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室町異聞  作者: 辻桃
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月隠屋敷の幽霊

山深い村、白瀬しらせの里。

かつて地元の有力者であった月隠家の屋敷が、十数年の時を経て今では「出る屋敷」として恐れられていた。


村人は言う。


「夜になると、屋敷から泣き声が聞こえる」

「開け放った座敷の障子が、ひとりでに閉まる」

「何より、数日前に、村の若者が“幽霊を確かめる”と踏み込んで……戻らなかった」





「屋敷に幽霊が出て、しかも人が死んだらしい」

茶屋で噂話を聞いた楓がうきうきと結に言う。


「結、行こうか」

「……今、団子を食べてるんですけど」

「終わったらでいいよ」

「次はぜんざいを頼む予定だったんですが」


結の言葉を無視して、楓はすでに席を立っていた。





月隠は、典型的な書院造の屋敷。

寝殿造の構造を残しながらも、内と外を繋ぐ開放的な縁側、襖や障子による部屋の区切りが特徴だ。


屋敷に着いた二人を出迎えたのは、白瀬村の年寄だった。


「ひと月ほど前、この屋敷を調べに来た若者がひとり、客間で死んでおった。

首の後ろを鋭い刃物で刺されたような傷じゃったが、戸は開いておらん。

それに、室内に他の足跡もない。……まるで“幽霊が貫いた”ような死に方でな」


「出入り口が一箇所しかないのに、人が殺されていた」

結は眉を寄せた。「つまり、“閉ざされた空間”ということですね」


「板戸には釘が打たれていたのだよ。内側からも外側からも開けられぬようにな」


「ほう……それは興味深い」

楓の目がきらきらと輝く。

結は密かに思っていた。

(この人、こういう謎解き好きだよなぁ…)





中はひどく静かだった。

ほこりと湿気が積もった空気の中、問題の“客間”を訪ねる。


四畳半ほどの広さに畳が敷かれ、襖と板戸で囲われている。

外には細い縁側があるが、人が歩けば音が出る。だが、若者が殺されたとき、誰もその音を聞いていないという。


「襖は閉じられていた。出入りの痕跡もなし。

死んだのは、屋敷に入ってひとりでこの部屋に泊まった夜のことです」

年寄はそう説明した。


「じゃあ、その夜だけ何かがあった。……犯人は、幽霊、か」

「楽しそうに言わないでください」





調査を始めた二人。

まず、結が異変に気づく。


「この部屋、柱の一本だけ色が新しいです」

「ほんとだ。左奥の柱、やたら白いね。取り替えたんだろうか」


さらに、畳をめくると、板の一枚に“細工”がされていた。


「これ……上下から押せば外れるようになってます」

結が静かに言う。「つまり、下から人が出入りできる構造になっていた」


「床下通路があるってことか。旧家では珍しくないな」

楓は頷いた。「つまりこの部屋、“完全な密室”じゃなかったってことだ」





村人から話を聞くと、屋敷には昔、隠し通路があったという。


「月隠の主が戦で劣勢になったとき、逃げるための抜け道をこさえたと聞いとる。

それが残っておったんじゃろな」


さらに別の老婆がこう言った。


「この屋敷ではな、昔女中が一人、殿様に不義を責められて殺されたんよ。

それからというもの、夜な夜な女のすすり泣きが聞こえるようになっての……」


「よくある話ですね」

結は淡々としながらも、柱をもう一度見た。


「ただ、その女中、どこに埋められたかも分からないままになっているとか」





夜。

楓と結は、例の部屋に潜むことにした。

楓はあいかわらず線香と酒を持ち込み、隅でくつろいでいる。


「幽霊が出るなら、線香ぐらい焚かないとね」

「それ、自分が眠くなるためじゃないですか」


やがて――


畳の下の床板が、わずかに動いた。


結は静かに二刀を握った。


畳が音もなく持ち上がり、影が忍び出たその瞬間――

「そこまでです」

結の声が空気を切る。


「おや、出たのは幽霊じゃなく、村の“仏師”だったか」

楓の声は妙に楽しそうだった。




犯人は、村に住む仏師だった。

十数年前に館の床下に隠された金細工を盗みに入り、若者に目撃されたため、床下通路を使って殺したのだった。


「どうせ幽霊騒ぎで誰も近づかん。床下に潜んで、宝を持ち出すには最高だった」


「だから殺した。……罪に、言い訳をつけて」


結の言葉に、仏師はうつむいた。





帰り道。


「幽霊は結局、出ませんでしたね」

「でも、幽霊のせいにしたい人間は、たくさんいたよ」


「人の噂も、死者の声も、時に都合のいい隠れ蓑になりますね」


「でも結、お前は“隠れ蓑”を破るのが上手くなった」


「ありがとうございます。でも次は、もっと普通の仕事がいいです」


「次は寺の坊主が、“妖の耳を拾った”って騒いでる」


「……そんなんばっかですね」

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