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室町異聞  作者: 辻桃
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灰の神社

峠を越えた先に、その神社はあった。


灰比はいび神社――人が消える神社、として近隣で噂されていた。

近づいた者は、戻らない。立ち寄った者の声が、掠れる。

そして夜には、「誰もいないはずの拝殿から鈴の音が聞こえる」という。


「今回の依頼は、“調査”です」

結は念を押すように言った。「退治じゃなく、原因の究明。ご遺族からの直依頼ですから」

「はいはい、ちゃんとやるよ」

楓は提灯を肩にかけ、あくびを一つ。


午前中のうちに神社に着いた。門は朽ちていたが、本殿は意外にも形を保っている。

ただひとつ、異様なのは――参道に積もった厚い灰だった。


「人の足跡は……あれだけです」

結が指差したのは、灰の上に続く一対の足跡。

境内に入ったところで、ぷつりと消えている。


「この灰、調べるよ」

楓がかがみこみ、指先で灰をすくう。「……焼けた木ではない。これは骨灰だ。人骨が粉になったものだ」


結は無言で息を呑んだ。






社務所跡に入ると、掠れた墨で書かれた記録が残されていた。


"灰が増えている。声を上げた者から、消えていく。

本殿に何かがいるのは確か。だが、拝殿の鈴が鳴るときは静かになる。

誰が鈴を持ち出したのかは不明。もし本殿へ入るなら、“音”に注意しろ"


「鈴が必要なんですかね」

結は記録を指差した。

「でも、“鳴ると静かになる”とは?」


「"音を立てると危険”だが、“鈴は例外”ということだろう。つまり――音には種類がある」


拝殿の前に戻ると、扉は固く閉ざされていた。

傍らに置かれた台座には、元々何かが据えられていたような丸い痕跡がある。


「……ここに、鈴があったんですね」

「盗まれたか、持ち去られたか」


境内を一周したとき、本殿裏の木の根元に小さな鈴を見つけた。

だがその周囲だけ、灰が一切積もっていない。


「不自然ですね。灰が“避けている”ように見える」

「あるいは、一度ここで何かが“爆ぜた”んだよ。音がして、灰が吹き飛ばされた」


楓は鈴を拾い、ふと気づいた。

鈴の内側に、墨で小さな字が書かれている。


"正しき音を奏でよ。偽りの音は、すべてを燃やす"


「なるほど、音は“鍵”だ。正しい音でなければ、扉は開かないどころか――命を取られる」





本殿の扉の前。結は深く息を吸い、鈴を持ち上げた。

そして――鳴らす。


ちり――ん。


微かな音が境内に響いた。

直後、扉が音もなく開いた。


「……やっぱり、“鈴が鍵”だった」


中は異様だった。

床も壁もすべて灰。人の形をした灰の塊が、いくつも散乱している。


「人型……跡じゃなく、形として固まってる」

結は目を伏せた。「消えた人たち、ですね」


その中央に立つのは、首のない神像。

不自然に磨り減った足元と、無理に固定されたような台座。

後方の壁の高所に――切り離された“首”が、紐で吊られていた。


「本来は、“頭部が別の像”にあったんだ」

楓はぽつりとつぶやいた。「誰かが神を“入れ替えた”んだよ。首を交換して、別の存在を祀った」


「それで、声を奪われた?」

「うん。もともと祀られていた神は、声の神。鈴の音はその加護の証だったはずだ」


「でも、偽りの神が据えられてから、“音”が災いになった……?」


「そうだ。鈴だけが、正しい音――つまり、“元の神”の名残だったんだよ」


結は刀に手をかけた。


「師匠、神像……斬ります」


「よし。間違った声で祀られたものを、終わらせよう」





神像を断った瞬間、境内に風が走った。

灰が舞い、屋根が鳴った。


――だが、何も襲ってこなかった。


音は戻り、木々が揺れ、小鳥が鳴く。

それはまるで、封じられていた空気が解かれたようだった。





帰り道。

結は黙ったまま歩いていた。


「……結論として、“神のすり替え”が原因でしたね」

「うん。信仰の対象を偽った。それも、人の都合で」

楓は静かに言った。「“災い”が起きたとき、それは時に、神でも妖でもなく――人の手で起きる」


「で、その尻拭いを私たちがするんですね」


「そういう仕事さ。だからこそ、声の正しさより、本質を見抜く目が必要になる」


「……師匠の目は、どこを見てるんですか」

「昨日見た団子屋。帰りに寄るつもり」


結は、ため息をひとつ。


「…謎解きの後に、甘いものを食べたいと」

「結は私をよく分かってるね」


ふたりは、神の声が戻った山道を、静かに下っていった。

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