落語声劇「狸賽」
落語声劇「狸賽」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約30分
必要演者数:2名
(0:0:2)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
八五郎:この噺の八五郎どんは博打打ち。
最近負けが込んでいるところへ、子供たちにいじめられていた狸
を助けた。
狸:人間の子供たちにいじめられていた所を通りがかった八五郎に助けら
れ、恩返しにやってくる。
博徒:八五郎行きつけの賭場の常連。
胴になった者が次々と潰れてしまい、途方に暮れていた所に八五郎
が顔を見せて勝負を挑んできたため他の者達と一緒に受ける。
●配役例
八五郎:
狸・博徒:
※枕は誰かが適宜に兼ねてください。
枕:狐と狸、どちらも人を化かすことで有名ですな。
狐七化け、狸は八化けと昔は言ったそうです。
狸の方が狐より一化け多いんですが、何か間抜けな所がありまして、
これは姿なんかを見るってぇとよくわかりますな。
瀬戸物屋の店先に狸の人形、信楽焼が立っておりますけど、
あれを見ればご納得がいくかと思います。
傘をかぶってますが、まともにかぶっているのはあんまりいない。
大概後ろの方にずっこけちゃっておりますね。
で、片方の手に徳利をぶら下げ、片方の手には通い帳をぶら下げ、
ついでに真ん中にもう二つ、何かぶら下げて立っているわけですが、
どこのどの人形を見ても、ああいうのしかいない。
事によると狸の社会にメスはいないんじゃないかと思って、
ずいぶん心配したことがございます。
ところがあとで聞いたところによると、いる事はいるんだそうです。
でも、なるべくはあんまり店頭に飾りたくないので作らないのだ
という事でございますが、仮にできたらさぞやこう立派なものが…
ま、そんな事はどうでもいいんですけどね。
狐や狸が変化、つまり何かに化ける際はやれ修行が必要だの、
経験がものを言うから年老いていればいるほど上手いだの、
いろいろ条件みたいなものがあるようです。大抵の話はいくらうまく
化けたとは言っても、どこかしらでボロを出すのが通例となっており
ますが、それはこの噺の狸も例外ではないようで。
狸:ですので、あの時子供たちにいじめられていた所を救っていただいた
狸です。
八五郎:じゃあ、お前さん何かい?
昼間の狸だってぇのか。
狸:はい、すでに命も危なかったのを助けていただき、本当にありがとう
ございました。
両親からも「きちんと受けた恩は返して来い、そうしなきゃ人間と同
じだ。」と言われ、お礼に恩返しをしたく参上しました。
八五郎:へえ、狸ってぇのは義理がてぇもんなんだな。
だいいちおめぇ、子供に捕まってさんざん酷い目にあってたけど
狸なんてものはなかなか人に捕まえられるもんじゃねえんだよ。
まして相手は人間の子供だ。
捕まりようがねえと思うんだが、なんで捕まっちまったんだい?
狸:ええ、あの、親方に助けてもらったそばのところでね、人間の子供達
がみんな、メンコしてたんですよ。
だからあたいもやりたいなぁと思って、陰に隠れて見てたらね、
一人があたい帰ろーって言って帰っちゃったから、そうだ、あの子に
化けて入ってやろうと思ってね、あたいもういっぺんやろーって言い
ながら入って行ったら、あっこいつたぬきだー! って捕まっちまっ
たんですよ。
八五郎:なんで狸だってバレちまったんだい?
狸:実は、あんまり慌てたんで化けるのを忘れちゃったんです。
八五郎:そりゃあ狸のまんまで入って行ったら捕まるよ。
お前もドジだね。
しかし、俺が通りかかって良かったな。
これからは気を付けなくちゃいけねえよ。
で、今こうして恩返しに来たと、こういうわけかい。
狸:ええそうなんですよ。
八五郎:だけどなあ、恩返しったっておめえ、何ができるんだい?
人間の小僧が恩返しに来たってんなら、家の中を掃除させるとか
いろいろ手はあるけどよ、狸が来たって何も恩返しはできねえだ
ろう。
狸:そんな事はないです。
親方が化けろっていうものに何でも化けちゃいますから。
大入道に化けろってば大入道に化けますし、唐傘のお化けに化けろっ
てば唐傘のお化けに化けますしね、一つ目小僧に化けろってばーー
八五郎:よせよおい、化け物ばっかりじゃねえか。
そんなもんに化けられたって、こっちは嬉しくとも何ともないん
だよ。
やっぱりこっちの役に立つもんじゃなくっちゃいけねえやな。
例えばの話、お札に化けるとかよ。
狸:お札ですか? えぇ、わけありませんよ。
あたいは退屈するといつもお札に化けてね、道に寝てるんですよ。
そうすると人間が通りかかりまして、ああこんなところにお札が落ち
てらあなんて拾おうとするから、その手をひっかいて逃げるんですよ
。
八五郎:悪いイタズラしてやがんな。
しかし、そうか。じゃあちょいと化けてみなよ。
狸:え?
八五郎:だから化けてみなよ。
狸:親方ぁ…化けてみなよったって、そこでじぃーっと見ていられたんじ
ゃ、あたいは化けらんないですよ。
恐れ入りますが、目ぇつぶって三つ数えてくださいな。
その間に化けちゃいますから。
八五郎:なに、目をつぶって三つだ?
そんなわずかの間に化けられるのかい?
ホントに?
狸:もちろんです!
八五郎:あ、そう。
じゃやってみようかな。
あ、目をつぶった隙にどっかにずらかっちゃうとか、変なことす
るんじゃねえかい?
狸:大丈夫ですよ、さ、どうぞ!
八五郎:そうかい?
じゃ、目をつぶって三つだな?
いくぞ。
いち、に、さんッ!
化けたかい?
狸:化けましたよ!
八五郎:どれ…。
ありゃ、こいつはまたデカいなおい。
部屋いっぱいになるくらい大きく化けちゃダメだよ。
これじゃ使えねえじゃねえか。
もっとずっと小さくなってごらんよ。
狸:小さくですか?
じゃ、このくらいならどうですか?
八五郎:まだまだまだ、まだだよ。
うーん、まだ大きいな。
こんなに大きくちゃいけねえよ。
狸:もっとですか?
親方、このくらいは?
八五郎:うーん、ようやく布団くらいの大きさかぁ。
いやぁまだだ、まだまだだよ。
こんなに大きくちゃいけねぇや。
狸:まだまだですか?
じゃあ、このくらいでどうです?
八五郎:いやいやもっともっと、もっとずっと小さくなって。
まだ座布団くらいはデカいよ。
もっともっともっと。
狸:え~、じゃ、一気に行きますよ。
それっ!
八五郎:あっちょちょちょ待て、待てって!
おいおい、いきなり一気に小さくなるなよ。
畳の目の中に入ってっちまうじゃねえか。
もうちょっと大きくしなよ。
狸:うーん、このくらいですか?
八五郎:もう少し、もう少しだ。
…おうそのくらいだ。
ほう、これァうまいね。なるほどなァ、たいしたもんだ。
自分より目方の軽いもんになってるってぇのに、そこら辺はいっ
たいどうしてるんだろうな…っておいおい、これァいけないよ。
裏が毛だらけじゃねえかい。
狸:その方が温かいと思いまして。
八五郎:おいおい、シャツを買うんじゃねえんだ。この毛を何とか消して
くれ。
狸:わかりました。
じゃこんな感じで。
八五郎:全部だよ、もっと、ずーっと。
ようし取れた取れた。
これならいいーーっておめえ、取れたのはいいけど、後からノミ
が出てきたじゃねえか。
札のノミを取ったなんてのは初めてだよ。
これで、よし、と…。
うんなるほど、これァうまいな。どっからどう見たって本物の札
だな。
狸:あ、あの…あんまりくるくる回さないでもらえますか?
八五郎:どうしてだよ。
狸:その…しょんべん漏らしそうで…。
八五郎:汚ねぇな!
おめぇはいちいち汚ねえよ。
よし、元に戻っていいぞ。
狸:あ、じゃ、また目をつぶっていただけますか?
八五郎:ああ、それで三つ数えるんだな。
いち、に、さんッ!
おぉなるほどね、うまいなぁ。
たいしたもんだ。
ところでおめえにそれだけの腕があるんだったら、ぜひとも化け
てもらいてえものがあるんだよ。
狸:はい、なんでしょう?
初五郎:あのな、サイコロに化けてもらいてえんだ。
狸:サイコロ…知らない言葉ですね。
初五郎:なんでえ、サイコロ知らねえのか。
ほら、人間の子どもなんかがよく正月にすごろくとか遊んだりす
るじゃねえか。
その時に使う奴があるだろう。こう四角くってさ、目が刻んであ
って、ころころっと転がすんだよ。
そいつに化けてもらいてえんだ。
狸:へえ、なるほど…そういや子供が作ってるのを見た事があったような
…。
八五郎:あ、そっちの方はダメだぞ。
子供のは泥で出来てる奴だろ、それじゃねえ。
本物はこっちにあるんだ、よく見てくれや。
狸:あ、こんなに小さいんですね。
たしかに違うや。
八五郎:そうだ。
おう、もっとこっち来い。
いいか、こいつは目の刻み方が難しいからよく覚えてくれよな。
ピンの裏が六で…
狸:?ピンってのはなんですか?
八五郎:一の目の事を俺達の間ではピンて言うんだ。
二の目の裏が”ぐ”…
狸:”ぐ”?
ぐってのは、なんです?
八五郎:”ぐ”ってのはな、サイコロの目の五の事を言うんだ。
こいつは俺の好きな目でな。
俗に加賀様とも言うんだ。
狸:へえ、どういうわけで加賀様って言うんです?
八五郎:そらあ、加賀様の家紋が梅鉢だからな。
狸:梅鉢ってのはどんなもんなんです?
八五郎:話がしにくいな、狸ってのは。
あー、人間の方にはな、家によっては家紋ってのがあるんだよ。
狸:はぁ…。
八五郎:うーん…あ、おめえ天神様行ったことがあるか?
狸:ええ、山にあるんでよく遊びに行きます。
八五郎:ほぅそうかい。
あの天神様へ入って行くとよ、ポーンとこの梅の花みたいなのが
ついてるだろ。
あれがなんとなしにこのサイコロの五に似てるんで、五の目のこ
とを梅鉢って言うんだ、よく覚えといてくれ。
で、三の裏の目が四だ。
上下合わせて目の数の合計がそれぞれ七つになんなきゃいけねえ
んだよ。
わかったかい?
狸:なるほど、わかりました。
八五郎:じゃ、これ置いとくからな。
よく見て、その通りに化けてくれ。
裏に毛が生えてたりしちゃ困るからな。
大丈夫か?
狸:はい、いつでもいけます。
八五郎:ホントに? もういいの?
おめえ、うかつに見ていて間違えるなよ。
狸:大丈夫です!
八五郎:そうかい、狸は物覚えがいいんだな。
よし、やってみようじゃねえか。
いいか、いくよ?
いち、にぃ、さんッ!
化けたかぁ?
狸:ばっちりですよ!
八五郎:おう、どれ…。
ぉぉぉ…なるほど化けたね、うまいなこれァ。
二つきちっと並んでるけど、どっちが本物だかわからねえなあ。
たぬ公!
狸:へーい。
八五郎:いや返事したってわからねえんだよ。
どっちがおめえだい?
狸:じゃ、そっと横に離れますから。
それがあたいです。
八五郎:ぉ、ぉ、お、お、なるほど、脇へスッとずれたね。
それがおめえか。
じゃ、こっちが本物だな。
どれどれ…ほう、なるほどいいね。重みもちょうどいいあんばい
だ。
でだ、あらかじめ驚くといけねえから教えておくが、
サイコロってのは転がすのがやり方だ。
いいか、やってみるぞ。
狸:えぇ…転がされるのは嫌だなァ。
八五郎:嫌だなんてこと言うなよ。
恩返しなんだから。ひとつ、一生懸命頼むぜ。
よっ!
へへへ、ピンだよ。
いいなぁ、このピンってのはいつ見ても目がくっきりと浮いて出
ててなぁ。
よっ!
またピンだね。
これが出ねえかなと思ってる時に出るってェと、胸がスッとする
ねぇ。
なるほど、たいしたもんだなァ。
よっ!
おいおい、褒めてもらいてぇからってピンばっか出すことはねえ
んだよ。
狸:いえ、その…ピンが一番出しやすいんで。
仰向けになってると、へその穴にあたるとこなんで。
八五郎:ぇ、へそかいこれ?
ははぁそうかぁ、じゃ、ピンがへそだとするってぇと、二なんぞ
目の玉だろ。
狸:そうです、えへ。
八五郎:えへ、じゃないよ。
サイコロの二がにやにや笑ってちゃ、おかしいじゃねえか。
ってあぁこらいけねぇな、いや、俺が悪かった。
二の目はきちっと真横に並んでちゃいけねぇ。
サイコロの二や三なんてのはな、肩から斜掛けにポンポンっと
来るもんなんだ。
もっとこう、首をぐっと曲げてみなよ。
狸:あ、ちょっと痛いです、あたた…。
八五郎:痛い?
しょうがねぇじゃねえか、恩返しなんだから。
一生懸命やってくれよ。
ほら、もうちょっと、もうちょっと…よし。
それでいいんだよ、それで。
狸:う、け、けっこう、痛いです…。
八五郎:しょうがねえだろ。ちゃんとそうしてなよ。
あのな、俺ぁこれからおめえを懐に入れて出かけるからな。
向こうについたらいろいろ目を注文するから、いいか、俺がピン
だって言ったらおめえはさっと仰向けになるんだ。
二だって言ったら、さっと首を曲げるんだ。
ちゃんと俺の言った通りの目を出してくれよ、分かったかい?
狸:へーい。
八五郎:よし、懐入れるぜ…ってそうだ、おめえ、用を足しとかなくてい
いかい?
狸:大丈夫ですよー。
八五郎:あ、そう。
じゃ、入れるぜ。
はぁありがてぇありがてぇ、ここんとこ負けが込んでてよう。
いつだってそうなんだ、もうちょっとってとこで、必ず取られち
ちまうんだからよ。
今日はひとつ、ガバッと取り返そうじゃねえか。
なんたってたぬ公が付いてんだからな。
こっちの言う通りの目になるんだ。
いやぁありがてぇ。
向こうへ行って人が揃ってたらこっちのもんだが…どういうこと
になってるかな…よいしょっと。
おぉみんな揃ってる揃ってる。
みんな好きだからねぇ。
おうごめんよッ!
博徒:……おう八公。
八五郎:?おいみんな、どうしたんでぇ。
勝負もしねえで腕組みして考えこんじゃって。
なんかあったのかい?
博徒:いや、どうしたってわけじゃねぇんだが、こんくれぇ不思議な晩は
ねぇんだよ。
誰が胴を取っても片っぱしから潰れちまってな。
いま胴のなり手がいねえんだよ。
仕方がねぇから、この辺でいたずらピンにしようかと思ってな。
八五郎:おいなんだよ、せっかく俺が来たんじゃねえか。
二、三番付き合ってくんねぇな!
じゃあこうしよう、俺が胴を取ろうじゃねえか。
博徒:おめぇがかい?
そりゃかまわねえがおめぇ、種はあるんだろうな?
八五郎:おぅ見てくれ、こんなに膨れ上がってんだ。
安心してドカッと張っても大丈夫だよ。
払えませんなんてこと言わねえから。
博徒:そうかい、そんならいいや。
八五郎:その代わりな、そこにあるそのサイコロ、そいつは使いたくねぇ
な。
博徒:なんでだよ。
八五郎:だってよ、今まで片っぱしから胴が潰れてんだろ?
縁起の悪ぃサイコロだ。
だからこっちのな、てめぇのやつ持ってきたんだ。
これ使っていいかい?
博徒:おめぇが持ってきたサイコロ?
変な仕掛けがあるとかじゃねえだろうな?
八五郎:大丈夫だよ。
博徒:一応あらためさせてもらうぜ。
こっち貸しな。
イカサマでもされると大変な騒ぎになっちまわぁな。
これかい。
…。
いやにあったけぇな。
八五郎:そりゃ懐に長いこと入れてたからね。
温まっちまってるよ。
博徒:それにしたっておめぇ、茹でたみてぇに温けえよ。
?お? なんだかぴくぴくするね?
八五郎:んなこたぁないよ!
おめぇの気のせいだよ!
博徒:いやまぁ、いいけどよ。
サイコロ振ってちゃんと目が変わればいいんだよ。
よっ。
八五郎:出目はちゃんと変わるよ。
【小さく】
ぁっ…。
博徒:【サイコロを振っている】
よっ。
よっ…。
…。
このサイコロ転がらないね。
畳の上をすってくよ?
八五郎:んなこたないよ!
転がるんだよバカだねこんちきしょう。
【サイコロに向かって】
転がれィッッ!!!
博徒:おい怒鳴るなよ。
怒鳴ったってしょうがねぇじゃねえか。
八五郎:いや転がるんだよ。
転がるんだぞ!
博徒:いや何を言ってんだよ。
ここにいるんだから普通に話しゃ分かるよ。
まったく、大きな声出しやがって。
転がらなかったらこっちの出して使ってくれよ、いいかい?
八五郎:いやだよ。
博徒:嫌だったって、転がらねえでそのままスッといっちまうんじゃ、
勝負にも何にもなんねえよ。
転がって目が変わるから勝負になるんだしよ。
八五郎:だから、見てろって!
よっ!
博徒:…おぉ転がった。
……うん?
今度は転がったまま止まらねえぞ?
八五郎:ちょっと、それ捕まえてくれ!
博徒:おいおい、また転がるとなると、とめどなく転がってっちまうな。
裏へ抜けてっちまうよあれじゃ。
なぁんか変なサイコロだな…んッ。
八五郎:おいおい乱暴なことするな!
しょんべん漏らすじゃねえかよ!!
博徒:サイコロがしょんべんなんか漏らすかよ。
変なこと言ってやがんな。
八五郎:ぇ、いや、別にどってこたぁねえよ。
大丈夫だ。
博徒:まあいいや、じゃあそのサイコロ使っていいぜ。
八五郎:そうかい、ありがてぇな。
じゃ、お願いしますよ。
入れるぜ。
ほらほら、ちょぼいちなんざな、しみったれたって面白くはねぇ
んだ。
ひとつ威勢よくわっと張ってくれ、わっと!
あぁ来たねおい、潰れ回りだから強気になって、一気に俺を潰し
ちまおうって思ってんだろうけど、そうはいかねえんだ。
今日は俺がガバッと取り返そうと思って来てるんだ。
お~すごいねェ、どんどんどんどん被ってきたけど、なんでェ、
ピンが空き目じゃねえか。
いいのかぃ、ピン空けといて。
博徒:バカ言ってんじゃねえ、こんなのは一番も出ねえ死に目だよ。
八五郎:ハァ?
これが死に目だって?
空けといていいのかい?
もし勝負ッて開けてみて中にピンが出たら、銭はそっくり俺が
いただいちまうんだよ?
誰か買った方がいいんじゃねえのかい?
博徒:しつこいな、いいから早く開けなよ!
八五郎:あそう、俺はありがてぇな。
ピンが一番出しやすいーー
博徒:なんだって?
八五郎:ぁあいや、なんでもねえなんでもねえ。
じゃ、もういいんだね?よし、手ェ出しちゃいけないよ。
さ、今日はね、さっきも言った通り俺ァ今までの負け分取り返さ
せてもらうからね。
ここはひとつ、神頼みといくぜ!
神様、ひとつお願いしますよォ!
ピンですよ!
ピンだよ!
ピンてなぁ、一だ!
博徒:いやそんなの分かってるわ!
八五郎:いいんだよ分かってたって!
一ですよ!
頼むよォ!
仰向けになってぇ!
へその穴ァ!
博徒:なんだよそれは!
八五郎:何でもねえんだ、気にしちゃいけねえ。
いいかい、行くよ!
勝負ッッ!!
博徒:!!!ウソだろ、ピンだ…!!
八五郎:はははほら見ろ、出たじゃねえか!
博徒:こらぁ驚いた、たいしたもんだな。
八五郎:何言ってんだ、たまにはこういう事だってあるんだよ。
さあさあさあ、どんどんどんどん張って倍にして取り返してもら
おうじゃねえか!
さあさあさあ、どんどんどんどん張って!
こっちは大きな目はでねえよ、今ピンが出たんだから。
いいかい、今から張ったって遅いんだ。
お?今度は二が空いてるよ?誰か張らねえのかい?
いや、無理には勧めねえよ。
胴にとって空き目があるなんて、こんなありがてぇことはねえん
だ。
じゃ、もういいかい?よし分かった。
もう手ェ出しちゃいけないよ。
さ、悪いけど二回目も俺がもらっちゃうよ。
頼むよォ!
二だよ!
二ですよォ!
斜になってェ!
目の玉ァ!
博徒:なんだよさっきから!
八五郎:いや、気にすることはねえんだよ。
行くよ!
勝負ッッ!!
博徒:んなっ…二だ…!
八五郎:ほォら出た!
博徒:~~野郎の言う通り出てんなこのサイコロ。
?ちょっと待ってくれ、このサイコロ俺の事なんか睨んでるな。
八五郎:何言ってんだよ!
そんなことあるわけがないだろ!
さあさあさあ、どんどんどんどん張ってくれ!
あと一番で勝ち越しになるんでね!
さ、ずーっと張って!
おぉおぉ三に被ってきたね!
みんなでもって一気に潰そうってんだな。
ピンと出て、二と出たから今度は三だろうってんだね。
そうはいかねえんだよ、面白ぇな!
博打の面白みはこれだよ!
ほんでこっちはガラッと空いちゃったね。
五が空き目、いいのかい空けといて?
こらぁ嬉しいな、こんなありがてぇことはねえもんな。
よぅし、もういいんだね?
もう手を出しちゃいけないよ!
さぁ行きますよ!
悪いけどねまた取らしてもらうからな!
さぁ~今度はーー
博徒:おいちょっと待ちな。
八五郎:え?
博徒:黙ってやりな。
八五郎:なんだって?
博徒:黙ってやりなって。
八五郎:どうしてだよ?
博徒:さっきからおめぇの言う通りの目が出てんだよ。
気になってしょうがねえから、黙ってやりな。
八五郎:【急に少し弱気】
ぇ…だって…そりゃぁ…まずいよ。
博徒:なんでだよ。
八五郎:いや、どうしてって事はねけぇけど…、
なんでだよ、別に言ったっていいじゃねえかよ!!
博徒:だめだよ。
おめえの言う通りの目が出てんだから。
まさかそんな事はねえだろうが、周りのみんなも気にしちまってん
だよ。
だから黙ってやってくれや。
子の方で黙ってやってくれって言ってんだから、
親の胴は言われた通りやったらいいじゃねえか。
八五郎:いや…そりゃそうだけどもさ、
いやだけど何もね、俺が何か言ったからって出るもんじゃねえん
だから、おめぇ達もみんなーー
博徒:【↑の語尾に喰い気味に】
ダメだってんだよ。
これァ、みんなの意見だ。
八五郎:【ぶつぶつぼやく】
なんだよ、本当に…。
せっかくここまで来てんのによ、何も言わなきゃ野郎が困るよな
…。
ピンと出て、二と出たから今度も物は順だろうなんて三と出され
た日にゃ、こりゃたまったもんじゃねえよ。
みんなでまとまって張って来てんだからな…。
弱ったな…ぉっ、そうだ…!
じゃあさ、こうしようじゃねえかよ!
数を言わなきゃいいだろ、数を!
どうだい、加賀様だとか、梅鉢だとかこういうのならいい
だろ?
博徒:まぁ…それならいいか。
おめぇらもそれでいいな。
八五郎:お、いいかい!?
いや、俺はねなんか目の色を変えて人のお足を取るってのは嫌い
なんだよ。
やっぱりこれだって遊びだよ。だから陽気にやりてぇんだ!
何か言いながらやりてぇ方だからさ!
じゃ、言わしてもらうよ!
博徒:数は言っちゃダメだぜ。
八五郎:分かってるよ!
行くぜ!
さあ頼むよォ!!
今度は加賀様だよォ!
梅鉢だァ!
ほら天神様天神様ァ!
天神様勝負ッッ!!
博徒:!!?!?
ッな、なんだこりゃ!?
狸が冠かぶって、笏を突っ張ってやがる。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
古今亭志ん朝(三代目)
※用語解説
天神様:菅原道真公の事。
加賀様:ここでの加賀様は江戸時代ベースのお話なので、加賀前田家の事
を指すと思われる。
梅鉢:戦国武将・前田家の家紋であり、菅原道真公がこの紋を使用した記
録はないが、各地の天神様の社紋に使われている。
笏:貴族や、戦国・江戸時代の偉人の肖像画で人物が手に持ってる、
木でできた細長い板。
ちょぼいち:サイコロ賭博の一種で、サイコロ一個でやる。
客は何人でもよく、胴親が用意した一から六までの数字が書
いてある紙か板の数の上に、各自金を賭け、胴親はさいころ
1個を壺に入れて振り出し、出た目と同じ数字の上の賭け金
にはその4倍支払い、そのほかの賭け金は胴親がとる。
ちなみに二個でやるのが割と有名な丁半博打、三個がチンチ
ロリンである。