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室町異聞  作者: 辻桃
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槍の雨、風の影(前編)

「……師匠。あれって、戦ですよね?」


木立の上から見下ろす結の声に、隣の楓はのんびりと串団子をくわえたまま頷いた。


「うん矢が飛び交い、槍が突き立てば、合戦であるってね」


「…なんで新作の団子を食べているのですか?」


「腹が減っては戦はできぬ、と昔から言うじゃないか」


「誰が戦うんですか!」


木々の合間から見えるのは、野に広がる戦場だった。甲冑に身を固めた兵たちがときの声を上げ、槍の列がぶつかりあい、黒煙が立ちのぼっている。


結は頭を抱えた。「これ、ぜったい巻き込まれるやつ……」



事の始まりは、ほんの一刻前。


峠を歩いていた二人の前に、血相を変えた農夫が転がり込んできた。


「た、たすけてくれえぇ! 討って出たら待ち伏せされて、味方がやられちまう!」


「……農夫が戦の話してるの、嫌な予感しかしませんけど」


追いかけてきたのは、槍を構えた足軽たち。どうやら、逃げた者の口封じにかかったらしい。


「わしらの城が攻められてるんだ。守る者も足りねえ……! 頼む、あんたら強そうだ! 手を貸してくれ!」


「……師匠、どうします?」


「まぁ、助けなきゃ後味が悪い。かといって助けたら巻き込まれて重症もありうる」


「どっちに転んでも地獄じゃないですかっ」



というわけで、いま結は槍兵の波に片刀を突っ込んでいた。


「ちょっと待て! 私、寺子屋の先生だったの、ほんの数日前なんですよ!?」


「結、三歩左。次、槍の突きが来る」


「師匠はどこから見てるの!?」


言われた通りに動けば、確かに槍は外れる。次の瞬間、跳び下がりながら敵兵の手元を一撃で叩いた。


「いったぁ! こ、この娘……侍か?」


「旅の女剣士だとよ!」


「よく見ろ、なかなかの美人だぜ」


「戦の最中にナンパをするな…」


隣では、農夫改め兵士の一人が苦笑する。


「姐さん、えらく強えな……そんだけ斬れて、よう我らに加勢なんてしてくれた」


「ちょっと巻き込まれただけですってば!」


とは言うものの、戦線が崩れるのを防ぐために、結の剣は何度も火花を散らした。



夕刻。


斜陽が西に傾き、ようやく兵たちの動きが止まった。攻め手の軍は、人数こそ多いが地形に不慣れ。防戦側は士気が高いものの、兵糧と武器が圧倒的に足りない。


陣を退いた結は、肩で息をしながら地面に座り込む。


「はぁ……死ぬかと思った……」


「まだ死ぬには早いぞ、結」


「……師匠、ほんと平気な顔してません? 一回くらい敵の槍、食らってみません?」


「私は器用な生き方しかできなくてね」


団子をつまみながら言う師匠に、結は頭を抱える。


そこへ、先ほどの農夫――いや、味方軍の兵士・重吉じゅうきちが戻ってきた。


「助かったよ、姐さん。……けど、うちの城、長くはもたねえ」


「やっぱり、兵力不足ですか?」


「それもあるが……あの攻め手の軍、どこか様子がおかしい。隙もないし、陣も完璧すぎる。まるで――裏で操ってるやつがいるみてぇだ」


「……師匠?」


「同感だ」


楓がぽつりと呟いた。


「これまでの戦と異なる。まるで“戦”そのものを、別の誰かが設計しているようだ」


「設計……って?」


「この戦が“誰かの思惑”を叶えるための道具になっているのだとすれば、力ずくでは勝てない」


楓は立ち上がり、空を見上げる。


西の空はすでに赤く染まり、風が生温い。


「決着は今夜つくか、あるいは明朝か。いずれにせよ、時間はない」



夜。


野営地の片隅、焚火を囲んだ小さな輪の中で、結と楓、それに重吉を含む味方軍の兵士たちが膝を寄せ合う。


「我らは明日、どう動けば……?」


そう問う若き兵士に、楓は静かに告げる。


「この戦、主役はお前たちだ。私たちはあくまで“影”として動く」


「影…?」


「陽が強ければ、影も濃くなる。私たちは、陽を生かすために動く。陽とは――お前たち自身の意志だ」


結は火に照らされた楓の横顔を見ながら、そっと呟く。


「また、胃が痛くなるやつですね……」


「慣れてね」


「いやもう、慢性なんですけど!?」


兵たちがくすりと笑った。空気が、少しだけ和らぐ。


──だが、夜の闇は静かに迫っていた。


風が変わる。焚火の火が、ふっと揺れた。


誰かが、気づかぬうちに足元の影へと手を伸ばしている気配。


楓の目が鋭くなる。


「始まるぞ。影の中の影から、次は出てくる」


結も腰の刀に手をかけた。


「了解です。胃薬、持ってきてくださいね」


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