ほんとに太陽は…これだけは、子供の時からいくら言っても直らないのよ」


「そりゃ。直す気が無いからな!」


「ちょっとお兄ちゃん!声が大きい!”私の”天使たちがびっくりしてるでしょ?」


「ちょっとちょっと!僕とちーちゃんの子供だぞ?」


「ふふ、この家がこれだけ賑やかなのは、初めてですね。皆さん、おかわりもあるので、いくらでも食べていってくださいね」


 僕達は、いつもよりも賑やかな、楽しい夕食の時間を過ごしたのだった。



 夕食が終わると、兄と母はそれぞれの帰るべき場所へ帰った。


 僕はソファーに深く腰掛け、コーヒーを一口。ほっと一息つく。


「久しぶりに兄さんとちゃんと話した気がするよ」


「お兄さん、オーラがすごかったね」


 隣に座った妻のちーちゃんが、柔らかく笑いながらそう言った。


「でも、あれだけ間近でキラキラされると、やっぱり疲れるよ。やっぱり僕は、ちーちゃんと、みーちゃんと、子どもたちで、静かに過ごすのが性に合っている気がする」


「でも、お兄さん、あゆむと話せて、嬉しそうだったよ?」


「そう見えた?」


「うん。『羨ましい』って言ってたのも、本音だと思う」


「…ほんと、僕なんかを羨ましがるなんて、バカな兄さんだよ」


「でも、たまにはお兄さんと話すのも、良いんじゃない?」


「うーん…たまにならね。兄さんの人生に巻き込まれるのは、僕には荷が重いや」


「ふふ、そう言いつつ、あゆむも楽しそうだったよ?」


 そう言って笑いあう僕たち。


「きゃっ!」


 その瞬間、ちーちゃんが持っていたカップを盛大に倒してしまった。


 テーブルの上に広がるコーヒー。濡れていくクッション。


「あ、あわわわわ。て、ティッシュ!…いや、それじゃあ足りない!なにか拭くもの!…タオル!タオルどこ!?」


 慌ててキッチンに走っていくその背中を見て、思わず僕は吹き出してしまった。


「ちょっとあゆむ!笑ってないで、なんとかしてー!」


「ごめんごめん!あーあ、このクッション、また洗わなきゃだね」


 ドタバタしながらも、どこか愛おしく、温かなこの日常。


(ああ、僕が求めていたものって、こんな毎日だったんだなあ)


 コーヒーをタオルで拭き取りながら、そんなことをしみじみと思った。


 そもそも、僕は兄と違い、とても平凡な人間だ。


 兄のように、たくさんの女性を幸せにすることなんて、僕には絶対にできない。


 兄のように、どんどん先へと走り続けるような、エネルギーもない。


 だからこそ、僕は僕の人生を一歩ずつしっかりと踏みしめて、目の前の幸せを見逃さずに生きていきたい。



 夜も更けて、ラジオの時間になった。


「さあ始まりました。等身大ラジオのお時間です。今日はこんな珍しいことがありました───」


 いつもの時間。いつもの場所で。いつもの人と。


 大きな事件なんてない、穏やかで、平凡な日常。


「ラジオネーム”告白はぶっぱし得”さんからのお便りです。『いつもこのラジオが日々の生きがいとなってます!さて、先日ですが───』」


 そんな日常こそが、僕にとっては宝物なんだ。


「さあ、エンディングの時間です。今日のラジオが、皆様の等身大の幸せを見つけられるお手伝いになりますように。それでは、また来週!」


 僕は僕らしく。


 コツコツと、自分の人生を、頑張りながら生きていく。



終わり


 現在週五で更新している【貞操逆転スペースファンタジースローライフ!?~男女比が1:10の宇宙で男に生まれた俺が、辺境の無人惑星でスローライフする姿を配信する】もよろしくお願いします。

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