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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「狸賽」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「狸賽たぬさい


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約30分


必要演者数:2名

      (0:0:2)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎はちごろう:このはなし八五郎はちごろうどんは博打打ばくちうち。

    最近負けがんでいるところへ、子供たちにいじめられていたたぬき

    を助けた。


たぬき:人間の子供たちにいじめられていた所を通りがかった八五郎はちごろうに助けら

  れ、恩返おんがえしにやってくる。


博徒ばくと八五郎はちごろう行きつけの賭場とば常連じょうれん

   どうになった者が次々とつぶれてしまい、途方とほうれていた所に八五郎はちごろう

   が顔を見せて勝負をいどんできたため他の者達と一緒に受ける。



●配役例


八五郎:

狸・博徒:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:きつねたぬき、どちらも人をかすことで有名ですな。

  きつね七化しちばけ、たぬき八化やばけと昔は言ったそうです。

  たぬきの方がきつねより一化ひとばけ多いんですが、何か間抜まぬけな所がありまして、

  これは姿すがたなんかを見るってぇとよくわかりますな。

  瀬戸物屋せとものや店先みせさきたぬきの人形、信楽焼しがらきやきが立っておりますけど、

  あれを見ればご納得なっとくがいくかと思います。

  かさをかぶってますが、まともにかぶっているのはあんまりいない。

  大概たいがいうしろの方にずっこけちゃっておりますね。

  で、片方の手に徳利とっくりをぶら下げ、片方の手にはかよちょうをぶらげ、

  ついでに真ん中にもう二つ、何かぶら下げて立っているわけですが、

  どこのどの人形を見ても、ああいうのしかいない。

  事によるとたぬきの社会にメスはいないんじゃないかと思って、

  ずいぶん心配したことがございます。

  ところがあとで聞いたところによると、いる事はいるんだそうです。

  でも、なるべくはあんまり店頭てんとうかざりたくないので作らないのだ

  という事でございますが、かりにできたらさぞやこう立派りっぱなものが…

  ま、そんな事はどうでもいいんですけどね。

  きつねたぬき変化へんげ、つまり何かにける際はやれ修行しゅぎょうが必要だの、

  経験けいけんがものを言うから年老としおいていればいるほど上手うまいだの、

  いろいろ条件みたいなものがあるようです。大抵たいていの話はいくらうまく

  けたとは言っても、どこかしらでボロを出すのが通例つうれいとなっており

  ますが、それはこのはなしたぬきも例外ではないようで。


狸:ですので、あの時子供たちにいじめられていた所を救っていただいた

  たぬきです。


八五郎:じゃあ、お前さん何かい?

    昼間のたぬきだってぇのか。


狸:はい、すでに命も危なかったのを助けていただき、本当にありがとう

  ございました。

  両親からも「きちんと受けた恩は返して来い、そうしなきゃ人間と同

  じだ。」と言われ、おれい恩返おんがえしをしたく参上さんじょうしました。


八五郎:へえ、たぬきってぇのは義理ぎりがてぇもんなんだな。

    だいいちおめぇ、子供につかまってさんざんひどい目にあってたけど

    たぬきなんてものはなかなか人につかまえられるもんじゃねえんだよ。

    まして相手は人間の子供だ。

    つかまりようがねえと思うんだが、なんでつかまっちまったんだい?


狸:ええ、あの、親方おやかたに助けてもらったそばのところでね、人間の子供達

  がみんな、メンコしてたんですよ。

  だからあたいもやりたいなぁと思って、かげかくれて見てたらね、

  一人があたい帰ろーって言って帰っちゃったから、そうだ、あの子に

  けて入ってやろうと思ってね、あたいもういっぺんやろーって言い

  ながら入って行ったら、あっこいつたぬきだー! ってつかまっちまっ

  たんですよ。


八五郎:なんでたぬきだってバレちまったんだい?


狸:実は、あんまりあわてたんでけるのを忘れちゃったんです。


八五郎:そりゃあたぬきのまんまで入って行ったらつかまるよ。

    お前もドジだね。

    しかし、俺が通りかかって良かったな。

    これからは気を付けなくちゃいけねえよ。

    で、今こうして恩返おんがえしに来たと、こういうわけかい。


狸:ええそうなんですよ。


八五郎:だけどなあ、恩返おんがえしったっておめえ、何ができるんだい?

    人間の小僧こぞう恩返おんがえしに来たってんなら、うちの中を掃除そうじさせるとか

    いろいろ手はあるけどよ、たぬきが来たって何も恩返おんがえしはできねえだ

    ろう。


狸:そんな事はないです。

  親方おやかたけろっていうものに何でもけちゃいますから。

  大入道おおにゅうどうけろってば大入道おおにゅうどうけますし、唐傘からかさのおけにけろっ

  てば唐傘からかさのおけにけますしね、一つ目小僧こぞうけろってばーー


八五郎:よせよおい、もんばっかりじゃねえか。

    そんなもんにけられたって、こっちはうれしくとも何ともないん

    だよ。

    やっぱりこっちの役に立つもんじゃなくっちゃいけねえやな。

    例えばの話、おさつけるとかよ。


狸:おさつですか? えぇ、わけありませんよ。

  あたいは退屈たいくつするといつもおさつけてね、道に寝てるんですよ。

  そうすると人間が通りかかりまして、ああこんなところにお札が落ち

  てらあなんてひろおうとするから、その手をひっかいて逃げるんですよ

  。


八五郎:悪いイタズラしてやがんな。

    しかし、そうか。じゃあちょいとけてみなよ。


狸:え?


八五郎:だからけてみなよ。


狸:親方おやかたぁ…けてみなよったって、そこでじぃーっと見ていられたんじ

  ゃ、あたいはけらんないですよ。

  恐れ入りますが、目ぇつぶって三つ数えてくださいな。

  その間にけちゃいますから。


八五郎:なに、目をつぶって三つだ?

    そんなわずかの間にけられるのかい?

    ホントに?


狸:もちろんです!


八五郎:あ、そう。

    じゃやってみようかな。

    あ、目をつぶったすきにどっかにずらかっちゃうとか、変なことす

    るんじゃねえかい?


狸:大丈夫ですよ、さ、どうぞ!


八五郎:そうかい?

    じゃ、目をつぶって三つだな?

    いくぞ。

    いち、に、さんッ!


    けたかい?


狸:けましたよ!


八五郎:どれ…。

    ありゃ、こいつはまたデカいなおい。

    部屋いっぱいになるくらい大きくけちゃダメだよ。

    これじゃ使えねえじゃねえか。

    もっとずっと小さくなってごらんよ。


狸:小さくですか?


  じゃ、このくらいならどうですか?


八五郎:まだまだまだ、まだだよ。

    うーん、まだ大きいな。

    こんなに大きくちゃいけねえよ。


狸:もっとですか?


  親方、このくらいは?


八五郎:うーん、ようやく布団ふとんくらいの大きさかぁ。

    いやぁまだだ、まだまだだよ。

    こんなに大きくちゃいけねぇや。


狸:まだまだですか?


  じゃあ、このくらいでどうです?


八五郎:いやいやもっともっと、もっとずっと小さくなって。

    まだ座布団ざぶとんくらいはデカいよ。

    もっともっともっと。


狸:え~、じゃ、一気に行きますよ。


  それっ!


八五郎:あっちょちょちょ待て、待てって!

    おいおい、いきなり一気に小さくなるなよ。

    たたみの目の中に入ってっちまうじゃねえか。

    もうちょっと大きくしなよ。


狸:うーん、このくらいですか?


八五郎:もう少し、もう少しだ。

    …おうそのくらいだ。

    ほう、これァうまいね。なるほどなァ、たいしたもんだ。

    自分より目方めかたの軽いもんになってるってぇのに、そこらへんはいっ

    たいどうしてるんだろうな…っておいおい、これァいけないよ。

    裏が毛だらけじゃねえかい。


狸:その方があたたかいと思いまして。


八五郎:おいおい、シャツを買うんじゃねえんだ。この毛を何とか消して

    くれ。


狸:わかりました。

  じゃこんな感じで。


八五郎:全部だよ、もっと、ずーっと。

    ようし取れた取れた。

    これならいいーーっておめえ、取れたのはいいけど、後からノミ

    が出てきたじゃねえか。

    さつのノミを取ったなんてのは初めてだよ。

    これで、よし、と…。

    うんなるほど、これァうまいな。どっからどう見たって本物のさつ

    だな。


狸:あ、あの…あんまりくるくる回さないでもらえますか?


八五郎:どうしてだよ。


狸:その…しょんべんらしそうで…。


八五郎:汚ねぇな!

    おめぇはいちいち汚ねえよ。

    よし、元に戻っていいぞ。


狸:あ、じゃ、また目をつぶっていただけますか?


八五郎:ああ、それで三つ数えるんだな。

    いち、に、さんッ!


    おぉなるほどね、うまいなぁ。

    たいしたもんだ。

    ところでおめえにそれだけの腕があるんだったら、ぜひとも

    てもらいてえものがあるんだよ。


狸:はい、なんでしょう?


初五郎:あのな、サイコロにけてもらいてえんだ。


狸:サイコロ…知らない言葉ですね。


初五郎:なんでえ、サイコロ知らねえのか。

    ほら、人間の子どもなんかがよく正月にすごろくとか遊んだりす

    るじゃねえか。

    その時に使う奴があるだろう。こう四角くってさ、目がきざんであ

    って、ころころっと転がすんだよ。

    そいつにけてもらいてえんだ。


狸:へえ、なるほど…そういや子供が作ってるのを見た事があったような

  …。


八五郎:あ、そっちの方はダメだぞ。

    子供のはどろで出来てる奴だろ、それじゃねえ。

    本物はこっちにあるんだ、よく見てくれや。


狸:あ、こんなに小さいんですね。

  たしかに違うや。


八五郎:そうだ。

    おう、もっとこっち来い。

    いいか、こいつは目のきざみ方がむずかしいからよく覚えてくれよな。

    ピンの裏が六で…


狸:?ピンってのはなんですか?


八五郎:一の目の事を俺達の間ではピンて言うんだ。

    二の目の裏が”ぐ”…


狸:”ぐ”?

  ぐってのは、なんです?


八五郎:”ぐ”ってのはな、サイコロの目のの事を言うんだ。

    こいつは俺の好きな目でな。

    ぞく加賀かが様とも言うんだ。


狸:へえ、どういうわけで加賀かが様って言うんです?


八五郎:そらあ、加賀かが様の家紋かもん梅鉢うめばちだからな。


狸:梅鉢うめばちってのはどんなもんなんです?


八五郎:話がしにくいな、たぬきってのは。

    あー、人間の方にはな、家によっては家紋かもんってのがあるんだよ。


狸:はぁ…。


八五郎:うーん…あ、おめえ天神てんじん様行ったことがあるか?


狸:ええ、山にあるんでよく遊びに行きます。


八五郎:ほぅそうかい。

    あの天神てんじん様へ入って行くとよ、ポーンとこのうめの花みたいなのが

    ついてるだろ。

    あれがなんとなしにこのサイコロのに似てるんで、の目のこ

    とを梅鉢うめばちって言うんだ、よく覚えといてくれ。

    で、三の裏の目が四だ。

    上下合わせて目の数の合計がそれぞれ七つになんなきゃいけねえ

    んだよ。

    わかったかい?


狸:なるほど、わかりました。


八五郎:じゃ、これ置いとくからな。

    よく見て、その通りにけてくれ。

    裏に毛が生えてたりしちゃ困るからな。

    大丈夫か?


狸:はい、いつでもいけます。


八五郎:ホントに? もういいの?

    おめえ、うかつに見ていて間違まちがえるなよ。


狸:大丈夫です!


八五郎:そうかい、たぬき物覚ものおぼえがいいんだな。

    よし、やってみようじゃねえか。

    いいか、いくよ?

    いち、にぃ、さんッ!


    けたかぁ?


狸:ばっちりですよ!


八五郎:おう、どれ…。

    ぉぉぉ…なるほどけたね、うまいなこれァ。

    二つきちっと並んでるけど、どっちが本物だかわからねえなあ。

    たぬこう


狸:へーい。


八五郎:いや返事したってわからねえんだよ。

    どっちがおめえだい?


狸:じゃ、そっと横に離れますから。

  それがあたいです。


八五郎:ぉ、ぉ、お、お、なるほど、わきへスッとずれたね。

    それがおめえか。

    じゃ、こっちが本物だな。

    どれどれ…ほう、なるほどいいね。重みもちょうどいいあんばい

    だ。

    でだ、あらかじめ驚くといけねえから教えておくが、

    サイコロってのは転がすのがやり方だ。

    いいか、やってみるぞ。


狸:えぇ…転がされるのは嫌だなァ。


八五郎:嫌だなんてこと言うなよ。

    恩返おんがえしなんだから。ひとつ、一生懸命いっしょうけんめい頼むぜ。

    よっ!


    へへへ、ピンだよ。

    いいなぁ、このピンってのはいつ見ても目がくっきりと浮いて出

    ててなぁ。

    よっ!


    またピンだね。

    これが出ねえかなと思ってる時に出るってェと、胸がスッとする

    ねぇ。

    なるほど、たいしたもんだなァ。

    よっ!


    おいおい、めてもらいてぇからってピンばっか出すことはねえ

    んだよ。


狸:いえ、その…ピンが一番出しやすいんで。

  仰向あおむけになってると、へその穴にあたるとこなんで。


八五郎:ぇ、へそかいこれ?

    ははぁそうかぁ、じゃ、ピンがへそだとするってぇと、二なんぞ

    目の玉だろ。


狸:そうです、えへ。


八五郎:えへ、じゃないよ。

    サイコロの二がにやにや笑ってちゃ、おかしいじゃねえか。

    ってあぁこらいけねぇな、いや、俺が悪かった。

    二の目はきちっと真横まよこに並んでちゃいけねぇ。

    サイコロの二や三なんてのはな、肩から斜掛はすかけにポンポンっと

    来るもんなんだ。

    もっとこう、首をぐっと曲げてみなよ。


狸:あ、ちょっと痛いです、あたた…。


八五郎:痛い?

    しょうがねぇじゃねえか、恩返おんがえしなんだから。

    一生懸命いっしょうけんめいやってくれよ。

    ほら、もうちょっと、もうちょっと…よし。

    それでいいんだよ、それで。


狸:う、け、けっこう、痛いです…。


八五郎:しょうがねえだろ。ちゃんとそうしてなよ。

    あのな、俺ぁこれからおめえをふところに入れて出かけるからな。

    向こうについたらいろいろ目を注文するから、いいか、俺がピン

    だって言ったらおめえはさっと仰向あおむけになるんだ。

    二だって言ったら、さっと首を曲げるんだ。

    ちゃんと俺の言った通りの目を出してくれよ、分かったかい?


狸:へーい。


八五郎:よし、ふところ入れるぜ…ってそうだ、おめえ、用をしとかなくてい

    いかい?


狸:大丈夫ですよー。


八五郎:あ、そう。

    じゃ、入れるぜ。

    はぁありがてぇありがてぇ、ここんとこ負けが込んでてよう。

    いつだってそうなんだ、もうちょっとってとこで、必ず取られち

    ちまうんだからよ。

    今日はひとつ、ガバッと取り返そうじゃねえか。

    なんたってたぬこうが付いてんだからな。

    こっちの言う通りの目になるんだ。

    いやぁありがてぇ。

    向こうへ行って人がそろってたらこっちのもんだが…どういうこと

    になってるかな…よいしょっと。

    おぉみんなそろってるそろってる。

    みんな好きだからねぇ。

    おうごめんよッ!


博徒:……おう八公はちこう


八五郎:?おいみんな、どうしたんでぇ。

    勝負もしねえで腕組みして考えこんじゃって。

    なんかあったのかい?


博徒:いや、どうしたってわけじゃねぇんだが、こんくれぇ不思議なばん

   ねぇんだよ。

   誰がどうを取っても片っぱしからつぶれちまってな。

   いまどうのなり手がいねえんだよ。

   仕方がねぇから、この辺でいたずらピンにしようかと思ってな。


八五郎:おいなんだよ、せっかく俺が来たんじゃねえか。

    二、三番付き合ってくんねぇな!

    じゃあこうしよう、俺がどうを取ろうじゃねえか。


博徒:おめぇがかい?

   そりゃかまわねえがおめぇ、たねはあるんだろうな?


八五郎:おぅ見てくれ、こんなにふくれ上がってんだ。

    安心してドカッと張っても大丈夫だよ。

    払えませんなんてこと言わねえから。


博徒:そうかい、そんならいいや。


八五郎:その代わりな、そこにあるそのサイコロ、そいつは使いたくねぇ

    な。


博徒:なんでだよ。


八五郎:だってよ、今まで片っぱしからどうつぶれてんだろ?

    縁起えんぎの悪ぃサイコロだ。

    だからこっちのな、てめぇのやつ持ってきたんだ。

    これ使っていいかい?


博徒:おめぇが持ってきたサイコロ?

   変な仕掛しかけがあるとかじゃねえだろうな?


八五郎:大丈夫だいじょうぶだよ。


博徒:一応あらためさせてもらうぜ。

   こっち貸しな。

   イカサマでもされると大変な騒ぎになっちまわぁな。

   これかい。


   …。

   いやにあったけぇな。


八五郎:そりゃふところに長いこと入れてたからね。

    あったまっちまってるよ。


博徒:それにしたっておめぇ、でたみてぇにあったけえよ。


   ?お? なんだかぴくぴくするね?


八五郎:んなこたぁないよ!

    おめぇの気のせいだよ!


博徒:いやまぁ、いいけどよ。

   サイコロ振ってちゃんと目が変わればいいんだよ。

   よっ。


八五郎:出目はちゃんと変わるよ。

    【小さく】

    ぁっ…。


博徒:【サイコロを振っている】

   よっ。


   よっ…。


   …。


   このサイコロ転がらないね。

   たたみの上をすってくよ?


八五郎:んなこたないよ!

    転がるんだよバカだねこんちきしょう。

    【サイコロに向かって】

    転がれィッッ!!!


博徒:おい怒鳴るなよ。

   怒鳴ったってしょうがねぇじゃねえか。


八五郎:いや転がるんだよ。


    転がるんだぞ!


博徒:いや何を言ってんだよ。

   ここにいるんだから普通に話しゃ分かるよ。

   まったく、大きな声出しやがって。

   転がらなかったらこっちの出して使ってくれよ、いいかい?


八五郎:いやだよ。


博徒:嫌だったって、転がらねえでそのままスッといっちまうんじゃ、

   勝負にも何にもなんねえよ。

   転がって目が変わるから勝負になるんだしよ。


八五郎:だから、見てろって!

    よっ!


博徒:…おぉ転がった。

   ……うん?

   今度は転がったまま止まらねえぞ?


八五郎:ちょっと、それつかまえてくれ!


博徒:おいおい、また転がるとなると、とめどなく転がってっちまうな。

   裏へ抜けてっちまうよあれじゃ。

   なぁんか変なサイコロだな…んッ。


八五郎:おいおい乱暴なことするな!


    しょんべんらすじゃねえかよ!!


博徒:サイコロがしょんべんなんからすかよ。

   変なこと言ってやがんな。


八五郎:ぇ、いや、別にどってこたぁねえよ。

    大丈夫だいじょうぶだ。


博徒:まあいいや、じゃあそのサイコロ使っていいぜ。


八五郎:そうかい、ありがてぇな。

    じゃ、お願いしますよ。

    入れるぜ。


    ほらほら、ちょぼいちなんざな、しみったれたって面白おもしろくはねぇ

    んだ。

    ひとつ威勢いせいよくわっと張ってくれ、わっと!


    あぁ来たねおい、つぶれ回りだから強気になって、一気に俺をつぶ

    ちまおうって思ってんだろうけど、そうはいかねえんだ。

    今日は俺がガバッと取り返そうと思って来てるんだ。


    お~すごいねェ、どんどんどんどんかぶってきたけど、なんでェ、

    ピンがき目じゃねえか。

    いいのかぃ、ピンけといて。


博徒:バカ言ってんじゃねえ、こんなのは一番も出ねえ死に目だよ。


八五郎:ハァ?

    これが死に目だって?

    けといていいのかい?

    もし勝負ッて開けてみて中にピンが出たら、ぜにはそっくり俺が

    いただいちまうんだよ?

    誰か買った方がいいんじゃねえのかい?


博徒:しつこいな、いいから早く開けなよ!


八五郎:あそう、俺はありがてぇな。

    ピンが一番出しやすいーー


博徒:なんだって?


八五郎:ぁあいや、なんでもねえなんでもねえ。

    じゃ、もういいんだね?よし、手ェ出しちゃいけないよ。

    さ、今日はね、さっきも言った通り俺ァ今までの負けぶん取り返さ

    せてもらうからね。

    ここはひとつ、神頼みといくぜ!


    神様、ひとつお願いしますよォ!

    ピンですよ!

    ピンだよ!

    ピンてなぁ、一だ!


博徒:いやそんなの分かってるわ!


八五郎:いいんだよ分かってたって!

    一ですよ!

    頼むよォ!

    仰向あおむけになってぇ!

    へその穴ァ!


博徒:なんだよそれは!


八五郎:何でもねえんだ、気にしちゃいけねえ。

    いいかい、行くよ!

    勝負ッッ!!


博徒:!!!ウソだろ、ピンだ…!!


八五郎:はははほら見ろ、出たじゃねえか!


博徒:こらぁ驚いた、たいしたもんだな。


八五郎:何言ってんだ、たまにはこういう事だってあるんだよ。

    さあさあさあ、どんどんどんどん張って倍にして取り返してもら

    おうじゃねえか!

    さあさあさあ、どんどんどんどん張って!

    こっちは大きな目はでねえよ、今ピンが出たんだから。

    いいかい、今から張ったって遅いんだ。

    お?今度は二がいてるよ?誰か張らねえのかい?

    いや、無理むりにはすすめねえよ。

    どうにとってき目があるなんて、こんなありがてぇことはねえん

    だ。

    じゃ、もういいかい?よし分かった。

    もう手ェ出しちゃいけないよ。

    さ、悪いけど二回目も俺がもらっちゃうよ。

    頼むよォ!

    二だよ!

    二ですよォ!

    はすになってェ!

    目の玉ァ!


博徒:なんだよさっきから!


八五郎:いや、気にすることはねえんだよ。

    行くよ!

    勝負ッッ!!


博徒:んなっ…二だ…!


八五郎:ほォら出た!


博徒:~~野郎の言う通り出てんなこのサイコロ。

   ?ちょっと待ってくれ、このサイコロ俺の事なんかにらんでるな。


八五郎:何言ってんだよ!

    そんなことあるわけがないだろ!

    さあさあさあ、どんどんどんどん張ってくれ!

    あと一番で勝ち越しになるんでね!

    さ、ずーっと張って!

    おぉおぉ三にかぶってきたね!

    みんなでもって一気につぶそうってんだな。

    ピンと出て、二と出たから今度は三だろうってんだね。

    そうはいかねえんだよ、面白おもしれぇな!

    博打ばくち面白おもしろみはこれだよ!

    ほんでこっちはガラッといちゃったね。

    き目、いいのかいけといて?

    こらぁうれしいな、こんなありがてぇことはねえもんな。

    よぅし、もういいんだね?

    もう手を出しちゃいけないよ!

    さぁ行きますよ!

    悪いけどねまた取らしてもらうからな!

    さぁ~今度はーー


博徒:おいちょっと待ちな。


八五郎:え?


博徒:黙ってやりな。


八五郎:なんだって?


博徒:黙ってやりなって。


八五郎:どうしてだよ?


博徒:さっきからおめぇの言う通りの目が出てんだよ。

   気になってしょうがねえから、黙ってやりな。


八五郎:【急に少し弱気】

    ぇ…だって…そりゃぁ…まずいよ。


博徒:なんでだよ。


八五郎:いや、どうしてって事はねけぇけど…、

    なんでだよ、別に言ったっていいじゃねえかよ!!


博徒:だめだよ。

   おめえの言う通りの目が出てんだから。

   まさかそんな事はねえだろうが、まわりのみんなも気にしちまってん

   だよ。

   だから黙ってやってくれや。

   子の方で黙ってやってくれって言ってんだから、

   親のどうは言われた通りやったらいいじゃねえか。


八五郎:いや…そりゃそうだけどもさ、

    いやだけど何もね、俺が何か言ったからって出るもんじゃねえん

    だから、おめぇ達もみんなーー


博徒:【↑の語尾に喰い気味に】

   ダメだってんだよ。

   これァ、みんなの意見だ。


八五郎:【ぶつぶつぼやく】

    なんだよ、本当に…。

    せっかくここまで来てんのによ、何も言わなきゃ野郎が困るよな

    …。

    ピンと出て、二と出たから今度もものじゅんだろうなんて三と出され

    た日にゃ、こりゃたまったもんじゃねえよ。

    みんなでまとまって張って来てんだからな…。

    弱ったな…ぉっ、そうだ…!


    じゃあさ、こうしようじゃねえかよ!

    数を言わなきゃいいだろ、数を!

    どうだい、加賀かが様だとか、梅鉢うめばちだとかこういうのならいい

    だろ?


博徒:まぁ…それならいいか。

   おめぇらもそれでいいな。


八五郎:お、いいかい!?

    いや、俺はねなんか目の色を変えて人のおあしを取るってのは嫌い

    なんだよ。

    やっぱりこれだって遊びだよ。だから陽気ようきにやりてぇんだ!

    何か言いながらやりてぇ方だからさ!

    じゃ、言わしてもらうよ!


博徒:数は言っちゃダメだぜ。


八五郎:分かってるよ!

    行くぜ!

    さあ頼むよォ!!

    今度は加賀かが様だよォ!

    梅鉢うめばちだァ!

    ほら天神様天神様ァ!

    天神様勝負ッッ!!


博徒:!!?!?

   ッな、なんだこりゃ!?

   たぬきかんむりかぶって、しゃくを突っ張ってやがる。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)



※用語解説


天神様:菅原道真公すがわらのみちざねこうの事。


加賀かが様:ここでの加賀かが様は江戸時代ベースのお話なので、加賀前田家かがまえだけの事

    を指すと思われる。


梅鉢:戦国武将・前田家の家紋かもんであり、菅原道真公すがわらのみちざねこうがこのもんを使用した記

   録はないが、各地の天神様の社紋しゃもんに使われている。


笏:貴族や、戦国・江戸時代の偉人の肖像画で人物が手に持ってる、

  木でできた細長い板。


ちょぼいち:サイコロ賭博とばくの一種で、サイコロ一個でやる。

      客は何人でもよく、胴親どうおやが用意した一から六までの数字が書

      いてある紙か板の数の上に、各自金をけ、胴親どうおやはさいころ

      1個をつぼに入れて振り出し、出た目と同じ数字の上のけ金

      にはその4倍支払い、そのほかのけ金は胴親どうおやがとる。

      ちなみに二個でやるのがわりと有名な丁半博打ちょうはんばくち、三個がチンチ

      ロリンである。



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