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室町異聞  作者: 辻桃
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名の由来

「…この村、なんか変ですね」


「というと?」


「空気です。こう、村全体がピリピリしてるというか……。特に、あの子に対して」


結が目線を向けた先、畑の隅で一人ぽつんと遊ぶ子供の姿があった。年の頃は八つほど。服は泥だらけで、笑顔すら浮かべていない。


「誰かと遊んでる様子もないし、大人たちもあの子を避けてるみたいでした。名前を聞いたら──“サカリ”って」


楓の手が止まった。


「……サカリ」


「知ってるんですか?」


「いや。ただ、その名にしては妙な重さを感じる」


楓はそっと視線を上げた。夕陽が村の影を長く落とし始めていた。


「……少し、話を聞いてみようか」



畑のそばに腰を下ろすと、子供──サカリは少し警戒しながらこちらを見た。


「こんにちは。私は結。旅の者です。君は──」


「サカリ」


すぐに返ってきた声は、無表情なものだった。


「……君の名前、どうして“サカリ”って言うの?」


一拍置いて、サカリはぽつりと語り出した。


「昔……山の奥で迷子になってたとき、おかっぱ頭のきれいな女の人に会ったんだ。“泣くな、名をやろう”って言って……“これからはサカリだ。盛る、って意味だ。生きろ”って言ってくれた」


「女の人……? それって──」


「それ以来、みんなが僕を避けるようになった。あの人は“妖”だったって、村の人が言ってた。ここら辺に出る、悪いモノなんだって」


結は息を呑んだ。


──妖に名を与えられた子。


この時代、それは畏れと嫌悪の対象だった。



「子供が悪いわけではないんだがの……」


その夜、宿を借りた結と楓は、村の長老と対面していた。


「“サカリ”という名はの……昔、災厄を呼ぶ名じゃとされとった。村の者たちはあの子を、いずれ禍の元になると思うておる。妖の血が混じっておるやもしれんと……」


「けどそれはただの言い伝えでしょう。あの子自身に何の罪もないのに」


結の声は心なしか鋭かった。


だが長老は、ゆっくりと首を横に振った。


「理はそうじゃ。されど、理ではどうにもならんのが、民の恐れよ」



「師匠。私、あの子を連れて行ってもいいですか」


「駄目だ」


結の言葉を、楓は即座に否定した。


「……どうしてですか」


「彼は“サカリ”としてここに生まれた。それを否定してどこかに連れていくのは、名をくれた存在を否定することになる」


「でも」


楓は続けた。


「それでも君がどうしても彼を守りたいなら──“名前の重み”を教えてやれ。結、君の名には何の意味がある?」


結は言葉に詰まった。


「君の姉の名と一式で、えにしに結ばれるように、だったか。あるいは、何かを繋ぎとめるためか。だが──意味なんて後からついてくる。大事なのは、背負う覚悟だ」



翌朝、結は再びサカリのもとへ行った。


「……サカリ。君がその名前を気に入ってるなら、それでいい。けど、もし嫌なら……私が別の名前を考えてあげる」


サカリはしばらく黙っていたが、やがてポツリとつぶやいた。


「……気に入ってるよ」


「そっか」


「だって、“盛る”って、強くなるってことなんでしょ? ……僕、強くなりたい。誰にも、嫌われないくらいに」


結はそっと、彼の頭を撫でた。


「なら、頑張ろう。私も、負けないように頑張るからさ」



村を発つとき、サカリは遠くから手を振っていた。


楓はそれを見届けながら、ふと呟いた。


「名前とは、人を縛るものにもなるし、支えるものにもなる。……だが、名に負けなかった者だけが、“名を持つ”に相応しくなるのだよ」


「それって師匠の本名も?」


「私の名は楓だ」


「苗字は何でしょう」


「もう忘れた。代わりに思い出したのは──団子屋がこの先にあるという話だ」


「話逸らしましたね?でも団子なら着いていきます」


ふたりの足音が、村道に残る朝露を踏み鳴らしていった。


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