賢者の憂鬱2
「魔界らぶ」は、政府が制作・発行する広報誌だ。毎月1回、20日に発行され、すべての世帯に漏れなく配布される。主に国内の政治情報、イベント情報などを掲載。受け取って損はないと、国民からも概ね好評だ。
僕は、魔界らぶの編集委員となった。人使いの悪い魔王が、そのように決めたからだ。僕に拒否権は無かった。編集委員は僕を含め3人。編集長まで含めると4人。全員が他の業務も兼任しているらしい。現代日本で例えるなら、国家公務員のようなものなのだろう。
今日は、編集委員達との初顔合わせである。といっても、この集まりのメインは編集会議であった。
会議は、僕のささやかな自己紹介から始まった。「どうも賢者です」と名乗るのは、どうも気恥ずかしかった。賢者とは頭が良く、何かに精通した者に付けられる名称だ。しかし、僕はそれに当てはまらない。ひとことで表すなら普通。普通以外の何者でもないからだ。
編集長を務める女性は、自身を「編集長」と名乗った。騎士のような西洋甲冑を全身に纏った女性(声でそう判断した)は、自身のことを「若作り」と名乗った。対して、蝶々のような美しい羽が生えた男性は、自身のことを「出世頭」と名乗った。僕の気恥ずかしい気持ちは、いつのまにか消えていた。
ともあれ、面々は僕に興味深々であった。いや、正確にいえば地球の暮らしに関心があるようだった。様々な質問が飛び交い、僕がそれに答え、和やかなムードが漂う。魔界の方々は、異世界人に対する偏見や差別はないらしい。転移したばかりの頃は、元の世界に帰る方法が無いことに絶望した。問題児3名によって嫌な思いもよくする。それでも、転移したのがこの国で良かったと、最近僕は思っている。
編集会議が進む中、編集長は「来月の広報誌には、魔王様と聖女様、御夫婦のインタビュー記事を載せます」と発言した。それは提案というより、決定事項であるようだった。──あれ? 何故、勇者は含まれていないんだ?
ざわつく会議室。「来月号は既に出来上がってんだよ。今から記事を差し替えるなんて、馬鹿なの?」「夫婦のインタビュー記事を載せるなんて、前代未聞ですよ! そのような美しさに欠ける行い、私は許せません」と、次々に上がる反対の声。和やかとは打って変わり、険悪なムードが会議室を覆う。僕は別にどっちでも構わないと思ったから、気配を消して、なりゆきを見守った。
多くのヘイトが編集長へと向かうが、彼女は全く引かない。猫のような三角形の耳をピンと立て、長い尻尾をブンブンと左右に振ると、こう言い放った。
「魔王様の国民支持率が、過去最低を更新しました」
先ほどまでとは違う意味でざわつく室内。充満していた怒りは消え失せた。代わりに、漠然とした不安感のようなものが漂い始める。なぜ、そこまで支持率を気にするのだろう。僕は首を傾げた。
「だから、我々はやる必要があるのです! それが前代未聞であっても! なんでもかんでもがむしゃらに! だってみなさん、無職にはなりたくないでしょう!」
「え? どういうこと?」
発言する気など一切なかったのに、口から言葉が漏れていた。編集長の猫目が僕を捉える。その瞳は「良くぞ聞いてくれた!」と言っていた。
「もしも政権が変われば! 我々官僚は一掃されます! 場合によっては殺されます!」
「え? え!? えっ!?」
「これまでの歴史において、血を流さずに政権交代がなされた例は一度たりともありません!」
「え、な、な……」
なんて、バイオレンスなのだろう。いや、待て待て待て。
「せんきょで、選挙で次の魔王を決めているんですよね!? え、違うんですか!?」
魔界というのは、その名に似合わず選挙制度を導入した民主主義的な国である……と、なんとなく思っていた。魔王や神巫さんの発言から、そのように思い込んでいたのだが。
「表向きにはありますよ。そういった仕組みが一応。しかし実情、この国で最も重視されるのは力です。そう、個々のパワーなのです! 現魔王様にしたって、前魔王を討ち滅ぼし、今の地位に至ったわけですよ。そして、この国はガラリと変わった。魔王が変われば、国が変わる」
全ては魔王の鶴の一声。つまりこの国は、魔王独裁主義ということになるのだろうか。──魔界だもんな。なんかしっくりくる。
「良いですか、賢者くん。だから魔王様の国民支持率は大事なんです。支持率が下がればどうなるか? 頭の良い賢者君であれば、もうお分かりですね」
「は、はい。わかりました」
前言撤回。やっぱり僕は、転移する国を間違えた。
若作りさんは、甲冑に包まれた右手をスッと音もなく挙げた。そして「でも編集長。魔王様の支持率って、インタビュー記事ごときで上がるの?」と言った。その発言に対して、編集長は耳をピクピクと動かし、ニヤリと口の端を上げる。
「若作りよ、魔王様がどうして支持率を下げたか。知っていますか?」
「いや、知らないけど」
「では出世頭はどうです?」
「えぇ、噂によると御結婚が影響したと聞い──」
「その通り!!」
編集長が大きな声を出したので、僕の肩はビクッと跳ねた。……結婚? ああ、そうか。敵対していたファスモディア帝国の聖女と結婚したから、支持率が下がったんだな。僕は納得し、うんうんと首を上下に振った。
編集長は、絞り出すように、苦しそうに言葉を続けた。その瞳には涙が滲んでいるように見える。
「魔王様は、我らが魔王様はお美しい。そして圧倒的なカリスマ性を秘めたお方です。だから、だからこそ! 御結婚されたとの知らせを受けて、ガチ恋が、多くのガチ恋の民が推すのを辞めたのです」
あれ?
「聖女様のお写真が流出し、支持率は少し回復しました。一部のガチ恋は、魔王様を再び支持することを決意してくれたのです。そう、聖女様のお顔が余りにもお美しかったから。この女性であれば、妻の座を明け渡しても良いと。多くが白旗を挙げたのです。私も、そのひとりでした」
あれれ?
「しかし同時に、今度は男性の支持層がごっそりと減ってしまったのです。許せなかったのでしょうね。美しすぎる妻の存在が!!」
あれれれれれれ?
「みなさん、もうお分かりですね? 完璧で理想的な夫婦であることを、広報誌の記事でアピールする。その美しきによって、ガチ恋を完膚なきまでに討ち滅ぼし、夫婦という『箱』で推してもらうよう誘導する。そして、魔王様の圧倒的なパワーも暗にアピールして、男性支持も再獲得! よっしゃ! 道筋は完璧っ! そう、我々の広報誌であれば、現状を打破することができるのです! 本作戦を『印象操作』と名付けることを、編集長はここに宣言します!」
彼女はテンションを上限ギリギリまで上げ、周囲に強く訴えた。そして、一呼吸を置いてからおもむろに僕の方を向いた。
「さて、賢者君。この国における完璧な夫婦の形って、なんだと思いますか?」
僕はゆっくりと、首を横に振った。口から言葉は出なかった。……なぜだろう。嫌な予感がする。
「賢者君のいた国では、夫婦の形は人それぞれらしいですね。しかし、この国ではある程度形が決まっています。完璧な夫とは、勇ましく戦う者。これには、物理的な戦いも含みます。そして完璧な妻とは、3歩下がって家庭を守る者。そうですよね?」
僕以外の編集委員が深々と頷く。その様を僕は霞んだ瞳で眺めていた。なぜだろう。背筋を悪寒が走った。いやだ、僕はいやだ、巻き込まれるのはいやだ、他者の命まで背負うのはいやだ、いやだ、いやだいやだいやだ────
「記事、明日までに書き上げてくださいね? 賢者君」
「あ、し……」
僕の意識はどこまでも落ちていった。もう目なんて覚めなければいい、なんて思いながら。「まるで処理落ちしたパソコンみたいだったよ」と、後日神巫さんに言われた。




