ないはずの空から落ちてきた運命
辺境コロニー第三地区、別名ゴミの破棄だまり。
そこで俺は産まれて、捨てられた。
古い言葉で言うならばスラム街だろうか。
辺境と言っても資源が無く、今後発展する余地も無し、新規惑星開拓の足掛かりにするにしても数百年は先だろうと言われていたコロニーだ。
そんな地獄で、俺は人様の物をこっそり頂戴して生きてきた。
意外や意外、金持ちは面子を重視するからか多少高価なものでも代えが効くなら大抵のものは盗まれても被害届を出さない。
だからこそ俺は地獄の中でも恵まれた物資に囲まれ、不用品は売りさばいてスラムでもそれなりの地位を得ていた。
けどそんなのは簡単に瓦解する。
子供の儲けと言うのは、同じ境遇の子供にとって面白くないのは当然の話。
それ以上に大人に目をつけられたのが運のツキだった。
殴られ、蹴られ、殺される寸前、コロニーに設置されて長い事発せられなかったアラートが響き渡る。
大半の物資を奪われた俺も逃げなければ、と思うが体は動かない。
どんどん視界が暗くなっていく中で、しかしそんなものを俺の身体諸共吹き飛ばすほどの衝撃でモーニングコールを受ける事になった。
「……ギアフレーム」
眼前に落ちてきたそれは銀河帝国が有する人型兵器、ナンバーがふられ星のマークがいくつもついている辺りそれなりの実力者が乗っていたのだろう。
なんでそんなものが、と思う前に動かなかったはずの身体が考える前に行動していた。
18m級の機体、しかし今は転んであお向けに倒れているため5m程度の高さを登り、そしてコックピットハッチを外部から開ける。
中にはヘルメットとバイザーで顔が見えないが、ぴっちりとしたパイロットスーツからわかる起伏で女と判断。
少し悩んだが、俺の短い手足を補うシートとしては十分と考えてその膝に飛び乗った。
「うっ……」
くぐもった声が聞こえるが無視。
操縦かんを握り、機体を動かす。
何故動かせるのか、そんなのは知らない。
ただ単純に、人間が親に教わらず歩きはじめるように機体を動かせた。
わからない、わからないが……この感じがしっくりくる。
まるでコックピットこそ俺のゆりかごであり、ここで産まれ育ったんじゃないかと思うほどだ。
まさしく手足と言っても過言ではない。
「ギアフレーム試作型……機体名アンノウン」
文字なんか読めない俺が、なぜかそれを理解していた。
【ザ……ザザ……ミリ……あ…………の来……を…………する】
「あ? なんて言った? おい!」
搭載されたAIが破損しているのか、それともスピーカーの方に異常があるのかはわからない。
……というかなんでAIがとか、そういう時点で俺の理解の範疇を超えている。
だけどスラムでの生活で俺は学んだ。
わからない事は深く考えてもわからない。
知らない事は命取りだが、わからない事はどうにもならない。
なら進むだけだ。
「レーダー起動、直前までの戦闘ログ解析、システムチェックスタンバイ、光子ジェネレーターリンク途絶につき再起動中、メインスラスター破損により推進力70%低下、サブスラスター半壊により左方旋回性能低下、光子ジェネレーターリンク再接続、ジェネレーター破損につき機体の性能半減、装甲脚部並びに頭部破損、メインカメラ全損、右腕関節部の破損につき稼働率低下、左脚半壊につき歩行不可能、可変システム破損により機動形態への変形不可能、シールドシステムダウン、武装は……アームドナイフのみ」
知らないはずの言葉がすらすらと口から飛び出す。
だけど、理解している。
命取りじゃないなら……問題ない!
「ログ参照、宙賊との戦闘により負傷を確認、コロニーのシールドを突き破っての不時着、パイロット名アレクサンドリア・ルーカス、階級は少尉、レーダーに感有り敵機接近」
『ひゃっはー! これで撃墜王様もおしまいだ!』
『ぶっ殺してやれ!』
『ついでにこのコロニーからめぼしいもん貰っていくとするか』
下品な声だ、吐き気がする、虫唾が走る。
だけど……なぜだろう。
気分が高揚している。
「システムオンライン、左脚をパージ、スラスター起動!」
スイッチを押しながら、初めて乗ったはずのギアフレームを動かしていく。
こちらの考えた通りに左足を外し、スラスターからは推力が発生する。
そのまま人工重力に逆らい上昇すると共に残った唯一の武器であるナイフを左手に、一番近くにいた宙賊のコックピットを貫いた。
『なっ、まだ生きてやがる!』
『くそっ、撃て撃て! どうせこんなコロニー潰したところで軍は動かねえよ!』
『馬鹿! 相手は軍人だぞ!』
『鼻つまみ者にされて左遷された奴なんか誰も見向きもしねえよ! やっちまえ!』
ビームに実弾、ついでにその衝撃で吹っ飛んだ瓦礫が俺に、この機体に向かって飛んでくる。
けれどその全てが、まるで知っているかのようにどんな風に飛んでくるのかが見える。
瓦礫の一つを踏み台にしてスラスターをふかしながら跳躍、壊れかけの右腕で瓦礫の中にあった鉄柱を掴み回転して投擲、一機撃墜、続けざまに怯んだ相手を見つけてナイフを突き立て蹴り飛ばす。
一度スラスターを止めて自由落下、途中で鉄柱で潰された奴のライフルが落ちてきたのを拾う。
「システム接続開始、ビームライフル型式A-287ビジョンショット、改造によりエラー!? なら設定軸を変えてエネルギー供給を直結に、トリガーアクションで発砲、通った!」
落下中にライフルで敵を狙い打つ。
目視できる機体の数は3……いや5に増えた。
「くそっ、このままだとエネルギー切れだ!」
供給軸を直結させたせいで消費が激しい。
もとより破損したジェネレーターを無理させている以上、射撃武器は無理がある。
『少尉! 生きていたか!』
「武器をよこせ! ビーム兵器はダメだ!」
『なにっ、誰だ貴様!』
「いいからよこせ! 少尉を死なせたくなかったらナイフでも銃でもいいからこちらに渡せ!」
『宙賊か! ならばここで死ね! 機体を奪われ攫われるより少尉もうかばれる!』
くそっ、話にならない。
しかも増援かと思いきや第三勢力みたいなもんだ。
なら……やるしかない。
「どけぇ!」
再び飛び上がり、宙賊の機体に蹴りを入れる。
奴らの機体は俺の乗っている試作機よりもだいぶ古い。
性能差があるだけじゃない、あいつらの機体のシールドは小型のデブリ程度しか防げない。
だからこそただの蹴りでも十分な効果を発揮するが……。
「右脚破損! くそっ、着陸できなくなった!」
『……仲間割れか?』
「元からこいつらは仲間じゃねえよ! 目の前に落ちてきたこいつを拾ったんだ! さっきも言った通り少尉を死なせたくなければ武器を貸せ!」
『駄目だ! 信用できるか! 残りはこちらに任せて船に迎え!』
「それができるなら、なっ!」
蹴り飛ばした相手のライフルを手に取るも流れてきた情報はビーム兵器、これじゃないので鈍器として扱う。
ないよりはマシ程度だが、相手は武器はそこそこでも機体は骨董品。
薄っぺらい装甲をぶち壊して中の人間も潰しながら、ライフルがバラバラになる。
あとはもうステゴロしかない!
「くたばれぇ!」
『な、なんで当たらねえんだよぉ!』
さっきからずっと聞こえていたはずの音声、宙賊の断末魔、それをいまはっきりと耳にした。
あぁ、どこかで聞いたことがある。
いつだったか、俺の知らない記憶、そうだ、あれは夢の中だ、ただひたすら夢の中で宙賊や敵の軍隊、正体不明のアノマリーとの戦闘で操縦桿を握っていた。
けれどその手は大きく、俺の物じゃない。
そのはずなのに俺は、俺がこの場所にいるのは全ての歯車がかみ合ったかのように、しっくりときた。
「っしゃおらぁ!」
最後の一機、そのコックピットに拳を叩きこむと敵は全滅した。
『おいお前! おい! 聞いているのか! 機体の制御を!』
あぁ五月蠅いなぁ……せっかくいい気分だったのに……久しいな、この感覚……久しい? いつどこで俺は……まぁいいや、今は、ねむ、い……。