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室町異聞  作者: 辻桃
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山鳴りの村

人里離れた山あいの村、「朝原あさばら」。


小さな集落だが、ここ数日、夜ごとに“山が鳴く”と騒ぎになっていた。


「昨夜は石垣が崩れたそうです」

「その前は、牛が五体投地みたいになって死んでたとか……」


人々はざわめき、誰もが夜の山を恐れていた。異変は決まって深夜、誰も見ていない時に起きる。そして翌朝には決まって、岩が割れ、獣が死に、木々が裂けている。


その原因は不明――いや、“妖”の仕業だと、噂になっていた。



「……で、結。お前は何をしている?」


「芋、焼いてます。村のおばあちゃんがくれたので」


焚き火の上に、竹の皮で包んだ芋が載っていた。香ばしい匂いが漂い、結の表情がほんの少しだけほころぶ。


「師匠こそ、何をしてるんですか。昼間っから酒飲んで」


「異変の気配がないか、鼻を利かせていただけだよ。酒は“効率”のためさ」


「呑気すぎです」


「大丈夫。私の鼻は一級品だ。ほら、芋が焦げてる」


「うわっ――!」


結が慌てて竹の皮をひっくり返す。その様子に楓は肩をすくめて笑った。


「……で、山鳴りの話だけど」


「ええ、村の子供たちは“山の奥から大きな声が聞こえる”って言ってます。“どんどんどん”と三回鳴って、それで何かが起きる」


「封印されていた妖が目覚めようとしているか……あるいは、もう覚醒しているか」


「封印?」


「ただの可能性さ」


楓は空を見上げた。その視線の先には、夜を待つ山の稜線が静かに横たわっていた。



夜。


結は刀を腰に、村の裏手から山道を登っていた。先導するのは楓。焚き火の芋と酒を腹に収め、軽い足取りで進んでいる。


「本当に出ると思います?」


「分からない。けど、鳴く山なんて普通はないからね」


「……また私が囮ですか?」


「若いっていいなあ。柔らかいし、動きもいいし、妖にも好かれる」


「もう黙っててください……」



“どん”


耳を打つような重い音が、山の奥から響いてきた。


“どん、どん”


大地が揺れた。樹々の葉が震え、鳥たちがいっせいに飛び立つ。


結がすばやく構えた。視線を走らせ、風の動きを読む。


そして、現れた。


――巨大な岩のような身体、裂けた口から赤黒い煙を吐く妖。


「……あれは、“山鳴り”の妖……?」


「その名も“ツチオトシ”。もとは山神の使いだったけど、今はただの破壊者」


「やるんですね」


「ああ。結」


「はい」


「命を惜しむな。けど、簡単に捨てるな」


「――心得てます!」



結の双刀が光る。


風と共に駆け、岩の皮膚を裂くように斬りつける。ツチオトシが唸るように咆哮し、地面を揺らして反撃してくる。大地が跳ね、木々が倒れ、結の足場が崩れた。


「っ、く……!」


よろめきながらも札を取り出し、空中に放る。


「動け、止まれ――!」


札が妖の眉間に突き刺さる。一瞬、ツチオトシの動きが止まった。


「師匠!」


「了解」


楓が一歩、進み出た。


懐から短刀を取り出し、自らの指先を切る。血が地に落ちると同時に、地面に文字を描くようにして楓が素早く呪を描く。


「天地を裂くは我が意、四象を鎮めるはこの符。――封」


風が逆巻いた。血で描かれた呪符が赤く輝き、妖の身体を縛る。ツチオトシが暴れ、地を割るが、封印の力には抗えない。


「封印、完了。ふう」


「……終わった」


結がその場に膝をついた。汗が額を伝い、双刀を鞘に戻す手が震えている。


「おつかれ」


「師匠……今の妖、昔は神の使いだったって……」


「“だった”んだよ。時代が変わり、役目を失った神は、よく妖になる」


「悲しいですね」


「そうかい?」


楓は静かに笑った。その笑顔の奥に、何かが揺れているように見えた。


「忘れ去られた者の末路にしては、あまりに静かだ」


「師匠……?」


「なんでもないよ。さて、朝に戻って、芋の残りを焼こうか」


「師匠、あれもう私が全部……」


「え?」


「い、いえ、なんでもありません……」



帰路の途中、結はふと楓の後ろ姿を見つめる。


――なんでこんなに強くて、優しい人が。


なにかを背負っているように感じるのだ。


だが、それが何かは、まだ知らない。


まだ、知らされていない。


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