ひとめぼれ
残酷な描写があります ご注意ください!
「……え?」
僕は耳を疑った。聖女ことカンナギは「この帝国を滅そう」と、そう言ったか?
「良いじゃん! 俺たちの門出にパッとやろうか! 血が騒ぐな~」
勇者はノリノリで承知した。やっぱりコイツはヤバいやつだ。歴代のまともな勇者に怒られろ。
「いやいや待って。この国の人を虐殺するつもりではないよ? 王様や貴族とか、悪い人を懲らしめようって話で。私がいなくなった後、別の聖女を召喚されても困るし」
なんだそういう意味だったのか。僕は早とちりをしていたらしい。カンナギはまともな考えの持ち主だ。
「えー? 国民全員殺した方が早くない? この国に蔓延る悪は、ちょっと懲らしめた位じゃ変わらないと思うよ?」
勇者の意見は極端だが、的を射てはいた。僕も、ちょっとやそっとでこの国の体質が変わるとは、到底思えない。
「うん、だからね。この帝国を滅ぼして魔王さんの国の傘下にしようよ。それで監視するの」
「なるほど……」
僕は納得して頷いた。
この国が禁術に手を染めたと分かれば、他国が僕を非難することも無いだろう。
「まあ聖女様がそれで良いなら、俺は従うよ~」
「ありがとう勇者様! でもそうだね。もしお仕置きしても良い子にならなかったら、死んでもらうしかないかな……」
カンナギは光のない瞳で微笑んだ。前言撤回。カンナギも相当イカれている。
「まあ、とりあえず行こっか? さっき俺が魔導士を沢山殺っちゃったから、騒ぎになってるかもな~」
「え? 沢山?」
カンナギは首を捻った。
……なるほど。カンナギの呪いを解くために、多くの命が失われたらしい。
「魔王さぁ……」
勇者は冷たい瞳で僕を見つめた。口元にうっすらと笑みを浮かべている。
「本当は罪を全て魔王に被ってもらうつもりだったんだけど、残念ながらそうもいかないね?」
「勘弁してくださいよ……」
僕は胃が痛くなるのを感じた。
◇◆◇
「どうするの~? もう残ってるの王様だけだよ?」
勇者は、床でブルブルと震えているファスモディア帝国の国王に、聖剣の切先を向けた。
僕は、勇者の隣に立つカンナギに目を向ける。彼女の服と靴は、最初から真っ赤だっただろうか。
「心を入れ替えて良い王様になってください。お願いします」
「これが最終警告だよ?」
カンナギはこの惨状を見ても一切動揺を見せなかった。肝が据わっているの一言で片付けて良いのだろうか。僕は自分がまともだとは全く思っていないが、この2人と比べるとまともな気がしてならない。
「聖女よ……」
彷徨っていた国王の視線が、カンナギに向けられた。
「どうしたの王様?」
カンナギは少し屈んで、腰の抜けた国王と目線を合わせた。血の海に優しく微笑んだ彼女の顔が映り込む。
国王は勝利を確信したかのように、ニヤリと汚い笑みを浮かべた。
「カンナギ・アケズミ! 真名をもって命ずる! お主の異能とやらで、勇者と魔王を殺せ! 命令だ!」
カンナギは目を見開き黙り込んだ。
国王は眉を顰めて慌てふためく。
「な……なぜだ!? なぜ魔法が発動しない!?」
「王様さー。これで7人目だから。もう流石に飽きたわ」
勇者は冷たい瞳で国王を見やった。
ここへ辿り着くまでに、多くの大臣が同様にカンナギを操ろうとした。そして全員漏れなく勇者に殺された。これはもう滑稽としか言いようがない。
「くそっ……なぜ王であるワシがこんな目に……」
国王は倒れた兵士達を掻き分け、床を這いつくばりながらなんとか逃げようとしている。
「やっぱりクズだなぁ。もう良いや」
勇者は聖剣を振り上げた。
「あ、勇者様待って。もう少し説得してみる」
「えー。まあ良いけど……」
カンナギは国王にゆっくりと近付く。その度にピチャピチャと水音が鳴った。
「──王様。今からでも遅くはないです。王様が心を入れ替えると誓ってくれれば、まだ息のある王妃や王子を私の能力で戻します。兵隊さんや魔導士さんも私の能力で戻します。いかがですか?」
カンナギは微笑む。
その残酷なまでの美しさに、僕は息を呑んだ。なぜか胸が苦しい。
「この……悪魔が!!」
国王は力の限り叫んだ。
カンナギはきょとんとした顔で首を傾げる。
「今まで散々贅沢な生活をさせてやったのに、恩を仇で返しおって! この疫病神が! お主など死に失せてしまえ!」
国王の言葉で、僕の目前が真っ赤に染まった。
「貴様が死ね──」
国王の首が空高く飛んだ。ころころと転がったそれは、勇者の足元にたどり着く。
「へー。魔王は最後まで手を出さないと思ってたけど。聖女様が侮辱されて、頭に血が昇ったの?」
勇者はニヤリと笑った。そしてボールを弄ぶが如く、足で頭を転がした。
「ふーん? 図星?」
勇者の言う通りだった。僕は、自分の行動を全く自制できなかったのだ。
「そっかそっか。これはつまり……」
勇者は、なぜか楽しそうである。
何も言えずに黙っていると、カンナギが僕の元に駆け寄ってきた。
「魔王さん。あなたはやっぱり優しい人だね」
「いや……僕は……」
自分が優しいと思ったことは、これまで1度もない。僕は目的のためなら手段を選ばない、そういったやつだ。
「魔王さん?」
カンナギの透き通った穢れのない瞳が僕を映している。血に濡れてもなお美しい彼女は、やはり聖女に相応しい。
「え? どうしたの魔王さん?」
僕はたまらず、カンナギを抱きしめた。
カンナギが愛おしくてたまらない。そのことに今気付いたからだ。
「カンナギ……」
この気持ちはいつから始まっていたのだろう。カンナギという名前を教えてくれた時か。彼女が僕を全く恐れずに近付き、そして触れてきた時か。……それとも、彼女に出会ったその瞬間か。
「痛いよー?」
カンナギが苦言を呈すが、僕は無視して抱きしめ続けた。
これは、この気持ちは言葉で説明できるものではない。一言で表すなら、きっと──
「運命だ……」
僕の腕の中でカンナギがもぞもぞと動く。僕から離れようとしているのだと気付き、彼女を閉じ込める力を強めた。
「ん? 運命ってなにが? そろそろ離してよー」
僕は視界の端に勇者を捉えた。勇者は明らかに無表情だ。真っ暗な底のない瑠璃色の瞳で、僕をじっと見つめている。
しばらくは人形のように全く動かなかったが、その唇が言葉は発せず、パクパクとゆっくり動いた。「カンナギ・ローレリラ・ライマグス」と。
「真名……」
僕はボソッと呟いた。
勇者の考えが手に取るように分かってしまう。彼は2本目の鎖を御所望なのだ。カンナギを繋ぎ止めて、絶対に逃がさないために。
……良いだろう。君の案に乗ってやるよ。
「うわー。床が光ってる」
僕は複雑な魔法陣を展開した。
「これって魔法? 魔王さん?」
カンナギは下をキョロキョロと見回した後、僕を見つめて首を傾げた。
「ねじ曲げてみせますよ。絶対に──」
僕はカンナギの頬に優しく手を添えると、唇にそっとキスをした。