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室町異聞  作者: 辻桃
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しゃべる草履と道の迷い


旅の途中、楓と結は尾張と美濃の境にある音津の里で足を止めた。


細い山道にひっそりと建つ村は、旅人には“迷うことで名高い”場所だった。

行き止まりのない一本道なのに、何度歩いても戻ってくるという。


その村で「草履がしゃべった」という話を聞いたのは、峠の買い物中でのことだった。


「一月ほど前、旅人が夜中に“草履に呼ばれた”と言って、道に出たまま行方が知れんのです」

「草履が呼ぶ?」

「ええ。あの村じゃ“道祖さまの祟り”だと……村を出ようとすると、草履に道を戻される、って」





その晩、結は村に入ってすぐに違和感を覚えた。

山に囲まれた小さな集落。道は東西に一本だけ。だが、歩いても歩いても、なぜか同じ家の前に戻る。


「これは……空間が捻れてる?」

「地形では説明がつかないね」

楓が、わずかに笑った。


道の途中、石碑のようなものが立っていた。

苔に覆われて読めぬが、形はまるで足跡のようにも見える。


「道祖神……ではなさそうですね」

「“導き”ではなく、“封じ”だな。道そのものを閉じている」


夜、宿をとったが、そこでさらに奇妙なことが起きた。


結が眠りについたころ、草履が音を立てて歩く気配がしたのだ。


ぱた、ぱた、ぱた。


次の瞬間、耳元で誰かが囁く。


「……こっち、こっちへ」





目を覚ました結が外に出ると、自分の草履が、門前にぽつりと置かれていた。

まるで「ここから行け」と言っているように。


「誘導されてますね……草履に」

「ふむ。まるで“人の道を借りて”誘っているような」




翌朝、二人は村人に話を聞いた。


「迷って戻ってきた者には、“草履の裏に誰かの名が書かれていた”ことがあるそうです」

「その名は?」

「みんな違うが、もう亡くなった人ばかりです。しかも、昔この村を出て行った者ばかり」


結は考え込んだ。


「つまり――草履を使って、亡くなった者の“記憶の道”に引き込んでいる?」





その夜、結はわざと草履を外に置き、見張っていた。

深夜、またあの音がした。ぱた、ぱた、と。


草履がひとりでに門を越え、道を歩いてゆく。

まるで見えない足が履いているように。


結はそれを追った。

が、歩けど歩けど村から出られない。道は曲がらず、角もない。けれど風景だけが少しずつ違う。


やがて、道の先に小さな祠が見えた。

中には、ぼろぼろになった草履がひと組、供えられている。


「この祠……」


「それは、“帰らぬ者”のための祠じゃ」


不意に、背後から老婆の声がした。

村の長だという。


「昔、山越えの途中で道に迷い、命を落とした旅人たちを悼んでな。

けれど、近年“喋る草履”が現れるようになってから、行方知れずが増え始めた」


「草履は、“道に迷って死んだ者の意志”……?」


「そうじゃ。戻りたくて戻れず、道の記憶に取り憑いた」





翌朝、結は祠にもう一度訪れ、草履に封印札を置いた。

その下にあった石板には、名前が彫られていた。


それは、村を出た者たちの名ではなく、この村の誰にも知られていないはずの名だった。


「……師匠。これは“迷った者”ではない。“迷わせた者”です」

「ふむ、つまり?」


「これは、“道そのものを歪めた者”の記録。

草履に憑いていたのは、道に迷い殺された者の霊じゃない。

その道を作り変えて、村を閉じた誰かの――封印」


結は確信した。


「誰かがこの村を、“外と切り離す”ために、道を閉じ、記憶を消したんです」





楓は、草履の下の石板に手をかざした。

空気が、重く、淀む。


「開けるよ」

結が頷き、封札を剥がす。


その瞬間、祠の空気が一変し、突風が吹きつけた。


「来た……!」


黒い影が草履から立ち上がる。

形はない。風のような、ただ重たい“存在”。


「帰れ……戻れ……ここは、誰も通れぬ道……」


声が反響する。


結が札を放ち、楓が呪を唱える。


「天地を裂くは我が意、四象を鎮めるはこの符。――封」


札が燃え、風が砕けたように散る。

祠は静まり、草履はただの古い遺物へと戻った。





村の道は、それ以来、迷わなくなった。

峠を越える旅人の数も戻り、草履が喋ることもなくなった。


結は、最後に石碑を見つめて言った。


「誰かが、村を閉じた。忘れられた名前が、“道”に残っていた」

「記憶は道に宿る。草履は、その記憶の入り口だったんだ」


「じゃあ……その草履を、踏んで進んだ人は……」


「進んだのではなく、“戻された”んだろう。記憶の始まりに」


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― 新着の感想 ―
とても読みやすくて、面白かったです。 結と楓、2人のやりとりがとても楽しくて、作り出す空気感もすごく魅力的でした。 団子が好きすぎる結が可愛らしかったです。 ありがとうございます(*'ω'*)応援して…
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