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室町異聞  作者: 辻桃
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狐火と首無し地蔵

日が沈む頃、二人は峠道の茶屋に腰を下ろしていた。

湯気の立つお茶をすすりながら、結は目を細める。


「……このお団子、美味しそう」

「買えばいい。今日くらいはほら、平和だし」

楓はのんびりと湯呑を口に運ぶ。眼帯の奥は読めないが、その声はいつも通り穏やかだった。


団子を一串口に運んだ結は、少しだけ頬を緩めた。

「甘さがちょうど……」


その時、茶屋の亭主が言った。

「おふたり、今日はどちらまで?」


「下の集落、“夕影村”まで降りるつもりです」

「夕影村……あんたら、知らんのか。あそこは近ごろ“首無し地蔵”が出ると、もっぱらの噂でねぇ」


結の手が止まる。

「首無し、ですか」


「ええ、夜になると村の入口にある地蔵の首が消えちまって、代わりに狐火が舞うんだと。最近じゃ村人も外に出たがらねぇ。山から戻らぬ者もおってな」


「それは依頼になりそうだ」

楓が茶を飲み干し、立ち上がる。

「行こうか、結。地蔵が消える話なんて、仏と妖が混ざった厄介な香りがする」


結は少ししょんぼりし、でもすぐに静かにうなずいた。

「……団子は、また後日ですね」





夕影村にたどり着いたのは、宵の口だった。

村は静まり返っており、灯りはほとんど消されていた。だが、遠くにほのかに揺れる青白い火が見える。


「狐火ですね」

「違う、“呼ばれてる”火だ」

楓は歩みを止めた。「結、あれに近づくな」


結が足を止めたその先、村の入口――小さな祠に、地蔵が三体並んでいる。だがその真ん中の一体、首が無くなっていた。


代わりに、空中に火の玉が浮いている。


「……地蔵の首と引き換えに、“何か”が現れてる。人の想念か、それとも……」


その時、火の玉がふいに人の形を取った。

子どものような背丈、白い着物、顔だけがなかった。


「――首を、返して……」


それは、か細くも確かに、声を出した。

その直後、背後の茂みから何かが走る音がした。


結が即座に振り返り、刀を抜く。

「右側、二体。動きが速い!」


影のような何かが地面を這うように走り、結に飛びかかる。

刀が一閃し、一体は霧のように散った。

もう一体は札を投げて動きを止める。


「師匠、数が読めません!」


「多分、あの“火”が呼んでる。中心を叩けば……!」


楓が地蔵へ駆け寄り、懐から札を取り出した。

結もすかさず飛び込む。地蔵の台座に、黒い爪跡のような呪が浮かんでいるのを見つける。


「これは……封じ札を剥がされた痕跡」


「何者かが、意図的に解いたんだ」

楓は札に血を滲ませ、詠唱する。


「天地を鎮め、霊を定め、魂を導く――封!」


封印の札が地蔵の台座に貼り付けられた瞬間、狐火が叫びを上げる。


「かえして……あたしの、くびを……!」


次の瞬間、火が爆ぜて消えた。風が止まり、闇が戻る。

残されたのは、三体の地蔵。そしてその中央に、首が戻っていた。





翌朝。

村の長老が頭を下げた。


「地蔵様の首が戻っておる……。昨夜の狐火も、今朝には跡形もなし……。お二人には感謝の言葉もございません」


「地蔵に“首を奪われた子供”の霊が取り憑いていました。村の誰かが、昔、地蔵を壊したことは?」

楓の問いに、長老はゆっくりとうなずいた。


「……かつてこの村で、ひとりの子が、飢えのあまり地蔵に食べ物を投げつけて……。その後、川で溺れて命を落としたと聞きます。以来、地蔵の首が時折落ちていたのも……その子のせい、かもしれません」


「その子、最後は“返して”とだけ言っていました」

結は、静かに空を見上げた。「たぶん、自分の居場所を、ね」





帰り道、結は大きな荷物を抱えていた。


「…まさか、長老からのお礼で団子を要求するとは。

しかも50本。」


「なんでもいい、いくらでもいいって申し出たのは向こうですよ」


ふたりの旅は、今日も続く。

斬るためではなく、迷える者を導くために。


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