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この気持ちに名前をつけるなら

 人を愛するってどういうこと? 

 家族愛なら、私でも分かりそう。私は千早と榊のことが大好きだもん。それと友情も分かりそう。まりもさんに寿美子さん、ついでに賢者君。みんな大好き。でも恋愛の愛するは? うーん、私には分からない。嫌いの気持ちは分かるのになぁ。私、嫌いな人は沢山いるの。朱墨家の連中。私を治癒の女神と崇める人達。悪事に手を染めた旧ファスモディア帝国の上層部の方々。そしてお母さんを大金で買った父親。みんなみんな大嫌い。でもなー。嫌いが分かっても、恋愛の好きはさっぱり分からない。


「私には難しい……」


 私は、腰に携えた日本刀に手を触れた。この刀は「朱月ノ命」と名の付いた、朱墨家の家宝で秘宝だ。朱墨家の「戻す異能」の源泉は、この刀だと言われており、代々大事に保管されてきた。

 私がこの刀を実際に目にしたのは、幼き頃の一度きりで。それが、お母さんとの唯一の思い出だった。


「タマムシ色」


 私は鞘から刀を抜いた。刃の部分が色を変えながら鈍く光る。


「やっぱりゲーミング日本刀かなぁ」


 私は刀を、横に軽く一振りした。すると突然強風が巻き起こり、近くにあった20mほどある大木が数本倒れた。


「やっぱり危険な刀だなー。でもまあ、これが私の手元にあるということは──」


 私は、澄んだ青空を見上げて、そして目を細めた。この向こうに、千早と榊がいる気がする。


「地球ではもう、呪いは消えたのだろうね。戻す異能はやっと途絶えた」


 私は、刀を鞘に戻した。


「おーい! 聖女様ー!」


 勇者様が駆け寄ってくる。その背後には魔王さんもいる。

 2人の姿を見て、私の口元が少しだけ緩んだ。


「聖女、この場所が好きですね」

「うん、ここのシロツメクサ可愛いから。あ、木を数本倒しちゃったの。ごめんね」

「そんなの、後で賢者君に直してもらえば良いよ! 俺、聖女様のために花の冠作るね!」


 勇者は野原に座り込んで、さっそく手を動かし始めた。


「勇者様ありがとう。2人とも公務は?」

「大丈夫です。賢者に任せてきたので」

「そっかー」


 賢者君は優秀だ。彼の口癖は「なるほど」で、物事をすぐに理解する聡い子だ。私と違って魔法も使える。彼は飲み込みが早く優秀だからこそ、あれこれこき使われてしまう可哀想な子でもあった。


「はい! できたよ! いま聖女様に着けてあげるね」


 勇者様は私の頭ではなく、首の辺りでゴソゴソしている。やっぱり面白い子だな。


「はいできた!」

「おや、冠じゃなかったんですか?」

「首輪の方が似合うかなって。魔王もそう思うでしょ?」


 これ、ネックレスじゃなくて首輪だったのかー。まあ勇者様が似合うと言うのなら、それはきっと正しい。別に首輪でも構わないし。でも首元にあると私から見えないのが、とても残念でならなかった。


「寝ちゃおっと」


 私は野原に仰向けで転がった。暖かい日差し。吹き抜ける優しく風。とても気持ちが良い。

 私は1度、深呼吸をした。


「──あれ? 2人も寝るの?」


 気付くと、勇者様と魔王さんも横になっていた。私の左右に2人がいる。

 なんだかな~。この気持ちはなんだろう。


「ねぇ、こっち向いて」


 勇者様が私の肩を掴んで、仰向けの私を、自分の方へと向かせた。


「大好きだよ聖女様」

「あ! 勇者め。抜け駆けしないでください」


 次は魔王さんに肩を掴まれて、身体の向きを変えられた。

 なんだかちょっと、目が回りそうである。


「大好きなんて生ぬるい。僕は聖女のことを愛してます。もちろん勇者以上に」

「は!? 俺の方が愛してるって! 聖女様もそう思うでしょ?」


 また始まった。賢者君曰く、世界一時間の無駄な醜い小競り合い。


「聖女、どうして笑っているのですか?」

「なんでかなー? 私もよく分からないけど……」


 私は仰向けに戻った。

 なんだろうこの気持ち。2人と共にいると心地良い。この日々が終わってしまうと想像したら、それだけで胸が苦しくて。ずっとずっと終わらないでほしい。

 そう、今がとっても幸せだから。


「2人のこと、もしかして好きなのかな~」


 私は、小さな声でボソッと呟いた。この気持ちがもしかして、恋愛の好き?


「好きって言った!?」「好きって言いました!?」


 地獄耳だね。2人とも本当に。


「うーん。やっぱり分からない!」


 私は、野原の上をコロコロと転がった。

 草の香りがする。花の甘い香りもわずかにする。


「あ、そーだ。2人には私の感情が筒抜けなんでしょ? それなら、この気持ちに名前をつけてよ」


 本当は相互で気持ちが分かるらしい。しかし私が魔法を使えないためか、2人の気持ちが全く分からない。一方的なんて本当にずるい。

 魔王さんは、私の頭を大きな手で撫でた。勇者様は上半身を起こして、私の手を優しく握った。


「今は無自覚で良いんだよ聖女様」

「そうです。いつかその気持ちに、聖女自身で名前を付けてくださいね」


 私は口元に笑みを浮かべた。


「──じゃあ、いつになるか分からないけど、それまでちゃんと待っててね。絶対にそばを離れないでね。約束だよ」


 私の言葉を聞いて、勇者様と魔王さんは優しく微笑んだ。そして、ゆっくりと確実に頷いた。私はそんな2人の様子に安心して、瞳を閉じた。

 微睡のなかで考える。神巫っていう御大層な名前が嫌い。治癒の女神ってあだ名はもっと嫌い。でも、聖女っていうあだ名は嫌いじゃないよ。だって勇者様と魔王さん、2人が呼んでくれるから。

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