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室町異聞  作者: 辻桃
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戻り道にて 参


 随分歩いた。


 風が木々の間を吹き抜け、蝉の声が遠くで微かに響く。道端には小さな花が咲いており、足元を彩っていた。陽は傾きはじめ、空の青が少しずつ琥珀に染まり始めている。


 ――紅音との会話が、頭を離れなかった。


 「私だったら“思い出の場所”に行くわ」


 思い出の場所。師匠にとっての。


(……そんなの、知らない)


 結は唇を噛んだ。ずっと一緒に居たのに、何も知らない。自分のことはのらりくらりと躱して、どこか人じゃない雰囲気を纏っていた師匠。


 (“思い出”なんて、そもそもあるの?)


 悩みながら歩き続け、日が沈む前にたどり着いたのは、峠の中腹にある小さな宿だった。



 がらりと戸を開けると、香ばしい煎餅の匂いが漂ってきた。中は思いのほか賑やかで、数人の旅人たちが卓を囲んでいる。夕食どきらしい。


 結が宿の者に名前を告げて部屋をとると、奥の座敷からどこか聞き覚えのある声が響いた。


 「おい鳶、布団を2枚敷くなって言ってんの」


 「えー?じゃあ一枚敷いて、2人でくっついて寝ようか?」


 「あ、それ良いね」


 そのやりとりに、結はぴたりと足を止めた。


 まさか、と思って襖をそっと開ける。


 「……烏。鳶」


 「「あっ」」


 双子が同時に顔を上げ、ぱっと笑顔になった。


 「わあ、結ちゃん!」


 「びっくりしたー!まさかここで会うとはねぇ」


 烏と鳶――どちらがどちらなのかは未だによく分からない。そっくりな顔で、そっくりな笑い方をする。だが、言葉の端にふと混じる影のようなものが、彼らがただの陽気な旅人ではないことを示していた。


 「……なにしてるの」


 結は戸口に立ったまま訊いた。


 「なにって、旅の途中でしょ?最近あんまり面白い依頼もないしねー、ふらっと来てふらっと泊まったら、君が来た。運命?」


 「偶然ってすごいよねえ。楓さんは?」


 「……いません。置いていかれました」


 「……へぇ」


 双子の笑顔が少しだけやわらぐ。気づいたのか気づかないのか、結は俯いたまま言った。


 結は詳細を語らなかった。語ってしまったら、この2人が着いてくると思ったからだ。


 「……“思い出の場所”に行る、かもしれないって言われて。そこがどこか探してて、ここに来た」


 「思い出の場所?」


 「2人だったら、思い出の場所はどこ?」


 双子は顔を見合わせた。


 「うーん。僕らだったら……あの山の中かな」


 「山?」


 「うん。楓さんと出会ったあの場所」


 「返り血を浴びて、まだ長かった髪を揺らしていた楓さんがかっこよくて、ずっと覚えてる」


 懐かしそうに、けれどどこか寂しげに話す二人。


 結はふいに胸が詰まった。そうだ、そんなことを、聞いたことがある。暗い森、盗賊、幼い頃の話――


 「結ちゃんは、どこで楓さんと出会ったの?」


 「……!」


 思わず、拳を握った。


 “師匠に出会った場所”――それは、結が縁と暮らしていた家。

 縁が死んだあの日、楓が迎えに来たんだ。


 『縁くんに頼まれた。君を育ててほしいと。一緒に来てくれるかい?』


 姉の血を手に滲ませていた私に向かって、師匠はそう言ったのだ。


 (思い出の場所……)


 胸の奥がきゅっと熱くなる。


 「ありがとう」


 「ん?」


 「教えてくれて」


 「……ふふっ、いいよ。だって、君が探してるの、あの人なんでしょ?」


 「そ。あの人の“戻る場所”がどこか、僕たちだって気になるし」


 「……戻る場所」


 結はつぶやいた。


 あの山奥の小さな家。風がよく通って、朝は鳥の声で目が覚める。楓が結に封印術を教え、火の扱い方を教え、時には一緒に魚を焼いて食べた――そんな日々。


 あれは、たしかに思い出だった。


 (師匠にとっても、私にとっても)


 「行ってみようと思う。明日にでも」


 「お、良い行動力」


 「僕らも行きたーい!」


 「それはダメ」


 「ケチ」


 不貞腐れる鳶を置いて部屋を後にした。


 次の目的地は、“始まりの場所”。

 結と楓の、それぞれの記憶が交わった場所へ――。


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